第二十七話 怨恨がこんにちは ⑤
「あひゃひゃひゃひゃひゃ⁉ やめ、やめるのですぅ⁉」
僕の腕の中で
力づくって言ったってもちろん殴ったりするわけはない。
こんな小さい子を……いや、女の子を殴るなんて、さすがの僕でも絶対にやらない蛮行だ。
だけど、この場を納得させるためには言葉だけでは足りなかった。
その結果導き出したのが──くすぐりである。
え? そっちのほうがやばいだろって?
いやだなぁ~、じゃれあいですよ?
これを変態だと罵る奴はくすぐりフェチな性癖を持っている奴だけです。
流石に抱き着いて羽交い絞めとかにしていたら問題だけど、今の僕は片手で雨瑠ちゃんの両腕を捕まえて、バンザイさせながら小刻みに脇腹をつついているだけ。
え? 完全にアウトだろって?
いやだなぁ~、以下略。
確かに絵面はギリギリかもしれない。それもギリギリアウトなほうでのギリギリかもしれない。
でも、僕は
見ず知らずの男が道行く女子小学生にやっていたら確実にアウト判定だと僕だって思う。
でも、重ねて言おう。
僕は夜空谷さんの彼氏だ‼
彼女の妹と戯れるくらい別におかしな話じゃない!
つまり今この瞬間、雨瑠ちゃんはお姉ちゃんの彼氏にいたずらをされているだけだ!
…………あれ?
言葉にしてみたら、見ず知らずの男よりもやばい感じがするぞ?
なんか妙に生々しいというか……。
けど、始めちまったもんは仕方ねぇ。仕方ねぇったら仕方ねぇ。
中途半端にここでやめようものなら、それこそ何も得るものがないまま、雨瑠ちゃんにいたずらしただけの変態が爆誕してしまう。
毒を食らわば皿まで。
僕は何としてもここで雨瑠ちゃんを説き伏せて見せる!
「さぁて、僕を彼氏と認めたくなったかな?」
「きゃはははははは⁉ ひきょう、ひきょうなのです!」
「質問に答えないってことはまだ余裕があるんだね? それなら突っつくんじゃなくて指で脇腹を揉んであげよう」
「ひぎゃははははははははは⁉ だめだめだめ⁉ げほっ、ぞれだめなのでず‼」
笑い過ぎて咳き込みながら、髪を振り乱して必死に抵抗する雨瑠ちゃんを見ていると心が痛みそうだ。
痛むんじゃなくてあくまで痛みそうなのは、嫌がる人をくすぐるのって意外と楽しいよねっていう僕の嗜虐性から来ている気がする。
流石にこの歳になったら他人をくすぐるとかそうそうしないもんなぁ。
痛がるとか本気で悲鳴を上げながら嫌がられたりするのは無理なのに、くすぐりって不思議だ。
けど、いい加減に折れてくれないとまずい。
散々言い訳したけど、誰かに見られたら一発でアウトなのは僕だって百も承知だ。
これだけ笑い狂っているのだから、雨瑠ちゃんの限界も近いはず。
ダメ押しで揉むだけじゃなくて、爪を立てて服の上からお腹周りを擦る動きも追加してみる。
「ひぐぅ⁉」
下唇を噛みながら、小さな体がより激しく暴れ出す。
それが最後の抵抗だった。
絶対に逃げられないと悟ったのか、雨瑠ちゃんは悲鳴にも近い声でやっと僕の聞きたかった言葉を叫んだ。
「ふぎゃははは、みどめるのでず! あなたと、ねえざまを、認めるのでずぅぅぅ‼ だがら、もうこちょこちょだけはぁぁぁぁぁ!」
「よし、言質は取った」
欲しかった言葉は引き出せたのでくすぐっていた手を止める。
あれだけ必死に抵抗していた雨瑠ちゃんの体から力が抜け、だらりと体が倒れそうになった。
腕を掴んだままでは勢いで肩が抜けそうな華奢な体躯だ。僕は抱き抱える様に雨瑠ちゃんを支える。
いまだにぴくぴくと細かな痙攣をしている体に涙と涎と汗でぐしゃぐしゃの顔は完全によろしくない事件に巻き込まれた被害者にしか見えなかったけど、残念なことにこの場には犯人しかいない。
言質を取った今、すでに心は入れ替えているので僕はやりすぎた雨瑠ちゃんの救護に入る。
「大丈夫かい?」
「はひっ……はひ……」
「ごめんよ。でもこうするしかなかったんだ」
「……いいのです。それに体がぞわぞわしてちょっとだけ気持ちよか──」
「え? なんて?」
「な、なんでもないのです! 心配してくれてありがとうなのです!」
神様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼ ここに自分でも反吐が出るくらいのクズがいます‼
というかこの子はどこまで良い子なんでしょうか⁉
ちょっとどころか心配になります‼ 具体的にはたまに優しさを見せるDV彼氏とかにハマる未来が見えてしまってすごく心配です‼
それとごめんよ、仙人!
鉄拳制裁がないとだめだ!
必要だった! 僕とのコミュニケーションに力技は必須だって物凄く骨身に染みた!
だからお願い! 誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇ!
僕をボコボコにした上で雨瑠ちゃんを救護してぇぇぇぇぇぇぇぇ‼
「なにをしているんですか?」
そんな心の中での魂の叫びが天に届いたらしい。
僕にももかんを入れて、この場を立ち去っていたマイハニーが困ったような戸惑った顔でお戻りになられた。
「遅いよ、夜空谷さん‼」
「す、すみません。こういうものを買ったことがなくて、何が必要なのかがわからなくて時間がかかってしまって……」
「早く僕をしばき倒すんだ‼」
「なんでですか⁉」
罰が欲しいからです。
それに加えて、夜空谷さんには僕をボコボコにする権利と義務があると思う。
角度的に顔が見えていないのかもしれない。僕は体を支える雨瑠ちゃんの顔が夜空谷さんに見えるように体を動かした。
僕の手の中でぐったりしている雨瑠ちゃんを見て、夜空谷さんも顔色が変わる。
「うにゅちゃん⁉ 一体どうしたんです⁉
「いや、僕のせいではあるんだけど、そういう病気的な奴じゃなくて──」
「遊んでもらっていたら、ちょっと疲れてしまったのです」
言い訳を立て並べようとした僕の言葉を遮ったのは雨瑠ちゃんだった。
あれ? そんな好意的な解釈でいいの?
言質を取っておいてあれだけど、この変態と別れてくださいくらい言い始めても正直驚かない場面なんだけど。
「空森君が遊んでくれたんですか?」
「そうなのです! 姉様の彼氏さんだってわかって話しかけたら、すごく良くしてくれたのです!」
「そうだったんですか。空森君、悪影響だけは与えないでくださいね?」
「最初に言う台詞がそれなの⁉」
「当たり前じゃないですか! 自分を品行方正だと思っているなら考えを改めてください!」
何も言い返せない。
押し黙る僕だったけど、何故かまた雨瑠ちゃんが僕を助けるように会話に割り込んだ。
「大丈夫なのです! 本当に凄く良くしてもらったのです!」
「それならいいですけど」
妹の頭をよしよしと撫でる夜空谷さん。
それをくすぐったそうにしている雨瑠ちゃん。
仲睦まじい姉妹にしか見えない。
見えないのに……雨瑠ちゃんがチラリと僕を見てきた時、はからずも僕は自分がとんでもないことをしたのだと痛感する。
「だから、
………………聞いたことのない呼ばれ方だぞ。
瞳の中にハートが見えた気がした。
「また、うにゅを可愛がって欲しいのです♡」
「おぅ……」
ごめん、夜空谷さん。
どうやら僕はこの子に取り返しの付かない悪影響を与えてしまったかもしれません。
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