第三十話 覚悟の準備 ③
「これが何か?」
「気付きませんか?」
「……特に何も」
「男女で競技が分かれていないのです」
特に勿体ぶることもなく
確かに言われてみればそうだ。
並んでいる競技には徒競走とか騎馬戦なんかも含まれている。
こういう競技って男女で分かれているのが一般的なはずだ。
でも、こうなってしまう原因は僕でも流石に察しがつく。
「男子が少ないからじゃないんですか? 僕たちの学年は三人ですけど、他の学年で人数も違いますし。なんなら僕たちですら一クラスに纏められてるんですし、紅組とか白組の組み分けすら出来ないんじゃ」
「分けられていない理由はその通りです。男女の身体能力上の差はハンデを設ければある程度は埋まります。それに良くも悪くも男子を身近に感じる良い機会です。わざわざ競技を分けるのではなく、あえて同じ競技をしていただくほうが良いだろうと判断されました」
「……つまり何が言いたいんでしょうか?」
いまいち話が見えてこない。
僕が目の敵になっているのと体育祭。
何が繋がってくるんだろう。
「この体育祭の競技にかこつけて、
「陰湿ぅ⁉」
お嬢様学園の体育祭でラフプレーが行われるの⁉
正々堂々とした気高いプライドとかないの⁉
「というよりも迷わず手を出し合っているあなた方が異端なのです。大抵の暴力はバレないように行われるのが世の常ですから」
「ぐうの音も出ない……」
迷わず殴り掛かったり、殴り返されたりしてるから麻痺してるけど、暴力ってそんな身近にあるものじゃないよね。
ラフプレーかぁ。
校舎裏なんかに呼び出して、囲われたりしない分マシ……なのかな?
それに体育祭までまだ二週間近くある。
開催まで時間のある体育祭でのラフプレーをこうして呼び出してまで鶴屋先生が心配しているということは、それまでにいきなり襲い掛かられることはないって想定なんだろう。
つまりはここを凌げば、ひとまずの安全は確保されるのかな。
自分で言うのもあれだけど、暴力に怯える毎日なんて送りたくないし、何とか体育祭を無事に乗り切れるよう立ち回ろう。
「ですから、空森さんは頑張って真っ向からラフプレーに耐えてください」
「え⁉ なんで⁉」
逃げるなってこと?
競技にもよるだろうけど、別にわざわざ甘んじてラフプレーを受ける必要はなくない⁉
それとも何かのっぴきならない理由があったりとかするのかな?
「空森さん以外の生徒でしたら、もちろんこちらも色々と対策を考えなくてはいけませんでした。ですが、あなたに限って言えば、今回の問題には最善策がありました」
「袋叩きに合えと」
「その通りです。あなたはその扱いを許容できる上に、その扱いを不服と思わない事でしょう。それどころか、直接的な手段でこれまでの鬱憤を晴らしてもらえるならば安いくらいに感じるのではないでしょうか」
否定できない……。
たしかに過激派アンチが同級生って言われたとき、ボコボコにする権利あるし、仕方ないなって思ったし。
「卑怯な言い方ですけど、学園的にはそれでいいんですか……?」
「はっきり言えばよくはありません。傍から見れば、鉄拳制裁を肯定しているわけですから。やったらやり返していいなど、あまりに時代に逆行していると思います。ですが、あなたを含めてこのやり方がベストだと言うならば、私は黙認します」
「……理解のある先生で助かります」
少し見透かされている気もするけど、ようはガス抜きを自分でやる方法を確立してくれるってわけだ。
ここで僕をボコボコにして、それで溜飲が下がるのなら、都度僕はしばき倒されればいい。
刃物なんかを持ち出されない限り、先生の言う通り僕はその扱いを許容できるし、不満もない。
わざわざ学園が介入する必要もなく、乱れた和の調整が完了する。
「ただし、一点だけ訂正を。この黙認は学園としての意思ではなく、私が勝手に見逃すだけです」
「他の先生にバレるなってことですよね」
「そちらも理解が早くて助かります」
無茶苦茶を言ってくれる。
下手したら高等科一年の混沌化が悪化する上に、鶴屋先生の立場だって危うくなるのに。
「そんな危険な綱渡り、わざわざ渡る必要もないでしょうに。僕を追い出せば本当にすぐ収まる問題ですよ?」
「この学園に居る生徒を見捨てるつもりはありません」
呆れるくらい真面目な先生だ。
当事者を優先して、こんな博打に付き合ってくれる人そうそういやしない。
せいぜい裏切らずに済むよう、僕も心しておこう。
「それとこれは空森さんにとってのお得情報ですが、
「どうでしょう。僕が出来ることが出来ないと夜空谷さんはむしろ、私を笑っていますね、優越感に浸っていい身分です。とか言ってきそうですけど」
鶴屋先生が少しだけ吹き出す。
あれ? 変なこと言ったかな?
「誰かに食って掛かる夜空谷さんはあまり想像できませんね。ですが、その姿を空森さんはイメージしやすいということは、空森さんにしか見せていない一面がすでにあるということです。心配していましたが、杞憂になる日もそう遠くないのかもしれません」
「…………なら、壁は頑張って超えなきゃですね」
「えぇ、頑張ってください」
体育祭か。
ラフプレーがあるのもわかってるんだし、体作りとか少しでも冷静さを失わないために心を鍛えておいたほうが良いのかな。
こんな事前に鶴屋先生がそれを知らせてくれたのも、間違っても頭に血が上ってやり返したり、ノックアウトされるなよってことなんだろうし。
………………修行。
幸か不幸か心当たりがある。
放課後になったら、ちょっと相談してみようかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます