第四十六話 体育祭、開幕! ④
「それで何で大学寮にいるわけ?」
お姉さんの人物像は見えて来たけど、肝心のそこはまだわからない。
……いや、ちょっとはわかるか。
ナルシ―はさっき高等科に入った時点から進級できずにいるって言ってた。
あの言い方からして、留年しているのは一年程度じゃないんだろう。
自分は高等科一年から進級できないまま、同級生たちが大学生になったからお姉さんも大学寮に移った。
ようは僕の最初の仮説に戻ってくるってわけだ。
「同級生たちと一緒に寮だけ移ったのでありますよ」
そして、予想通りの答えが帰って来た。
やっぱりそういうことか。
そりゃ確かにケツを叩きに行けと言いたくもなるだろう。
「
「……今のを聞いてもわざわざ忍び込む理由まではわからなかったんだけど、何で今日を逃せないわけ?」
「古奈橋の素性と目的は学園に説明済みではありますが、男子である古奈橋がそう何度も女子寮に行くわけにはいきませぬ。それこそカラが疑ったようなことを古奈橋がしていないという証明が必要になるでありましょう。悪魔の証明はいかんせん難しいですから、人目がないときに疑われるようなことをするリスクよりも、人目がないからそもそも疑われるようなことをした事実が露見しないメリットを選んだわけであります」
「あぁ、なるほどね」
危険な賭けだけど言いたいことは理解した。
「じゃあ具体的に僕は何をすればいいの? お姉さんがいる部屋を探し回るとか?」
「そういうことであります。部屋番号は聞いていますが、大学寮の構造など知りませぬ故、ここの寮は広さが尋常ではありませぬから、一人で探し回るのはさすがに非効率だったのでありますよ」
なるほど事情はわかった。
確かにリスクは大きいけど、協力したくない気持ちは少し薄れた気がする。
「あ、寮が見えたでありますよ! では、カラ。寮に入ったら二手に別れて行動開始であります。部屋番号は206ですから、見つけたら連絡を!」
「了解!」
ナルシ―と短い作戦会議を済ませ、いよいよ寮の入り口が見えてきた。
「え?
それとマイハニーの姿も。
急ブレーキ‼
ここで会うわけにはいかない人物との邂逅に僕は火花が散る勢いで足を地面へ突き立てる。
「誤解なんだぁぁぁぁぁぁ‼」
「…………まだ私は何も言ってません」
即座に勘違いの訂正に入ったつもりだったんだけど、どうやら気が逸りすぎたらしい。
怪しさを限界値まで引き上げてしまった気がする。
「その誤魔化しに加えて、今は開会式も近付いていて
まずい……!
僕がこっそり女子寮に忍び込んで何か良からぬことをしようとしていたと絶対勘違いしてる⁉
そして、ナルシ―も言ってたけど、僕はそれを違うと証明する手立てがない!
状況証拠で言えば、
焦りで体が震える僕と同じように、おそらくは怒りでわなわなと体を震わせる夜空谷さん。
やがて、彼女はキッと僕を睨みつけながら、びしっと僕に指を指した。
「密会ですね! 浮気をしようとしているんですね‼」
「全然ブレないなぁ⁉」
その発想が先に来るんだ⁉
さすがに犯罪行為に及ばないと信頼されてのことかもしれないけど、僕の不貞行為の一番筆頭は何があっても浮気なんだね!
「年上好きだったんですね……それで私が告白した時も答えを渋っていたと!」
「それは違う! あの時の渋りは夜空谷さんの告白に多分な不手際があったからです!」
「女の子の告白に対して、不手際があったとか言わないでください!」
「はい! それはそうですね、本当にすみませんでしたぁぁぁぁぁぁ‼」
「仲の良いことでありますな」
全力で頭を下げた瞬間、僕たちのやりとりにナルシ―が少し噴き出した。
でも、今回は自分に要因があるとわかっているのか、ナルシ―はすぐ僕と夜空谷さんの間に割って入ってくれる。
「夜空谷殿、カラを連れてきたのはこの古奈橋です。浮気でもなければ、女子寮に忍び込んでよからぬことをしようとしているわけでもありません」
「……では、古奈橋君に聞きます。大学寮にどういったご用件があるんですか? 空森君を連れて来た理由も含めて教えてください」
夜空谷さんの反応に少しだけ警戒が含まれていた。
ナルシ―が言ったよからぬことって言葉で、僕たちがそういう性的欲求を満たそうとしている可能性にやっと気づいたんだと思う。
さぁ、ここからどう信用してもらうつもりなんだ、ナルシー……!
「夜空谷殿は知っているでありましょう? 大学寮にいる
「それはもちろん知っていますけど……。あ、古奈橋?」
「お気づき頂いたようで何よりであります。そして、古奈橋はその姉をこの寮から叩き出しに来たのでありますよ。部屋番はわかっていましたがなにぶん広い寮であります故、カラには部屋探しの手伝いを頼んだ次第であります」
夜空谷さんの警戒心がスッと引いた。
あれ? 意外と聞き分けが良い。てっきりもっと何か食い下がってくると思っていたのに。
「そういうことでしたら、私もお手伝いします!」
「え? なんで夜空谷さんが?」
「私がここに来たのも似た理由だからです。古奈橋さんは今は私たちの同級生。ならば、一緒に体育祭を楽しんでもらおうと迎えに来たんです!」
うわぁ……。
お姉さんがネガティブな理由で引き籠っていないからまだ受け止められるけど、その夜空谷さんの行動は少しおせっかいが過ぎるというか、ぶっちゃけ余計なお世話というか……。
お姉さんの性格は知らないけど「うるせぇ、帰れよ!」とか言われて追い返されても文句の言えないことしてる気がする。
「おぉ、それは心強いであります! では一緒に姉を部屋から引き摺り出しましょう!」
「はい!」
ちょっと引き気味な僕を他所に二人が意気揚々と寮に入って行く。
あ、そういえば夜空谷さんがいるなら僕はもう必要ないんじゃないかな?
部屋探しの必要はなくなったわけだし、もう僕に出来ることって何もないよね?
それなら僕は体育祭から逃げたってルナさんたちに勘違いされないためにも、開会式に向かいたいんだけど、別にいいよね!
「カラ? 何をしているのでありますか、置いていきますよ?」
「空森君、急いでください! 開会式が始まるまでに古奈橋さんを部屋から出さなければいけないんですから!」
「…………はい」
まぁ、そんな都合の良い話があるわけないのでありますよ……。
バイトとかで、聞かされていた内容とは全く違う仕事を頼まれたときこんな気分になるんだろうなぁ……。
悪態をついたって仕方ない。
こぼれそうになる溜息をぐっと抑えて、僕は先を行く二人の後を急いで追いかけ始めた。
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