第二十四話 怨恨がこんにちは ②


「あの……空森からもり君? どうしてそんなに周りを気にしているんですか? 正直恥ずかしいので出来ればやめて欲しいんですけど……」


 手紙をもらった放課後。僕と夜空谷よぞらだにさんは昨日と同じく街に繰り出していた。

 物凄く広い敷地故に道や店が混んでいるなんてことはないわけだけど、それでも視界には常に誰かしらが入り込んでくる。


 今の僕にしてみれば、その人たちの誰が敵なのかわからない。


 すれ違いざまに物凄く早い手刀で昏倒させられたってなにも不思議じゃない。

 少しでも近付いてくる人がいたら怪しいんだ。周りに目を光らせておいて絶対に損はないんだ。


 だから僕はステップでも踏むように体をくるくると回転させながら、全方位を気にして歩いていたんだけど、さすがの奇行に夜空谷さんも耐えられなくなったらしい。


 それでもだ……!

 警戒をやめた瞬間に襲われるかもしれない。手紙をもらった当日から気を抜くわけにはいかないんだ!


 だからここはもっともらしい言い訳で僕の奇行を見逃してもらうことにしよう。


「夜空谷さんとのデートにはしゃいでるんだよ。ほら、見たことない? 子供が遊園地とかで手を拡げながら、わーいってくるくる回ってたりするでしょ?」

「見たことないです」


 あぁ、そうだ。ここは遊園地も学園の敷地内にあるんだった。

 ああいう場所って普段とはかけ離れた非現実感にテンションが上がるものだし、学園にある建造物の一つ扱いだとそこまで物珍しさもないのかもしれない。


「それなら……アニメとかで見たことない? たまにオープニングとかで可愛い女の子が回ってからポーズみたいなやつ」

「う~ん、それなら……ありますけど」

「つまりそういうことなんだ」

「…………どういうことなんでしょうか?」


 うん。僕もわからない。


 最初の例ならはしゃいでるよねって言えるけど、アニメのオープニングで見たことがあったからって何だって言うんだろう。


 動きが近いものに引っ張られすぎて、全然意図しない方向に話が転がってしまった。

 けど、他に上手い例えがないのも事実……ここはひとまずごり押して無理矢理納得してもらう他ない。


「つまり僕は可愛いんだ。可愛い僕と夜空谷さんが並んで歩いているんだから、周りの人からすればもはやその姿はフィクション! なら、フィクションらしい動きをしないと見ている人に悪いと思ったわけさ!」


 夜空谷さんの手が僕の額に優しく添えられる。

 お? わかってくれたかな?



「空森君。熱があるなら最初に言ってください」



 だめだ、どうやら病気だと思われたらしい。

 適切な扱いに涙が出て来そうだ。


 しかし、チャンスでもある。

 熱があるからを免罪符にしておけば、ひとまず夜空谷さんからの好感度を落とすことなく、僕は奇行を続けられるはずだ!


 熱にうなされて正気を保てていなかった!

 うん。立派な奇行の理由付けと言える。


 そうとなったら、ここからは熱のせいで冷静な言動が出来ていないように振る舞わないと。


「少し待っててください。何か体を冷やせるものを持ってきます。ここで大人しく待っていられますか?」

「えぇ~? それはわからにゃ~い。フラフラしちゃうかも~? いぇぇぇぇい!」

「では、動けなくしてから行ってきます」

「え?」


 言うや否や、夜空谷さんの膝が僕の太腿にズンッと打ち込まれる。


 俗にいう、ももかん。


 夜空谷さんの足が細かったのも原因だろうけど、綺麗によろしくないポイントへと突き刺さったことで、まるで鉄ごてを押し当てられたような痛みが僕の足を駆け巡る。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ⁉⁉」


 流石に想定していなかった彼女の制裁に僕はたまらず地面へ倒れ込んだ。

 まさかの暴力⁉

 夜空谷さんってそういう人だったんですか⁉


「ひどいよ! そんな気軽に手を挙げるなんてDVだ!」

「え? 男の子はたまに力技を交えてもらったほうが気兼ねなく接することが出来るから、ツッコミには攻撃を用いるのがおすすめだと教えられたんですけど……違いましたか?」

「…………ちなみに誰に?」

宇留部うるべ君です」


 きええええええええええええ‼ 許さんぞ、仙人‼


 さては昨日の恨みもかねて、僕が絶対に反撃できない夜空谷さんを使って制裁に出やがったなあの卑怯者‼


 しかもその話って昨日僕が夜空谷さんにボコボコにされて放置されている間に、食堂で一緒に食事をしながら話したってことでしょ?


 許せないよなぁぁぁ⁉ 彼氏としても見過ごせないよなぁぁぁぁぁぁ‼

 絶対に今夜仕返しに行ってやる!

 絶対にだぁ‼


 だいたい騙されて彼氏に暴力を振るうことになった夜空谷さんの気持ちも考えてみろ!

 きっと僕を傷付けたことに夜空谷さんは胸を痛めて──


「けど、これで大人しく出来ますよね? すぐに戻りますから、待っててください!」


 地面をいまだに転がる僕を置いて、夜空谷さんは行ってしまう。


 そんな……嘘だ……。

 こんなにも早くから扱いが雑になるなんてことが許されるのだろうか?


 いや、そもそもこれが当たり前になるかもしれない事実がすごく嫌だ!


 だって目覚めちゃうよ⁉ 美人の彼女に事あるごとにしばかれてたら、そのうち僕はきっとそれに喜びを見出しちゃうタイプだもの⁉


 お嬢様ぁ、不出来な私にもっと罰をくださいぃ‼

 パシーンパシーン!


 みたいなプレイがプレイじゃなくて日常になっちゃうかもしれないんだよ⁉

 …………頑張って抵抗しよう。

 この学園を卒業して、本当にそこから先も夜空谷さんと一緒にいようとしたとして、


『こちらは彼氏の空森君です』

 って紹介されるんじゃなくて、

『これはペットの豚です』

 って紹介されるのは流石に受け入れたくない。


 共学化した結果、男子がお嬢様のペットになる事例が出来上がってしまったら、学園としても大問題だ。


 好意を向けて、友人以上の関係になるのはおかしなことじゃないと僕の背中を押してくれた鶴屋つるや先生もブヒブヒ言いながら夜空谷さんに躾けられる僕を見たらどれだけ失望するかわからない。


 暴力ダメ絶対。


 とりあえず戻ってきたら、痛いのは嫌だって素直に言ってみよう。


 きっと夜空谷さんのことだから「そ、そうですよね! 痛いのは誰だって嫌ですよね……すみません」みたいな感じでわかってくれるはずだ。


 そんなことを思いながら、太腿の痛みが引くのを待っていた僕の背後に人の気配がした。


 あれ? ずいぶん早いけど、夜空谷さんが戻ってきたのかな?

 そんなことを思いながら、体の向きをゴロリと変える。


「こんなところで動けなくなっているとは。飛んで火に入る夏の虫なのです!」


 そこに夜空谷さんの姿はなく、見知らぬ女の子が僕のことを可愛らしくキッと睨みつけていた。

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