第四十五話 体育祭、開幕!  ③


 色々と規格外なことが多くて忘れがちだけど、百合咲学園はちゃんとした教育機関だ。


 全寮制で大学まで内包している学園でありながら、エスカレータ―式ではなく進級試験もちゃんとある。


 ただし、全寮制故に出席日数が足りなくなるなんてことはまずないため、この進級試験もよほど終わった成績を出さなければ留年するなんてことなどありえない、やや形式染みたものと化しているらしい。


 それでもエスカレータ―式にしていないのは、最低限の危機感をお嬢様に持たせるためなのだろう。


 そりゃ、幼稚園から全寮制にぶち込んで、家族に会うのは多くて年に数度という塩梅だ。

 勉強せずとも金があり、大学まで出れるなんてなれば、言い方は悪いが馬鹿ばっかり増殖することになっても不思議はない。


 勉強する必要性がないと思わせないようにするために設けられたのがこの進級システムなのだ。


「まぁ、ですがやはり落ちこぼれというものは存在するという話なのでありますよ」


 やや棘のある言い方をしながら、前を走るナルシ―は溜息をついた。


「その前置きからして、ナルシ―のお姉さんは留年していると?」

「その通りであります。古奈橋こなばしがこの学園に入ったのも、姉の尻を叩いて来いという一族からの指令を受けてでありますから」


 そう言われて、少し合点がいった。

 恋人が出来なさそうという、入学のために必要な暗黙の条件。

 それに該当しなさそうな外見と性格をしているのも、驚くくらいに料理が出来ないのもその必要がなかったから。


 この学園に姉弟がいるということはナルシ―もその家系に当然含まれるわけで。


「…………つまり、ナルシ―ってお金持ち?」

「古奈橋個人の財産は全くと言っていいほどありませぬよ。長男ではありませんし、会社を継ぐのも兄たちの誰かだと思います故。古奈橋は古奈橋で生きる道を模索している真っ最中であります」


 ニヒルに笑うナルシ―だけど、なんだかその言い方も鼻につく。


 一族からの指令なんて理由で進学先を決められている時点で僕には理解できない悩みはあるんだろうけど、多分僕たちが感じる悩みを感じる必要がないところにいるんだろうし。


「けど、尻を叩いてこいだなんてずいぶんと乱暴なことを言うんだね。まぁ、留年って僕たちからしても恥ずかしいし、この学園で娘がそんなことになっているのは体裁が悪いってことなんだろうけど。わざわざ学園にナルシ―を送り込むなんてさ」


「そうでもないでありますよ。むしろこの学園も父様や爺様もずいぶんと甘やかしたと古奈橋は思っております。それこそ退学させてしまえばよかったのに、意味のない措置を設けて、ぬくぬくと引き籠り生活を謳歌させたのは姉の意思もさることながら周りに原因があると断言していいくらいでありますから」


 嫌悪感……とまではいかないのかな。

 でも、お姉さんの話をするナルシ―はイラついているというか、呆れ果てている様子を隠すつもりがないみたいだ。


 誰に対しても態度の差異がほとんどなかったナルシ―だけに、その姿は家族にだけ見せる姿なのかなと少し微笑ましくも見える。


 お姉さんがうざい高校生なんてすごく庶民的だし、なんか親近感湧かない?


「カラ、何やら生暖かい視線を感じるのですが?」

「べっつに~?」

「古奈橋の態度を見て、姉の待遇に嫉妬する弟でも想像しているのかもしれませんが、あいにくとこの感情はそういうものではないのでありますよ」

「そうなの?」

「大学寮にいると言いましたが、姉が留年しているのは高等科の段階なのであります」


 高等科で留年中?

 でも、寮は大学なんだよね?


 あ、そうか。それがさっきナルシ―も言ってた甘やかした措置ってやつか。

 本当は高等科三年だけど、同級生は大学に上がったから、寮では友達といられるように大学寮にしてあげたみたいな。


 確かにそれなら引き籠るのもちょっとわかる。

 同級生は触れていい問題なのかわからなくて腫れもの扱いしそうだし、本人は本人で恥ずかしいだろうし、ありがた迷惑ってもんだ。


 それで引き籠ったら思いの外快適でぬくぬくと引き籠り生活をエンジョイし始めた。

 それで一年が過ぎて、出席日数も足りないからまた留年が決まって、おあつらえ向きに共学化も決まったことだからナルシ―が送り込まれたと。


 うん。ナルシ―が呆れるのも含めて筋が通るんじゃないかな。


「姉は高等科一年。つまりは古奈橋たちとは同級生なのでありますよ」

「うぇ? 僕たちと同級生なの?」


 それだとさっきの僕の仮説が全然成り立たなくなる。

 高等科一年で留年してて、でも寮は大学?


 どうしたらそんな措置を取られることになるんだろう。

 飛び級ならぬ、落ち級でもして学年を下げられてるとか?


「義務教育課程である中等科に留年はありませぬから。つまり姉は留年が存在する高等科に入った時点から進級が出来ずにいるわけです」

「…………それはさ、尻を叩くというよりも別の問題があるんじゃないの? 今の言い方だと中等科の頃から引き籠ってるよね? 同級生と交流を断ってるってことはその、いじめがあったとかさ」


 鶴屋つるや先生はああ言っていたけど、教師に見つからないことなんていじめの大前提だ。


 さすがにそこまで長い期間引き籠っているなら、自堕落というよりも環境がお姉さんに合わなかったと考えるほうが自然だと思うんだけど。


「今の話だけだとそう思うのも当然ではありますが、一緒に入学した同級生たちとの仲は良好だったと聞いてるのですよ。性格は全く違いますが、行動としてはそれこそカラに近いと言えるでありましょう。授業が嫌で授業中に脱走するか、そもそも教室にすら行かないかの違いです」


 似ていると言われてるんだろうけど、親近感は全く沸かない話だ。

 まだ入学したばかりだからってのもあるだろうけど、僕は留年をチラつかされたことはないぞ!


「まぁ、カラは特定の先生や授業が嫌で逃げるのではなくて、自分が理解できない状態で答えを求められたり、忘れていた宿題の提出を求められたときに脱走するので、一応万遍なく出席していますから留年がちらつくこともないでしょう。ですが、姉はそもそも全教科をシャットダウンしているので、留年になってるわけでありますよ」


 はぇ~……。

 ベクトルが違うだけで、僕が来る前から問題児は元々いたわけだ。

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