第二十六話 怨恨がこんにちは ④


 ……いや、この子のおいしい思いって、もしかして婿入りがどうとかそういう意味なのかな?


 そういえばお嬢様学校への編入ってこともあって、共学化の発表があった時は少し騒がれたこともあったっけ。

 ハーレムがどうってバカみたいな話が多かったけど、逆玉を狙えって、少しでも可能性がある在学生徒を調べてたサイトもあった気がする。


 僕たちをやけに警戒するお嬢様がいたのも、そういう情報が事前に知らされていたってことなのかな。


 そう考えたら、この子が僕を警戒どころか敵視するのも頷ける。

 そこまでわかる歳なのかって疑問はあるけど、姉に近づく変な男ってことで僕を危険視するくらい全然あり得る話だ。


 つまり、はぐらかそうとすればするだけ、逆効果。

 夜空谷よぞらだにさんの勘違いが激しいのをわかっているなら、変に行動力があることもわかってるはず。

 ここは正直に事の経緯を話したほうがこの子も安心するし、信じてもらえるかもしれない。


雨瑠うるちゃんならわかってくれると思うんだけど、僕たちの関係は僕の思惑がどうじゃなくてむしろ夜空谷さんの並外れた行動力によるものなんだ」

「姉様の?」

「うん。夜空谷さんは僕たち男子がここに入学することをすごく考えてくれてて、僕と付き合うことで男子が怖い存在じゃないって周りにわからせようとしてくれてるんだ。僕と夜空谷さんが素敵な恋人になれば、きっと周りもわかってくれるって」

「姉様がそんなことを……」


 驚いた顔で雨瑠ちゃんが目を見開いている。

 そりゃそうだよね。姉がまさか彼氏まで作って学園のために行動しているなんて普通思わないだろう。


 けど、ここで僕の言葉を嘘だと否定してこない辺り、姉様ならあり得るって思ってるんだろうな。

 それなら説得できるはず!


「だから、安心して欲しい。君のお姉さんは勘違いで騙されてるわけじゃないし、僕もそれを裏切るような真似はしないって約束する。それに──」


 ちょっと気恥ずかしいけど、ここはちゃんと言葉で伝えよう。

 無様に転がったまま、僕は真剣な顔で雨瑠ちゃんの目を見つめる。


「おいしい思いをしようとしてるっていうか、今がもうおいしい思いなんだ。僕みたいなのが夜空谷さんっていう素敵な女の子と付き合えてる。それ以上を望むなんてありえないよ」


 伝わってくれ。これは僕の本当の気持ちなんだ!


「……言いたいことはわかったのです」


 やがて、雨瑠ちゃんはそう言ってくれた。

 良かった。僕の想いが届いてくれたらしい。

 勘違いで生まれた愛のないすれ違いカップルなんてなかった!

 はい! それが結論!


「あれ? でも今の説明だと愛のない部分は否定されていないのです」

「ぎくぅ……‼」


 そのはずだったのに、僕があえて何も説明しなかった部分に気付かれてしまった。

 顎に手を当てながら、ムムムと雨瑠ちゃんが眉根を寄せる。


「彼氏を絶対に作らなければと思う姉様……。そして、この人は姉様と付き合えていることがおいしいと思っている……。そこから導き出される答えは……」


 まずい、良くない連想が始まった。

 しかも今回の連想は割と的を射てきている。

 だめだ、気付くな!

 僕たちカップルの抱える闇に気付くんじゃない!


「彼氏が出来るならと色々我慢して彼女になった姉様と棚ぼたを堪能している真の愛はないカップル! それがあなたたちの正体なのです‼

「ひ~ひっひっひっ! バレちゃぁしょうがねぇ」

「本性表しやがったのです⁉」


 しまった⁉

 あまりにも完璧な答えが出たから、八方塞がりの悪役みたいな反応が出ちゃたよ⁉


「姉様と別れてください‼」

「違うんだ! 僕たちはそんな不幸しかないカップルじゃない‼」

「では、証明するのです! 姉様があなたと付き合っていて幸せになれるということを! それが出来ない限りうにゅはあなたを彼氏とは認めないのです!」


 難しいことを言ってくれる……!


 家柄が良いとか将来こういう仕事に就こうとしてるとか、自己PRが強かったらこんな質問にも臆することはないんだろうけど、残念ながら僕は学生を終えた後の姿すら想像できない庶民の者。

 僕と付き合うことによって得られる幸せなんてものを証明する手段がほとんどない。


 それこそ愛があれば、互いに支え合いながら、どんな苦難も乗り越えていける人だと思ったみたいな言い訳もできるんだけど、いかんせん僕たちにはそれすらない。


 なんなら現状、苦難がお互いそのものですらある。

 これからの僕たちの姿を見ていてくれ!

 ……みたいな結果論で納得してくれないかな?


 僕たちの状況と心境は言葉にするのが難しいんだ。

 嫌ってはいる。けど、嫌なわけじゃない。

 夜空谷さん自身がそんな感じなのだから、それをこの子が納得するように説明するなんて困難極まっている。


 だから、出来ることならここはひとまず僕が彼氏ということを納得してもらって、今後の動向に期待してくれって形にしたい。


 空森といるときの姉様……幸せそう。


 みたいな日がいつかは来ると思うから!

 具体的にいつになるかは皆目見当つかないけど……。

 多分、いつかは来るから‼


 そのためには──。


「さぁ、どうしたのです! 証明するのです!」

「いや、正直証明は難しい」

「なら認めないのです!」

「けど、これから先、僕たちの姿を見てくれていれば、それがそのまま証明になると思う。だから、君も今は僕を認めてくれないかな?」

「やなのです!」


 根拠のない説得じゃやっぱりダメか。

 では、仕方ない。


 こうなったら力技に出よう。


 ちょっと体に力を入れてみれば、流石に体も動くようになっていた。

 これならお話以外でこの子を説得することが出来る。


「なら、無理矢理わかってもらうしかないね」

「ふみゅ……⁉」


 僕は地面から立ち上がった。

 動けないから少し強気だったのか、体を動かす僕を見て雨瑠ちゃんがプルプルと震えだす。


 え? 動いただけでこんなに怯えられるの?


 あ、でもそうか。この子からしたら、家族以外で初めて遭遇する男なのかもしれないのか。力は自分より間違いなく強いし、逃げるのも多分できない。

 そんな相手がいきなり動き始めたら怯えるのも無理ない。


 しばらく考えてから、雨瑠ちゃんの前にしゃがみ込む。

 少し怯えながらもじ~っと僕の目を見つめる雨瑠ちゃん。

 僕も少しも反らすことなく、その目を見つめ返し続けた。


「な、なんなのです……?」


 目線があって少し安心したのかな。雨瑠ちゃんのほうから話しかけてきてくれた。


 この子に言ったことは本当だ。

 だから、後はひとまず無理矢理にでも認めてもらうだけ。


 この子が僕に致命的な危害を加えてくる可能性は極めて低い。

 だから刺客としてはそこまで脅威ではないんだけど、この子をこのまま放っておいたら、僕はすごく後悔することになるかもしれない。


 なぜなら妹が猛反対したままでは、夜空谷さんがそれを理由に僕とお別れを切り出してきかねない。


 あいにくとお別れをするのはやめようと決めたばかりだ。

 障害となるからにはしっかりと排除しておく必要がある。


 だからこれは未来への正当防衛。

 彼女と別れたくない彼氏の必死の抵抗ってやつだ。


 ……悪く思わないで欲しい。


 ちょっとでも怖くないように僕はにこりと微笑んだ。


「悪いけど、この場は力づくで君に納得してもらうことにするよ」

「ひっ……⁉」


 怯えて後ずさる雨瑠ちゃんに僕はゆっくりと近づきながら、手を伸ばした。

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