第三十二話 心を鍛えよう   ②


 仙人は制服こそ着てはいるけど、取っ組み合いによってずぶ濡れとなり、そこそこ鍛えられた肉体がシャツを透けて完全に見えてしまっている。


 それに加えてボタンが外れたのか、ただでさえ防御力皆無なシャツは腹筋ギリギリまではだけているありさまだ。


 そして、僕。

 ずぶ濡れなのは仙人と一緒だけど、上半身は何も着ていない。


 しかも何かの修業で使うつもりだったのか、都合よく用意されていた縄で縛られている。


 水の中で格闘していたせいで、体力は爆速で奪われ互いに息を切らせて、取っ組み合いのために体も密着している。



 ……凄い特殊なプレイに勤しんでいると思われても仕方ないんじゃなかろうか?



 いきなり現れた後輩お嬢様──っていうか、本当にお嬢様でいいんだよね?

 あまりにも俗世にまみれている気がしてならないけど、君はちゃんとここの生徒でいいんだよね?


 そこから疑ってしまうくらいの雰囲気を醸し出すこの子から見たら、きっとこの子が好きなのであろう男性同士のキャッキャウフフと僕たちが重なって見えてもおかしくない。


「安心してくださいっす! 不肖、茅ヶ崎ちがさき七波ななは。お二人の蜜月を公言するような無粋な真似はしないとこの場で誓いまっす!」

「いや、誓うも何も君は全て間違っているんだって」

「全て間違ってる? まさか、人気のない場所で隠れてイチャついていたのではなくて、誰かに見られたくて外でイチャついていたってことっすか⁉」

「違う‼ そういう意味じゃない‼」


 だから、興奮気味にカメラを構えるのをやめるんだ!


「ひとまず離れろ。シャッターチャンスをキープしているのは拙僧たちのほうだ」


 なるほど、たしかにそうかもしれない。

 絡みつかせていた足を仙人から外して、僕は仙人から離れてみる。

 ひとまず直立で立ってみたんだけど、茅ヶ崎さんと名乗った女の子は何故かさらに興奮気味にシャッターを切りまくり始めた。


「えっろ⁉ 先輩えろすぎっす‼ ずぶ濡れで縄で縛られて水の中に立ってる先輩、背徳感しかないっす⁉」

「いやん⁉ 離れたことでこの子のターゲットが僕一人に集中してるぅ⁉」

「しゃがんじゃうとか狙いすぎっすよ⁉ 目線ください! お金なら払いますから‼」


 さて、いきなりだけど思い出して欲しい。

 僕たち男子は別にお金持ちの家系と言うわけでもなく、そしてこの学園にいる限り、アルバイトも難しい。


 夜空谷よぞらだにさんとのデートで金欠を強く意識したのもついこの間だ。

 そんな僕にとって、お金を稼げる手段がちらつかされたのは大きい。


 ここでこの子の要求に応えた写真を撮らせてあげればお金がもらえる……。

 相場なんて知らないけど、こういう撮影のお礼で渡す金額をこのタイプのオタク系がケチるとも思えない。

 …………………………め、目線くらいなら、向けても、いい、のかな。


 チラッ。


 横目でほんの少し、ほんっとうにちょびっとだけ言われた通りに目線を向けてみた。


「お前はそれでいいのか……?」

「きゃあああああああああああああああ⁉」


 まさかの仙人とばっちり目が合ってしまって、僕の羞恥心メーターが限界まで振り切れた。


「仙人のバカァ‼ 正気に戻すタイミングが悪すぎるんだよ⁉」

「いや、この上なくベストだっただろ。好き放題撮られた後に正気に戻りたかったのか?」


 いや、そっちのほうがキツイか。

 そんなことになってたら、恥ずかしい写真と引き換えに手に入れたお金を握り締めて、くっころモードに入ったかもしれない。


 そして、そのくっころモードの僕を見て、また茅ヶ崎さんは写真を撮りまくる……。


 一度ハマったら抜けられない負のループだ。


「ふふふ……すでに写真はいくつも撮れているからボクは満足っす」

「ちなみに写真を消してくれたりは?」

「断固拒否っす‼」

「そうかそうか。ならば、カメラを無理矢理奪わせてもらおう!」

「嫌っす! これはボクの手柄として仲間内でマウント取ったり、一人でニヤニヤするときにしか使わないと約束するから見逃して欲しいっす!」


 写真に対して『使う』って表現がすごく嫌だ……。


 というか、一人でニヤニヤはまだギリギリ許容できたかもしれないけど、仲間内で晒されることがわかってしまった以上、やはりそのカメラの写真を持ち帰らせるわけにはいかない!


「交換条件! 交換条件を出すっす!」


 僕が茅ヶ崎さんとの間合いを詰め始めたので、本当に没収されると判断したのだろう。

 茅ヶ崎さんはスマホを取り出して、何か操作すると画面を僕に突き付けた。


「去年のハロウィン! 夜空谷先輩がしたコスプレ写真を交換条件として渡すっす!」

「うぐっ⁉ こ、これは……⁉」


 ミイラ。間違いなくミイラのコスプレだ。

 だけど、リアリティを求めたのか、はたまた誰かに見られても同性だからと油断していたのか。夜空谷さんはどう見ても全裸にただ包帯を巻きつけているだけ。


 しかも隠さなきゃいけないピンポイントを厚めに巻いたせいなのか、ヘソや二の腕なんかはばっちり見えている!


 デートの時の私服ファッションショーとは違うベクトルの可愛さだ。

 確かにこの写真が手に入るなら、僕の写真を渡すくらい安い買い物に思えてくる。


「…………枚数は?」

「可愛い感じが六枚。際どい感じが一枚の計七枚っす」

「…………今回だけは見逃そうじゃないか」


 苦渋の選択の末、僕は誘惑に屈することにした。

 茅ヶ崎さんと連絡先を交換し、スマホにコスプレ夜空谷さんのデータが送られてくる。


 ……あぁ、僕の彼女、可愛ぃ。


 それにこの際どい一枚……。

 包帯がはだけて、決して豊かとは言えないまでも美しいフォルムをしている夜空谷の胸元がばっちり見えている……!


 次に夜空谷さんと会ったら、僕はきっとこの写真が頭をチラつくに違いない。

 煩悩が顔に出ないことを祈るばかりだ。


「それでだ。茅ヶ崎と言ったか? 何故こんな場所にいる。先ほどの口ぶりからして、よもや拙僧たちをつけてきたのではないだろうな?」


 僕の興奮は冷めやらぬところではあったけど、おそらくは秘密の修行場だった場所に現れた茅ヶ崎さんに対して、仙人は尋問を始めた。

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