第四十二話 嫌われる理由   ⑦


 困難を前に僕は思わず吹き出してしまった。

 まだ冷たい夜風に当たりながら少しだけ感慨深くなる。


 場所がここだったのも理由の一つだろう。

 あの日ここに呼び出された時はまさかこんなことになるとは思いもしなかった。


 ……いや、大きなきっかけは夜空谷よぞらだにさんかもしれないけど、何も変わらないままだった僕をそのまま受け入れてくれたこの学園自体がそもそも凄いのか。


 こんなに人と絶え間なく関われる毎日を送っているなんて、少し前の僕が見たら驚くに違いない。


「僕でもセンチメンタルな気持ちになることがあるもんだ」


 真っ暗な屋上に一人きり。

 まるでこの学園に来る前……あの頃の僕のようだ。

 好き勝手に振る舞って、気付けば孤立して、友達どころかろくに話し相手すらいなかった。


 自分が悪いのはわかってる。


 なんてったって、ここだと大事になっていないけど、ガラス割ったり、授業抜けだしたりしていたのは学園に来る前からやっていたことだ。


 世間一般から見て、異常者は間違いなく僕だと我が事ながら断言できる。

 それでもそんな僕が本当の僕だから、反省もないままに僕はその振る舞いを続けていた。



 結果、僕は完全に一人になった。



 僕に相談なく親が勝手にこの学園の編入試験に申し込んだのも、大学まで全寮制であるこの学園に入れれば、僕との関りを最大限減らせると思ってのこと。


 直接言われたわけじゃないけど、バカな僕にだってそのくらいのことはわかる。

 そうさせてしまったのが僕だってこともわかってる。

 この学園で大人しくしていることがせめてもの親孝行になることだって理解もしてる。


 だけど、僕はこの学園の中でもそれまでと同じ僕で居続けた。

 退学になったらなったでいい。

 帰る場所なんてないんだろうけど、僕は絶対に変わらない。


 そう決めて、この学園に入った。

 今こうやって冷静に思い返してみれば、それは息子としての僕が出来る精一杯の抵抗だったんだと思う。



 勝手なことを言ってるのはわかってる。

 でも、あのとき失望したのはお互い様だったのだから。



 すぐに追い出されても不思議はなかったのに、それでも僕はこうして今もこの学園にいる。


 僕を受け入れて、ありのままの僕と接してくれる人たちがいる。

 ましてや、そんな僕を嫌いだと言いながら、彼女まで出てきた始末だ。


 今の僕の姿を見て、あの頃の同級生や両親はどう思うのだろう。


「少なくとも面白くはないんだろうなぁ」


 ぶるっと体が震えた。

 夜風に当たり過ぎたのかもしれない。

 けど、夜の闇とは違うどす黒い何かが僕の背後にまで迫っていた気もする。

 もしも、このまま思考を続けていたら──


「ん?」


 ポケットに入れていたスマホがピロンと音を立て振動した。

 今のはメッセージアプリの着信音だ。

 こんな時間に誰だろう?


「……………………ほほぉ、なるほどね」


 センチメンタル気味だった心が一気に晴れた。

 画面を起動すれば、メッセージを送ってきたのは夜空谷さんだった。

 そこには──


『フェイクさんが走り去ったということは浮気をしなかったようで安心しました。好感度アップです!』


 マイハニーからのあまりにタイムリーな好感度上昇報告が来ていた。


 屋上の端に行って女子寮の方向を見てみる。

 ほとんどが消灯している部屋の明かり。けど、まだ起きている生徒もいるようで、何部屋かの明かりはまだ点々と点いていた。


 その中の一部屋。ベランダに人影があるように見える。


 僕からは表情も何も見えないけど、多分あれが夜空谷さんなんだろう。

 双眼鏡でも使っているのかな?

 つまり、ルナさんがここを指定してきたのは夜空谷さんが何か噛んでいるってことか。

 じゃなきゃいくらなんでも準備が良すぎる。


 僕を好きになるために僕を試しているんだろうけど、浮気相手の斡旋まで始めるのは中々にぶっ飛んでいてとても夜空谷さんらしく思えた。


 是非反省して欲しいものである。


「……好きって言えなかったことを反省して、あれからはきっちり一途に想ってるつもりなんだけど、それが伝わってくれるのはいつになることやら」


 いかんせん元々の印象が悪いからなぁ。

 ましてや今でも夜空谷さんへの好きがライクかラブかを断言できない僕にも問題はあるし。


 試すようなことも愛情の裏返し……そう思うことにしよう。

 ピロンッと再び着信音。


『何を見ているんですか! さては私の部屋がどこかを確かめていましたね! 夜這いでもするつもりならそうはいきません。私はちゃんと鍵をかけていますから‼』


 ……愛情、裏返ってるなぁ。


 いつもならすぐに返事を返して、メッセのやりとりは僕の送信を最後に終わるのが常なんだけど、今回はあえて返信しないでおこう。

 たまには自分の発言を自分で振り返ることも大事だと思う。


 さて、色々ありそうな体育祭ももうすぐだ。

 寝不足にならないよう部屋に戻ってさっさと寝よう。


「この上に変態がいますわぁ‼」

「え⁉ 不審者ってことですか? いやでもあなたはなんでここに──」

「話す義理はありませんわ‼」


 そう思っていたのに、一階のほうからそんな声が聞こえてきた。

 姿は見えないけど、巡回の警備員の人にルナさんが余計なことを吹き込んでくれているらしい。


 偶然出くわしたのか、はたまたわざわざ警備員の人を探して告げ口したのかは知らないけど、アンチとして恥じない行動だ。


 こちらも是非ともいつか反省して欲しいものである……。


「まさかまたこれをやる日が来るとはね!」


 助走をつけて、フェンスをよじ登る。

 背後から懐中電灯の光が屋上へと差し込んだのが見えた瞬間、僕は思い切り足を踏み切った。


「やっぱり怖ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい‼」


 わかってはいたけど、二度目だろうと慣れるものじゃなかった。


 というか、こんなことしなくても、いつも先生を振り切るように警備員さんと鬼ごっこをすれば良かったんじゃないかな?


 けど、気付いたところでもう遅い。

 後悔を募らせながら、何も見えない真っ暗闇の中、僕は着水の衝撃に備えて体を丸めてみるのだった。

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