第四十四話 体育祭、開幕! ②
「おぉ、カラ! 良いところにいてくれたであります!」
トボトボとドームに向けて街を歩いていた僕の背後から聞き慣れた声がした。
「ナルシ―?」
「おや? その顔はどうしたのでありますか? 今時漫画でも見ない見事な紅葉になっておりますが?」
それは
そんなことをわざわざ報告はしたくない。
僕は今ブルーなんだ。
察してそっとしておいてほしい。
「ごめん、今はあんまり構うほどのテンションがないというか……」
「問答無用であります‼」
「ごへぇ⁉」
わざわざしおらしくお願いしたというのに、ナルシ―の腕が僕の首にぶち込まれた。
俗に言うラリアットが見事に決まり、僕の意識が飛びかける。
この野郎……!
珍しく先制攻撃を仕掛けてきやがった⁉
しかも吹っ飛ぶ前にそのまま首を絞めるようにナルシ―が僕をホールドする。
「
「ふざけるな、この!」
「はっはっはっはっ! 組み付かれた状態での反撃など古奈橋からしてみれば赤子の児戯に等しい行為ですよ!」
肘打ちを受け止められて、ギリギリと僕とナルシ―が膠着状態に入る。
くそぅ、離しやがれぇぇ!
開会式が間近な今、ナルシ―だって僕と目的地は同じはずなんだ!
つまり、良いところに来たって台詞からして、絶対に面倒ごとを持ってきているんだこいつはぁ‼
嫌だぁぁぁぁ!
そんなのに関わるのは嫌だぁぁぁぁぁぁぁ。
そんな不満の意味を込めて、僕は思い切りナルシ―を睨みつける。
「気持ちはわかりますが、古奈橋の顔に見惚れている場合ではないのでありますよ!」
「勘違いするなぁぁぁぁぁ‼」
「では、カラには古奈橋がブサイクに見えていると?」
「………………」
そうだよと言い返したいところだけど、実際ナルシ―の顔は整っている。
それだけじゃなくて、もしここでブサイクだと言えば、ナルシ―の性格からして、そのブサイクポイントをしつこく聞いてきて、それを修正しようとするだろう。
太っていると言えば痩せようとするし、肌が荒れていると言えばスキンケアにのめり込むし、髪が崩れていたら、友達の死の危機すらそっちのけで整えに入るのがナルシーだ。
ここで余計なことを言ったらもっとめんどくさくなるのは目に見えている。
「ブサイクじゃないけど、見慣れてるから見惚れるわけないだろ!」
そんなわけで僕が導き出したのはそんな答えだった。
「なるほど……。良いものも慣れれば普通になってしまう。現状維持すら甘えになる。気をつけなければならない問題でありますな!」
ナルシ―も納得してくれたようだ。
良かった良かった。
じゃあ僕はこれで──
「では、カラは正気ということなので、このまま連行させていただくでありますよ!」
「くそっ、誤魔化せなかった!! そこまでして僕に何をさせようって言うのさ⁉」
「それは……」
珍しくナルシ―が口籠る。
ナルシ―が言い淀む姿なんて初めて見た。
……本当に何をさせるつもりなんだ。
犯罪行為とかじゃないだろうな?
「簡単に言えば、一緒に女子寮へ忍び込んでもらいたいのであります」
「アァァァァァァァァァァァァウトォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ‼」
組み付かれていた体を強引に振り払う。
考えられる選択肢で一番ダメなやつを提示してきたな⁉
今回に関しては僕が夜空谷さんに浮気判定を喰らうとかそういう問題でもなく、普通にダメな行動だからそれ‼
「忍び込んで何をするつもりだ! まさか服を盗んだり、匂いをかいだり、あまつさえカメラでも仕掛けようとか考えているんじゃないだろうな‼」
「そんなことするわけがないでありましょう」
「じゃあ、目的を言え!」
関わらないのが一番なのは間違いないんだけど、目的が女子寮に忍び込むことだとわかった以上はそうもいかない。
僕が逃げたところでナルシ―は女子寮に突撃してしまう。
女子寮に忍び込む正当な理由なんて想像も出来ないけど、仮にも友人である僕には今彼が踏み外そうとしている道を正す義務がある!
あともっと単純に夜空谷さんに何かがあったらすごく嫌だ。
僕の知らない夜空谷さんをナルシ―が知るかもしれないってのも嫌だし。
「もちろんそれは説明するであります。しかし、時間がないのでひとまず移動を開始したい所存なのでありますよ」
「移動して僕を振り切るつもりだったりしない?」
「振り切るも何も古奈橋はカラに協力を仰いでいるのですよ? メリットがないでしょう」
「それは……確かに」
僕を振り切ったとして、協力が得られないどころか僕はナルシ―がしようとしていることを知ってるわけだから、それを先生たちに報告しないとも限らない。
今ここで僕とはぐれるのはむしろナルシ―にとってデメリットしかないか。
「じゃあ、移動しながら話を聞くよ」
「そういう物分かりの良いところはカラの長所ですな!」
僕から離れたナルシ―を先頭に人気のない街を走り出す。
でも、違和感はすぐに訪れた。
ナルシ―は僕が来た道ではなく、何故か高等科の寮からは離れるルートを進んでいく。
「ナルシ―? 寮に行くんじゃないの?」
「行きますよ。ですからこうして走っているのでありましょう?」
「道間違えてない? こっちから女子寮って遠回りでしょ?」
「高等科の女子寮なら確かに遠回りですが、目的地は高等科ではありませんから」
一旦停止‼
「何故足を止めるのでありますか!」
「まさか中等科とか初等科に忍び込むつもりなの⁉ いや、別に高等科ならいいってわけじゃないけど……! 同級生ですって誤魔化しすら利かない寮に忍び込むのはリスクがありすぎるでしょ⁉」
「児ポが怖いと?」
「そうだよ!!」
ただでさえ広まってる誤解がよりパワーアップするんだよ!!
「けれど、そういう心配なら無用であります。忍び込むのは大学の寮ですから」
「大学? なんで?」
ほっとしかけたけど、ダメなことに変わりはないな。
結局忍び込んで何をするんだよぉ……。
「やりたいことは……人探しであります」
「人探し?」
ナルシ―はこれまた見たことのない渋い顔と低い声で、
「……どこぞの部屋で引き籠っている古奈橋の姉を探して欲しいのでありますよ」
そんな気乗りしない目的を言ってくれた。
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