第四十七話 体育祭、開幕!  ⑤


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ⁉ お願いだから帰ってぇぇぇ……!」

「そうはいきません! 出てきてくれるまでノックを止めませんから覚悟してください!」

夜空谷よぞらだにちゃんはこんな乱暴な手段に出る子じゃなかったのに一体なにがあったのぉ⁉」


「最近彼氏が出来たんですが、時には力技が必要だということをそれで知りまして。今まで声を掛けるだけでは出てきてもらえなかったのでこうして少し力技に出てみようかと」

「ひぃ!? 彼氏に影響受けるタイプの彼女⁉」


 ドンドンとドアを叩きまくる夜空谷さんとそれに怯えた声が聞こえてくる。

 寮に侵入して真っ直ぐ目的の部屋までたどり着いた僕たちは「まずは私が説得してみます!」という夜空谷さんを先鋒に作戦を開始していた。


 一体どんな策があるのかと期待していたわけだけど、始まったのはびっくりするくらいの力技で、僕とナルシ―はその姿を少し離れたところから眺めている。


「いやぁ〜あの姿。本当に似た者カップルでありますな」

「あの姿の僕を夜空谷さんは見たことないはずなんだけどね」

「見ていなくても似てきてしまう。微笑ましいではありませんか」

「その結果があれなのは全然微笑ましくないけどね……」


 一心不乱にドアを叩きまくる姿は叩かれている側は当然怖いだろうが、傍から見ているこっちも十分怖い。


 良くない影響を与えていることを反省しつつ、この説得で大丈夫なのかと心配し始めたわけだけど、ただ叩くだけでは不十分だと思ったのか、夜空谷さんの説得が第二段階へとシフトした。


「いいんですか? そろそろ手が赤くなってきました! このまま私の手が真っ赤になるまで出てこないつもりなんですか!」

「脅し方が陰湿だよぉ……! うぅ、わかった! 出てお話しするからもうドアを叩かないでぇ……」


 善意に付け込まれ心が折れたのか、弱弱しい声でそんな返事が来た。


「よし、ドアが開いたらこじ開けて突入であります!」

「やってることが犯罪一歩手前な気がするんだけど……」

「生易しい手段では無意味だということは先ほど夜空谷殿も言っていたでありましょう。言ってもわからぬならば、実力行使に出るまででありますよ」


「本当に手は出さないでよ? いきなりナルシーがお姉さんを殴り始めたら流石に僕は敵対するからね?」

「そんな気軽に暴力が出るのはカラと仙人相手の時くらいでありますよ」


 言いながら、僕とナルシ―がドアの横にスタンバイ。

 カチャリと鍵を開ける音がして、閉ざされていたドアが控えめに開かれた。


「あ、開けたよ夜空谷ちゃん? だからもうドアを叩くのは……」

「ようやく会えたでありますなぁ?」

「ちょっと失礼しますよ~」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ⁉ 男の人ぉぉぉぉぉぉぉぉ⁉」


 開かれたドアの隙間に足を捻じ込んで、僕とナルシーが力任せにドアを完全に開放する。

 夜空谷さんだと思って開けたドアの先にいきなり現れた男子二人。


 確かに怖いだろう。

 実際お姉さんは本当に驚いたようで、身を縮こまらせながらその場でペタンと尻餅をついてしまった。


「驚かせてしまってすみません。ですが、私も今日は本気だということです」

「ま、まさかひどいことするの……? 男の人二人掛かりでひどいことされちゃうの……?」

「わざわざ部屋に押し入ってまで弟がそんなことするのはアダルトな創作の中だけなのであります」

「ふぇ? 弟?」


 フルフル震えていたお姉さんが上目遣いで顔を上げてくる。

 その仕草もそうだし、さっきからの反応もそうだけど、なんかだいぶ幼い雰囲気のある人だな。


 ……あくまで雰囲気だけで見た目はばっちりお姉さんだけど。


 目元まで隠れるほど長く伸ばされた前髪が特徴的な綺麗にケアされている黒髪。その黒髪から覗く顔は涙で濡れた瞳が魅力になってしまうほど美しかった。


 それに加えて、柄もない地味なシャツを着ているせいで逆に強調されている豊満な肉体。座り込んでいるからわかりにくいけど、多分身長もそれなりに高い。下手したら僕よりも上なんじゃないかな?


 歳上なのはわかっていたけど、高等科の先輩というよりもはっきり大人の女性がそこにはいた。

 そっか、ナルシ―のお姉さんなんだから、そりゃ美人が出てくるのはある意味必然なのか。


 イメージしていただらしない感じと一部一致しつつ、それでも予想よりも美人の登場に思わず見惚れてしまう。


空森からもり君?」


 そんな僕の背後からすごく優しい声色と共に手が肩にポンと置かれた。


 あ、これはやばい。


「違うんです……別に僕は何も……」

「大丈夫です。安心してください」


 てっきり浮気の疑いを掛けられているのかと思ったけど、夜空谷さんは意外にもそんなことを言ってくれた。

 逆に怖い。

 今回は疑う余地が十分あったのに、なんでそんなお優しいのでしょうか?


「今は古奈橋こなばしさんが優先ですから、空森君は後です」

「後って何⁉ 僕は何をされてしまうの⁉」

「とにかく後です」

「恐ろしすぎるんだけどぉぉぉぉぉ‼」


 僕の絶叫にまた体をビクリと震わせ、それでもお姉さんは僕に見覚えがないことを確かめてからナルシ―の顔をまじまじと見つめ始めた。


「……カツ君?」

「顔を忘れられていなくて重畳ちょうじょうですよ」

「わぁ~、大きくなったねぇ! 前に会った時は小学生に上がった時だっけ? それがもうこんなお兄さんになったんだ!」

「それだけ月日が経ったということですよ。……古奈橋がここに来た理由はおわかりでありましょう?」


 弟の成長に顔を綻ばせていたお姉さんがむぐっと口を噤んでしまった。

 流石に心当たりがあるのだろう。

 目が思い切り泳ぎ出す。


「だって、だってね? お姉ちゃんもそろそろまずいかな~とは思ったんだよ? でも、やっぱり一人だと一歩が踏み出せなくてね!」

「同級生がいるうちに出てこないからそうなるのでありますよ」

「うぅ……あの頃は別にこんな生活でもいいんだって思ってたんだもん……」


 あっさり論破されてお姉さんがさらに小さくなる。


 でも、あれ? なんか思ってたのと違う言葉が聞こえたような?

 同級生がいるうちにって言った?

 同級生卒業してるってこと?


「いい加減に生活を改める時が来たのでありますよ。彩姉あやねぇも今年で28になるのですから、腹を括るであります」

「「28⁉」」


 ナルシ―によって明らかにされたお姉さんの年齢に僕と夜空谷さんが素っ頓狂な声を上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る