第三十四話 心を鍛えよう   ④


 カメラのフラッシュが僕を眩しく照らし出している……。


 少し体を動かせば、防御力の低い布っ切れが僕の膝上あたりをくすぐり、反射的に裾を抑えようと前屈みになってみれば、自分がへそ出し衣装を着ている現実に直面した。


 更に少し視線を先に向けてみれば、水面に変わり果てた自分が映し出される。

 百堂さんが来ていたものとは違うフリフリの衣装。


 今の僕はそれを無理矢理着させられ、カメラの被写体にさせられている真っ最中だ……。


 あの野郎……何が心を鍛える修行だ……!

 たしかにカメラのシャッターが切られるたびに僕の心に物凄い負荷は掛かっているけども!


 精神ダメージに対する耐久値が上がることと、カッとならないように冷静さを保つために心を鍛えることは別物だろうに!


 いや、無理矢理見ればそういう修行にも持って行けるのかな?

 さっきみたいに目線くださいって言われても、グッと我慢して目線を送れるようになれば、確かにちょっとやそっとじゃカッとならなくなるような気もする。


 弊害として、その度に僕のあられもない写真が茅ヶ崎さんのカメラに増えまくるわけだけど……!


 あぁ、ダメだ……。

 動いたら負けだ。心を持ったらダメなんだ。

 どうせ無抵抗だろうと抗おうと写真は撮られ続ける。むしろ動きがあったほうが喜んでしまうかもしれない。


 無抵抗こそが最大の抵抗。


 そう思って僕は直立不動を貫くことにした。

 少し風が吹いてまた膝上をひらひらと布っ切れが揺れるが無視だ。

 僕は人形。心を持たない人形。いつか人に復讐を誓い、機を待つ人形だ。


「恥ずかしさが限界を超えたんすかね? さっきから無になってるんすけど」

「もしくは俺の狙い通り悟りに至ったかだな」

「……可愛い」

「あれ? 姫っちまさか先輩のこと……⁉」

「……やっぱあのデザインは神」

「誰が着ているかじゃなくて、服しか見てないんすね……。けど、数枚ならまだしも、何枚もこれじゃ味気ないっす。変化が欲しいっすね」

「スカートでも捲ってみるか」

「おや、見た目に似合わず意外なことを言い出すっすね」

「あいつが相手だからな」


 そう言いながら、浅瀬で水に浸かりながら仁王立ちする僕に仙人が近付いてくる。

 ちっ! 茅ヶ崎ちがさきさんが近付いてきたらカメラを水にブチ込めたのに!

 仙人が相手じゃ、結局シャッターチャンスを作るだけじゃないか!


 ……いや、待てよ。

 それもアリか?

 あいつを仲間に引き込めれば、あのカメラを奪取できるかもしれない。


「きえええええええええええええええええええええええ‼」

「ちぃ⁉ いきなり自我を持ったか⁉ 離せ‼」

「今だ茅ヶ崎さん‼ フリフリな僕と絡み合う仙人を写真に撮るんだ‼」

「貴様ぁ‼ それが狙いかぁ‼」


 ふはははははは‼

 毒を食らわば皿まで! こうなったら弱みを握られる人間を一人でも多く生み出してやる‼


 さぁ、撮れ!

 女装した僕と絡み合う仙人を撮りまくるんだ!


「…………はぁ」


 狂ったようにシャッターが切られる──そう思っていたのに、茅ヶ崎さんは何故かため息をつきながらカメラを下してしまう。


 あ、あれ? 

 何だかやけに悲しい顔……っていうか、不貞腐れてるような、苦々し気というか……。


「解釈違いっす」

「え?」

「女装に興奮するなら、女でいいってなるじゃないっすか‼ 男だからこそ愛が芽生えた……そうじゃなきゃダメなんす‼」

「君の中で僕たち勝手に設定が作られてないかな⁉」

「そんなことないっす! えっと、こっちの白髪長髪先輩がえっち先輩と──」

「ほら⁉ 僕たちの本当の情報が都合悪いから名前すら聞いてない⁉ シチュエーションでしか見てないよ⁉」

「……七波ななはは二次創作でキャラの性格が変わっても許容できる派」


 つまりシチュしか見てないってことじゃないのかなそれ⁉


「くっ、原作からツッコまれたら何も言わずに去るのが僕たちの宿命っす……」

「そうそう、じゃあ僕はこの服を脱がせてもら──」

「好きなだけ女装姿でイチャつけばいいっす!」

「別にそれは原作じゃないんだってば⁉」


 もう嫌! もう逃げる!


「あ、ちょっと先輩⁉ せめて服は返すっす⁉」

「……私のコスは渡さない……!」


 その場から逃走を始めた僕を百堂びゃくどうさんが追いかけて来る。

 だめだ、捕まったら捕まったで剥かれる気がする⁉

 僕の制服を回収して、着替えて、この衣装だけを返すようにしないと、僕の中の何か大事なものが奪われる気がする⁉


 けど……それは無理な相談だ。

 何故なら──


「……逃げても無駄。あなたの制服はここにあるのだから」


 今までこの学園に存在していなかった男子の制服はコスプレ少女にとってとても興味を引くものだったらしく、僕がフリフリ衣装を着ている隙になぜだか百堂さんが僕の制服を着ていた。


 ……どうするのが正解なのかな⁉


 っていうか、僕の着ている衣装が百堂さんの物って言うのもまずいけど、僕の制服を百堂さんが着ている事実もかなりまずいと思うんだ!

 こう……倫理的に!


 あれを彼シャツと呼んでいいのかはわからないし、僕は百堂さんの彼氏でもないけど、中学生の女の子と服を交換は下手したらお巡りさんとこんにちはする案件な気がするんだ⁉


「……あれ? つまり僕もう詰んでる⁉」


 後ろを追いかける百堂さんを振り切ることも出来ず、それでいて捕まるわけにもいかず、僕はただどうしていいかもわからないまま、ひたすらに自然の中を駆けまわり続けた。

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