第二十五話 怨恨がこんにちは ③


 セーラー服にも似たワンピースタイプの制服は確か初等科のものだ。


 肩口で切られた艶のある漆黒の髪。

 くりくりと大きな瞳。

 制服が大きく見えるけど、成長を見越してわざと少しオーバーサイズを買ったのかな?


 あれ?

 でも、それってすごく庶民的だよね?


 お嬢様なら学年が上がる毎……いや、ちょっとでも裾が合わなくなったら、新しく買ってから一週間くらいだろうと仕立て直しそうなものだけど。


 いや、そんなことはどうでもいいか。

 とにかく今は目の前の女の子がなんで話しかけてきたのかだ。


 柔らかそうなほっぺたがぷくりと膨らんでるのは多分怒っているからだろう。

 なんせ動けない僕を見て、飛んで火にいる夏の虫とまで言って来てるくらいだし。


 けど、いかんせん僕はこの子に見覚えがない。

 誰かと勘違いしてるとか?


「えっと……誰かと勘違いしてないかな? 僕は高等科一年の空森からもりって言うんだけど」

「間違っていないのです。空森優成からもりゆうせいさんですよね?」


 あれ?

 間違ってないの?


「あ、うん。えっと悪いんだけど、今ちょっと動けないから何か用事があったら今度にしてもらえると助かるんだけど」

「好都合なのです! むしろ動かれたほうが困るのです!」

「え? それはどういう──」


 女の子は持っていた初等科用のスクールバッグを振り上げる。


 ……おや?

 動けない僕に対してその行動ってもしかしてそういうこと?


「この~なのです!」

「いてっ」

「あわわ……ご、ごめんなさいなのです⁉」


 ぺしッとぶつけられたカバンの中身はさほど重くなかったけど、思わず言ってしまった僕の言葉に女の子が動揺しながら頭を下げる。


 あ、悪い子じゃなそうだ。


 おろおろしながら僕とカバンを見比べる女の子はか細い声で困り始めた。


「うぅ……せっかくのチャンスなのに、うにゅはどうしたらいいのです……」

「うにゅ?」


 聞き慣れない単語に僕が反応すると、女の子の顔がパァッ……と明るくなった。


「うにゅは小さい頃から呼ばれているうにゅのあだ名なのです! 雨瑠うるって名前がもちもちした結果なのです!」

「もちもち……?」


 赤ちゃんとかを呼ぶときに語尾が変わるあれのことかな?


 確かにかわいい子だし、家族がそのまま呼び方を変えないっていうのもない話じゃないか。


 それが一人称になってるのはかなり珍しい気がするけど……。


「……痛かったのです?」


 ポカンとした僕を雨瑠ちゃんが不安そうな顔で覗き込んでくる。


「いや、痛くはなかったけど」

「え? じゃあ、うにゅに嘘をついたのです⁉ 痛いフリでうにゅの攻撃を止めたのです!」

「結果的にはそうなったけど、別に狙ったわけじゃなくて──」

「この~なのです!」

「いてっ」

「あうっ⁉ ごめんなさいなのです……」


 またしてもすぐに頭を下げてくる。

 やっぱり悪い子じゃないんだよね。


 そんな子がなんで僕に攻撃してくるんだろう?

 恨みがあるとか?

 う〜ん……こんな子に恨みを買われる覚えなんて……。


「……あれ? もしかして?」


 思い当たる節があった。

 そうだ。そうだよ。

 僕は脅迫文を貰ったばっかりだ!


 こんな小さい子がそんなことするはずはないって勝手に思い込んで、その可能性を除外してたよ。

 でも、見ず知らずの誰かにいきなりしばかれる心当たりなんてそれくらいしかない!


「朝の手紙は君が僕に?」

「その通りなのです! 書道の時間に書いたのです!」


 やっぱり犯人だった。

 しかも授業中に作られた成果物だった。


 そこそこ過激な犯行予告だったけど、差出人がわかればなんてことはない。


 むしろ、こんな小さい子が彼氏なんてブチ殺してやるってイキリ立つくらい夜空谷よぞらだにさんは慕われてるんだなぁって感慨深くすらある。


「僕の命を狙ってるって?」

「そうなのです! 手紙を見たのに堂々とデートなんていい度胸なのです! 姉様はうにゅが守るのです!」

「……………………姉様?」


 なんか聞き捨てならない単語が出てきたぞ?


 この学園には一部の後輩が先輩をお姉様って呼んで慕うみたいなシステムというか、風潮は確かにある。


 だから、夜空谷さんが初等科の生徒にお姉様って呼ばれること自体はあり得ない話じゃないんだけど……。


 今の『姉様』って響きはそういうニュアンスじゃなかったような。


 それこそ本当の血縁者に対して使うような響きだったような。


 もしかしてこの子……。


「……今更だけど、君のお名前を聞かせてもらっても?」

「にゅ? 雨瑠なのです!」

「あ、そうじゃなくて……えっと〜、自己紹介をしてほしいなって」

「あ! 確かにしてなかったのです! ごめんなさいです!」


 またしてもぺこりと頭を下げ、雨瑠ちゃんは宣誓でもするようにピシッと片手を上げた。


 可愛い。


「夜空谷雨瑠! 初等科二年生なのです! 特技はお絵描き。好きな食べ物はエビフライなのです!」


 はい、確定なのです。

 僕を始末しようとしている過激派は思いっきり彼女のご家族だったのです。


「……妹の君がなんで僕と夜空谷さんを別れさせようとしているのかな?」

「決まってるのです。姉様のためなのです!」

「夜空谷さんの?」

「姉様は勘違いが激しいのです! だから好きでもないのにあなたを好きと勘違いして付き合っているに違いないのです! 愛のないすれ違いカップルなのです!」


 凄い、答えではないけど、あながち間違っていない……!

 というよりも妹さんから見ても夜空谷さんはその評価なんだ……。


 でもそっか、姉様の勘違いを正そうとしているしっかり者の妹さんか。

 姉妹でバランスは取れてるのかな。


「つまり、あなたは姉様の勘違いを利用して、姉様の心を弄んで、散々楽しんでから最後はポイするに違いないのです!」

「そんなことないよ⁉」


 違った!

 似た者姉妹だった!!

 全然真実とは違う勘違いを物ともせず、そのまま行動にまで移せちゃうタイプのはた迷惑な姉妹だ!?


「なら、姉様の勘違いをいいことに棚ぼたで付き合って、姉様の彼氏としておいしい思いをしようとしているに違いないのです!」

「………………………………」

「黙ったのです⁉」

「そんなことは……ないよ?」

「歯切れが悪いのです!?」


 だって、それは勘違いじゃなくて、動機としてはほとんど正解だから……!

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