第二十一話 唐突な訪問者 ②
正直な話、別に見られて困るものはない。
部屋を女の子に見られて困るのは、特殊な趣味で部屋を彩っている場合くらいだろう。
あいにくと寮の部屋。しかも買い物は高額な世界の住人だ。
僕の部屋は悲しいくらいに初期レイアウトから変化がない。だから、
……はずだった。
「ん? 夜空谷が来たのか?」
「これはこれは……。
夜空谷さんを見て、部屋の中の仙人とナルシ―が各々反応した。
てっきり夜空谷さんも挨拶を返すものと思っていたけど、何故か夜空谷さんの体がわなわなと震えだす。
あれ? 嫌なパターンに入ったぞ?
「…………
「……なんでしょう?」
「浮気の現行犯です。言い逃れはありますか?」
「嘘でしょ⁉」
いや、違う……!
そうだ、そうだよ。お嬢様たちが良くない偏見持ちなのは朝にあれだけ思い知ったじゃないか!
しかも夜空谷さんは仙人といる僕を浮気判定した張本人だ!
更に思い返せば、その誤解ってあの時解いてないね⁉
浮気(暫定呼称)は怒って欲しいってお願いしたら、とんでもない発言したから夜空谷さんを羽交い絞めにして、そのまま
つまり……夜空谷さんの中では僕と仙人はまだ愛人関係だ⁉
「部屋にまで連れ込んでいるなんて……もう確定です!」
「いや、違うんだよ! この違うは部屋に連れ込んでいるがどうとかじゃなくて、もっと前の話。前提の話ね⁉ 僕も仙人も恋愛対象は女の子なんだ! 僕たちはあくまで友達!」
「それを証明できますか!」
「それほとんど悪魔の証明だから⁉ 言ったもん勝ちみたいなところがあるから‼」
「だって、朝には一緒に登校して、部屋で一緒に過ごしているんですよ! それを浮気でなく何と呼ぶのですか!」
「じゃあ、夜空谷さんは友達と一緒に登校したり、友達を部屋には呼ばないって言うのか!」
「くっ……なんて鋭い返し……! さてはこうなった場合を見越していたんですね⁉」
一般論だけどね!
「安心しろ、拙僧とそのバカがくっつくことなどありえん」
言い合う僕たちを呆れ半分、面白半分で見ている仙人だったけど、夜空谷さんは安心していない。
むしろ仙人に向けて、夜空谷さんはびしっと指を指す。
「そうは言ってもですよ!
「人を指差すものではないぞ」
「あ、すみません……ついやってしまいました」
指摘された夜空谷さんがしょんぼりしながら手を下げる。
やって良いことと悪いことの分別はやっぱりあるんだなぁ。
それでもここまで頑なに恋愛観を譲らないのは今までの常識が影響してるってことなんだと思うけど、それも徐々に変わっていってくれればいいなぁ……。
「では、改めまして……宇留部君がそういう根拠は何ですか!」
「至極単純だ。拙僧は、いや今回に関してはそいつもか。拙僧と空森は相手に対して好意を持っていない。恋愛に妥協は付きものという風潮はあるが、それを高校生の内から実践できるほど拙僧たちは大人ではない。最低限好きと言う感情が挟まれない限り恋人関係になど発展はしないし、万に一つもその最低限がクリアされる日も来ないのだから、夜空谷がしている心配は杞憂でしかないという話だ」
「好きと言う感情がなくても付き合うことくらいあります! 現に私がいます! 空森君に好意を持っていなくてお付き合いの真っ最中です!」
「……おい、空森。聞くのは野暮と思っていたんだが、お前は夜空谷のどんな弱みを握ったんだ?」
「そうやってすぐに僕を悪者にする‼」
「いや、夜空谷が好意がないのに付き合っているとはっきり言っている以上、お前が何か行動に移さないと交際に至らないだろう?」
「至ってるじゃん!」
「経緯なんて知らん。とにかくお前たちのような特殊な例と拙僧たちのような標準を同列に考えるなという話だ」
「では、それは一旦置いておくとして、夜空谷殿はどういった用件でここへ参られたので? 恋人関係である以上、一緒の時間を過ごしたいと言うなれば、古奈橋たちは素直に退散させていただく所存でありますが」
ナルシ―が話を切り替えてくれたけど、夜空谷さんは何やら言いにくそうに顔を俯ける。
あれ? なんでこんな反応なんだろう?
……もしかして本当にそういう目的だったのかな?
夜に女子が男子の部屋に訪れる。
普通に想像するならその目的なんて……。
やばいやばい……!そんな心の準備なんて出来てないよ⁉
っていうか、心以外の準備も出来てないよ!
保健室はこの時間でも開いているのかな?
いや、それよりも覚悟の決まり切っていない今の精神状態で、僕の宝刀は臨戦態勢になれるのかな⁉
夜空谷さんのことだから「あ、意外とこんなものなんですね! 安心しました!」くらいの暴言はナチュラルに吐いてくるかもしれないから、宝刀はベストな状態で挑みたいんですけどぉ‼
「…………お腹が空いてしまって」
そんな妄想全開の僕の耳に聞こえてきたのは、妄想していたこととはとても結びつかないか弱い言葉。
え? お腹が空いたって言った?
「空森君と帰った時間が遅かったので、最初にシャワーを浴びていたんです。その後でご飯を食べようと思っていたんですけど……食堂が閉まっていまして……」
「閉店が早まったのを忘れていたから、食事にありつけなくて困っていたけど、僕が料理をしていることを思い出して何か食べ物がないかを聞きに来たと?」
「うぅ……卑しいと思ってくださってかまいません。けど、色々とカロリーを消費していたみたいで、明日まで我慢するには辛くて……」
「そういうことなら一応サラダくらいはあるんだけど……」
「本当ですか!」
夜空谷さんの目が期待に輝く。
確かにあるにはあるんだけど……。
これを食べさせたら、僕は間違いなく
というか下手したら、男子の食事事情が一変しかねない。
寮に持ち込んだ料理はこっそり男子が食べる分だから、婆さんは黙認することを了承、というか提案してくれたわけで、持ち込んだものがお嬢様の口に入る危険が出たら、そもそも料理の持ち込みが出来なくなる。
というより、黙認してくれなくなる可能性がある。
そうなれば男子は当初の予定だった畑大作戦をするしかなくなり、その戦犯の僕は男子全員から袋叩きに合うだろう。
食べ物の恨みは怖いものだ。きっと誰も僕を許してはくれまい。
その展開だけはどうしても避けなくちゃいけない。
だから、僕はこのサラダを夜空谷さんに食べさせるわけにはいかないんだけど……。
「どうかお願いします。はしたないお願いですが、私に空森君の夜ご飯を分けてください!」
夜空谷さんはそう言いながら、膝をついて、僕に両手を合わせて懇願してきた。
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