第三十三話 心を鍛えよう   ③


「違うっすよ? ここは元々ボクたちが目を付けていた撮影スポットなんすよ」

「撮影?」

「コス写っす!」


 あ、やっぱりカメラ趣味はそこなんだね。

 確かに自然豊かで滝まであって、浅いところならくるぶし程度、深くても膝下までの深さしかない湖まである場所はロケーションとして申し分ないと思うし。


 つまり、茅ヶ崎ちがさきさんはいつものようにコス写をしに来ただけで、僕たちが出会ったのは本当に偶然の産物ってことか。


「あれ? ってことはカメラを君が構えているんだから、コスプレをしている誰かがまだいるってこと?」

「その通りっす!」


 茅ヶ崎さんは後ろを振り向いた。


「姫っち~‼ いい加減に隠れてないで出てくるっすよ~!」


 大きな声で叫べば、木の影から人影がこちらを覗き見て来た。

 でも、遠くて表情どころか姿すらまともに見えない。


 恥ずかしがり屋さんなのかな?

 姫っちってあだ名で、コスプレさせられている女の子って聞くと小柄で小動物みたいな子を想像するし。


 そんなことを思っていたら、ピロンと茅ヶ崎さんのスマホが鳴った。


「あれ? 姫っちから? 『嫌。』 なんでっすか~!」


 どうやらスマホで返事が来たみたいだ。

 しかもたった一言で。


 恥ずかしがり屋の小動物系じゃない可能性が上がった気がする。

 隠れている子も中々に癖が強そうだぞ。


「あんにゃろめ〜! ちょっと行ってくるっす!」


 袖にされた茅ヶ崎さんがさっき人影の見えた木へと猛ダッシュしていった。

 そして、無理矢理手を引きながら、一人の女の子を連れて戻ってくる。


「この子が姫っちっす!」


 紹介された子は話の通りコスプレ衣装だった。


 何かのアニメの服なのはわかる。

 全体的にピンクと黄色のパステルカラーで、分類で言うなら魔法少女って感じだ。

 ひらひらしたスカートに大きなリボンがあしらわれた可愛らしい衣装だった。


 着ている女の子は多分ウィッグもつけているのだろう。

 腰まで届く青みがかった銀髪は水面に反射する光のようにキラキラと輝いていて、人形のように整った顔をしているその子はまさしくフィクションから飛び出して来たような魅力を持っていた。


 ただ……。


「……帰る」

「なんでっすか姫っち! せめて挨拶くらいするべきっす!」

「……あまりこの姿は見られたくない」

「今更っすよ! それに可愛いっす。自信持つべきっす!」

「……嫌」


 着ている子がびっくりするほど乗り気じゃない!?

 白けているのか冷めているのか、完全無欠のポーカーフェイスに囁くような話し方。

 着ている衣装と雰囲気があまりにミスマッチだった。


 それに加えて、衣装はどちらかと言えばロリータ調なんだけど、その子はすごく大人びていた。

 身長に至っては僕よりも高いし、体つきも出るところは出ていて、くびれるところは物凄くくびれているモデル体型。


 コスプレには違いないけど、なんていうか……いかがわしい感じのコスプレ感を感じさせる。


 姫っちってあだ名からは想像していなかったクールビューティー系の女の子の登場に僕と仙人も反応に困ってしまう。


「じゃあ、勝手にボクが紹介するっす! この子は百堂びゃくどう姫亜ひめあ。愛称は姫っち。見ての通りドスケベボディを持つボクのオタク仲間っす!!」


 不名誉な紹介に対して、百堂さんは流れるような動きで茅ヶ崎さんの頭を抑えると突き立てた指でこめかみ付近をギューっと指圧した。


「ぎええええええええええええええええええええええええええええええええええええ⁉」


 茅ヶ崎さんや。女の子の悲鳴としてそれはどうなんでしょう……。

 いや、らしいと言えばらしいのかもしれないけどさ……。


「……なんていうか、似てるな」

「え? 誰に?」

「お前に」

「え⁉ 仙人から見て僕はドスケベボディをしてるってこと⁉」


 流れるような動きで僕の頭を抑えた仙人が突き立てた指でこめかみ付近を指圧してくる。


「ぎええええええええええええええええええええええええええええええええええええ⁉」


 あまりの痛みに僕の汚い絶叫が喉から迸った。


「類が友を呼んだか。……百堂だったな、挨拶は十分だ。着替えたいなら着替えてくるといい。こいつらは捨ておいておけ」

「……わかった」


 茅ヶ崎さんが地面にポイ捨てされ、百堂さんがまた木の陰に消えていく。

 同じように僕も捨てられ、茅ヶ崎さんと向かい合うように地面に倒れ伏した。


「ふっ、先輩とは仲良く出来そうっす」


 醜態を晒した合っただけなのに、拳で心を通わせたライバルみたいな雰囲気で茅ヶ崎さんが僕にニヒルな笑みを向けてきた。


「僕は微塵も思わない」

「いけずっすね~。でも、冷たくされるのもそれはそれで……!」

「無敵の人だ⁉」


 ヤバい人と関わりを持ってしまったのかもしれない!


 そうだよね。よくよく考えたら、嫌がってる百堂さんにコスプレさせて、それを写真で撮ってるんだよ!

 友達面しておきながら、実は百堂さんの弱みを握っているだけの悪い奴なのかもしれない!


「……ただいま」


 そうこうしてるうちに百堂さんが戻ってくる。

 さっきまで着ていた魔法少女コスはきちんと脱ぎ捨てていて、かわりに西洋の鎧をデフォルメしたような騎士然とした恰好で。


 ……おや? 雲行きが変わったぞ?


「何故まだコスプレをしてるんだ?」

「……写真がまだ」

「お前はそれを含めて嫌がっていたわけじゃないのか……?」

「……違う。こういう場所では凛々しい方が映えるから、さっきのが嫌だっただけ」


 凄い。ちゃんと類友だった。

 そして、疑ってゴメンよ茅ヶ崎さん。彼女はちゃんと君の友達だったよ。


「うぅ……! この静かな景観と画面から飛び出したようなブリブリのコスプレが良いんじゃないっすか! チグハグさの芸術がぁ!」


 騎士風百堂さんを見るなり、茅ヶ崎さんは悔しそうに拳で地面を殴っていた。


 そういえば、勝手に男装だとばかり思っていたけど、普通に女の子衣装だ。

 ちょっと意外。


「ちょうどいいか」


 仙人が何やら思いついた顔で僕を見下ろして来た。


「空森、心を鍛える修行を思いついたぞ」

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