第二十二話 唐突な訪問者 ③
断りにくい……。
とてもじゃないけど、無下に出来ない……。
「見ろ。それが食べ物を恵んでもらう者のあるべき姿だ」
「なるほど……。情に付け込めばよかったんだね」
「言い方は最悪だがそういうことだ」
「それを認めたら、
「いいんです……食べ物を求めて、夜に男の子の部屋を訪れるなんて、何を言われても文句は言えませ──」
言いながら、夜空谷さんがピタッと止まる。
総員! 警戒せよ! この感じはまたなにかが来るぞ!
考えるんだ。彼女が何を言おうとしているのかを考えて、即座に否定の体勢に入るんだ!
そして予想通り、夜空谷さんは自分の体を抱きしめた。
「まさか……そういうことですか⁉」
「違うよ」
「食いたいなら喰わせろと……!」
「言ってないよ」
「カモがネギ背負ってきやがったぜ! とか思っているんですね!」
「夜空谷さんの悪い奴のイメージはどうしてそう下っ端感がすごいのかな……」
「おい、
そんなところに新たな訪問者が一人。
あれ、この声って?
「……どういう状況なんだい、こりゃ?」
床に座り込みながら、自分の体を抱きしめる夜空谷さんとげんなり顔の僕を見比べる
「夜ご飯の対価に体を要求されているところです!」
「それを誤解だと否定しているところです」
「では、無償で分けてくれるんですか?」
「いや、それとこれとは別問題というか……」
「ほら! やっぱりそういうことじゃないですか‼」
「訳アリなんだってば!」
助けを求めて、僕は婆さんにアイコンタクトを送る。
「……なるほどね、状況はだいたい理解したよ」
汐婆さんが僕の肩をポンッ叩いた。
「まぁ、情に絆されず料理を分けなかったのは評価してやろうじゃないか」
「さっすが婆さん。話が早くて助かる!」
「あんたが夜空谷のお嬢さんと付き合ったと聞いた時は不安しかなかったけど、一応物事の分別は付けられるみたいだねぇ」
「ぶっちゃけ婆さんからちゃんと話を聞いてなかったら怪しかったですけどね」
ん? それよりも今聞き捨てならないことを言ってなかったかな?
「というか、婆さんの耳にも入ってるんですか? 僕たちのこと」
「昼はその話題で持ちきりだったからねぇ。聞きたくなくても耳に入ったってもんさ」
「ちなみにその話している時ってみんなどういう感じでした?」
「夜空谷のお嬢さんを心配するのが六割。自分達の身の危険に怯えるのが二割。多分お前さんを知らない生徒だろうけど、素敵だと好意的に受け止めているのが一割ってとこかね」
おぉ、意外だ。
一割も好意的な人がいるんだ。
朝の感じだと目の敵にしている人が圧倒的だと思っていたけど、味方もいるもんだ。
「汐殿、あと一割は何なのでありますか?」
「空森殺すと殺意を持っていた面子だね」
「物騒なのがいたよ⁉ 一割の味方があっという間に霞むレベルのさ⁉」
「その辺りは仕方なかろうが。夜空谷のお嬢さんは人気がある。それを掻っ攫っていかれただけでも腹立たしいだろうに、その相手がこれじゃ殺意に狂うのも仕方ないという話さね」
「冗談で済むのかな⁉ 殺し屋とか来ても正直驚かないんですけど‼」
「プロが入るなら一瞬で行ける分まだマシだろうに。もしも自らの手で始末するって信念を持っていたら、刃物なんてハサミすら管理されてる学園じゃ、椅子やら教科書やらでタコ殴りにするくらいしかないんだから苦しみは倍以上だろうよ」
「退学します‼」
「私を置いていくつもりですか‼」
ぐぎゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……!
話に参加してきた夜空谷さんのお腹が可愛く……いや、ここは気を遣わずにちゃんと表現しよう。
こほん。豪快に腹の虫が騒ぎ立てた。
みるみるどころか一瞬で顔を真っ赤に染め、夜空谷さんが涙目になる。
「……どうぞ置いていってください、空森君」
「そんなこと言わないで。僕は夜空谷さんがどんなに腹を鳴かせようと傍にいるよ」
「嬉しくないです! ただの辱めです!」
「落ち着いて! そんなに動いたらまた鳴ってしまうよ、ハニー!」
「余計なお世話です!」
僕の胸を拳で叩く夜空谷さん。
照れ隠しだってわかってる。恥ずかしいから彼氏をぽかぽか殴る彼女なんて可愛いと僕は思う。
きっと傍目にはバカップルのイチャイチャに見えることだろう
……けど、ちょっとだけ問題があって。
ゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッ!
強い。
拳の威力がとんでもなく強い。
ぽかぽかなんて可愛らしい感じじゃなくて、夜空谷さんから繰り出される打撃はまるで太鼓を打ち鳴らさんばかりの破壊力があった。
一撃毎に息が詰まる。
助けて……誰か助けて……。
「意外と相性は良いようだな」
「お似合いと言って然るべきと
「そうさね、真っ当なバカップルをやっとるじゃないか」
「まさか、本当にお邪魔になるとはな。おい、婆さん。清掃ってのはまだやってるのか?」
「完全に終わったわけじゃないが、一部を使うのは可能さね。勝手にしな」
「清掃直後に良いのでありますか?」
「構わんよ。食堂の前で途方に暮れていたから、空森の悪ガキと同じだねなんて口を滑らせたせいでこっちに来させちまったけど、どのみち夜空谷のお嬢さんに何かを作らんといけんからね」
「古奈橋はうどんくらいなら茹でられるのか? お前がそっちを見てくれるなら適当におかずを追加するんだが」
「馬鹿にしすぎであります、仙人!」
「そうか、すまなか──」
「今日はごちそうになると決めた故! この古奈橋、決して自らの手で料理に挑むなどいたしませぬ‼」
「役立たずめ……」
「それに加えて、どのみち茹で加減など分からぬのであります!」
「役立たずめ!」
賑やかに僕の部屋から出ていこうとする三人。
待って……行かないで!
夜空谷さんを止めて……!
「安心しな、悪ガキ。料理が出来たら呼びに来てやる。そしたら、夜空谷のお嬢さんを連れて行ってやるからそれまで耐えるんだね」
「殺、生な……」
手を伸ばしてみたけど、婆さんは気にせず行ってしまう。
「うううううううううぅぅぅぅぅ……‼」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド‼
未だに照れ隠しが止まらない夜空谷さんのパンチはもはや重機のような音で僕の胸を叩き始めている。
早く……早くぅ……!
下手に気を失うととどめを刺されかねない。
薄れる意識を必死に繋ぎ止めながら、僕は婆さんの帰還をひたすら待ち続け━━。
約三十分後。
約束通り部屋に戻ってきた婆さんは夜空谷さんを連れて行ってくれた。
しかも去り際に、床でビクンビクン痙攣する僕の前に握り飯まで置いていってくれる。
「あんたも大変だね……」
哀れみたっぷりの目で僕を見下ろしていた婆さんの姿はきっと忘れられないだろう。
それでも可愛いところはあるんです。
DV彼氏に依存しちゃう彼女の気持ちをちょっとだけ感じながら、僕は震える手で握り飯を掴んだのだった。
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