第三十一話 心を鍛えよう   ①


「あばばばばばばばばばばばばばば……‼」

「ほう、意外と耐えるな」


 頭の上から止めどなく水が流れ落ちてくる。

 ラフプレーの話を聞いて、修行したほうが良いかなと思った僕は仙人に相談を持ち掛けてみた。


 一緒に修行したい!


 ……なんて。

 僕がいきなりそんなことを言い始めたら、いつもの仙人なら嫌な顔をして全力で拒絶したことだろう。


 だから、僕は体育祭でラフプレーが行われる可能性が極めて高いから、それに向けて精神を鍛えたいと正直に話してみた。


 ぶっちゃけそれを話したところで展開は変わらないと思っていたんだけど、意外なことに動機としては合格だったらしく、僕は学園の中にある自然区へと連れて来られた。


 木々がいくつも生え並んでいても、道がしっかり舗装されている公園とは違い、そこはお嬢様学園の敷地内とは思えないほど雑草が生い茂っていて、ただ歩くだけでも道なき道を突き進んでいかなくてはいけない。


 そんな道をいくらか進んでみれば、信じられないことに滝が現れた。


 軽く見上げる程度に切り立った崖から、人が横に五人くらい並べる程度の幅で水が降り注いできている。


 水が落ちた先はテニスコートくらいの広さの小さな湖が拡がっていて、その光景はさながら森の奥地の秘境と言った感じだ。


 辺りは絶え間ない水の音だけが支配していて、自分と向き合いながら精神を落ち着け、鍛えるには確かにうってつけの場所だろう。


 けど、なんだろう……。

 物凄くそれっぽい場所が出て来て、本当ならテンションが勝手に上がっていきそうなものなのに……。


 いかんせん仙人がここで修行してるって聞くと、やっぱ自分に酔ってるだけなんじゃないかって予感が頭を掠めてやまない。


 こんないいところで滝に打たれる。

 さぞかし自分に酔い知れることだろう。このファッション仙人がいかにも好きそうなシチュエーションだ」

「……言葉に出てるぞ」

「やべっ⁉」


 そんな失言をしたために僕は上半身を裸にされ、縄で縛られた状態で滝の真下に放り投げられた。


 今は絶賛滝行──もとい水責めにあっている真っ最中である。

 絶え間なく顔にかかる水のせいでまともに息継ぎすらままならない……!


「ごほっ、げほっ⁉ 死んじゃう⁉ 下手したら本当に死んじゃうよ仙人⁉」

「昔から言うだろう? 馬鹿は死ななきゃ治らないと」

「殺す気なの⁉」


 ふっ、冗談だ。

 そんなことを言いながら、体を起こしてくれることを期待していたんだけど、仙人は一向にそんな様子を見せない。


 おやぁ? これはガチなパターンかな?

 人気のない場所に連れてきたのも目撃者を気にしてのことなのかな?


 …………………………。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼ 死んでたまるかぁぁぁぁぁ‼」

「ちぃ……! ゴキブリ並の生命力を持ちやがって!」


 縄で縛られているから抵抗するには体当たりしかない……!

 けど、水に足を取られて上手く動けない!

 仙人は押し倒すだけで僕を葬ることが出来るんだから、圧倒的に不利なのはこっちだ!


 けど、舐めるなよ!

 僕だってこれまでにいくつもの修羅場を潜り抜けてきた身。

 絶対に生き残ってやるぅぅぅぅぅ‼


 僕と違って制服姿の仙人のワイシャツに噛みつきながら、必死に押し倒されるのを防ぎつつ、少しでも隙があったら足を絡めて仙人を転倒させようとする僕。


 仙人は仙人で僕を縛る縄を掴みながら、僕を水の中へ鎮めようと体重を掛けて転ばせようとしてくる。


 ずぶ濡れの男二人による取っ組み合い。

 どちらかの体力が尽きるまで続くはずの命を懸けた闘いだ!


 ……そのはずだったんだけど。


 カシャッ! という音と共にいきなり眩しい光が瞬いて、僕たちの体がビクリと硬直する。


「……信じられないっす。まさか、こんなところでこんな光景を目にすることができるなんて……‼」


 カメラを構えた見覚えのない女の子がいた。

 着ている制服が僕たちの学年とは違ってセーラー服調ってことは中等科のお嬢様だ。


 ただサイズを上げるだけでは気分が変わらないという理由で百合咲学園は幼、初、中、高で制服が変わる。


 たしか、幼稚科がシャツにサスペンダータイプで、初等科が雨瑠ちゃんも着ていたワンピースタイプ。僕たち高等科はブレザータイプで、目の前にいる女の子が着ているセーラー服は中等科になる。


「感激っす……! 男子が入ってきたからにはいつかこういう場面にも遭遇出来るかもしれないと期待してたっすけど、まさかこんなに早く出逢えるなんて! まさか……ボクが主人公の物語が始まっちゃったっすか!? でも……こうやって絡み合ってくれてるならボクはノイズ!! 主人公なんて望まない……ただいつでもその場に居合わせる事ができる壁になりたいっす!!」


 物凄い早口で女の子が悶えている。

 鼻息の荒いその女の子は、なんていうか……オタク感が滲み出していた。


 ボサボサとまではいかないまでも枝毛が目立つ傷んだ短い黒髪。しかも、たぶん自分で切っているんだろう。


 正面から見ても左右のバランスが揃っていない上に、たまに見える後ろの髪に至っては長さが場所によってばらばらだ。

 目の下にはうっすらとクマがあって、縁のない眼鏡をかけている。


 見た目だけなら、まだ色々無頓着な女の子って可能性も捨てきれなかったかもしれない。

 お嬢様学園にいるにはあまりに浮いてる気がするけど、それでも自分で髪切って失敗するくらいなら、お嬢様だって一回くらいやっても不思議はない。


 だけど偏見ではあるが、特殊な語尾が付いて、更には一人称がボクの女子はすべからくオタクだ。


 相手の反応を待たずにテンション上がって一人で盛り上がっちゃってる姿も加点ポイントである。


 さて……そんな子が僕と仙人を見て、鼻息荒く感激だと言いながらカメラのシャッターを切ったわけだ。


 スマホも普及した現在でわざわざカメラを持っているということは写真撮影が趣味なのかもしれない。


 コスプレ撮影とかがメインな気がしなくもないけど、それでもカメラを持つくらいには写真を撮ることに熱が入ってるはず。


 つまりはこの子が写真を撮り始めてしまうシャッターチャンスを僕たちは生み出したことになる。


 ……よし。

 一回冷静になって、今の僕たちを客観的に見たらどう見えるのかを考えてみよう。

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