第十七話 同級生トリオ ②
どうやらセットしていた髪型が飛びかかってもみくちゃになったことで崩れたらしい。すこぶるどうでもいいトラブルだ。
「いいからそういうの! はやくどいてってば!」
「そうはいきませぬ! 身だしなみが整っていないなんて、この
「そんな勘違いじゃない死活問題が僕の真下で起きてるんだって⁉ 仙人の呼吸が何か不規則になってきてるんだって⁉」
「仙人なら問題ありますまい! 何故なら彼の努力を古奈橋は知っているから故!」
「どんな理屈なの⁉ 仙人は進行形で押しつぶされそうなんだよ‼」
「ならせめてあと十秒待ってくだされ! 鏡がないというこの危機的状況でもこの古奈橋! 必ずやその時間で崩れた髪を立て直してみせまするぅぅぅ!」
「早くぅぅぅぅぅぅぅ! はぁぁぁぁぁやぁぁぁぁぁくぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ‼」
僕の下の仙人が痙攣し始めたんだ!
打ち上げられた魚みたいにビクンビクンって!
命の灯が消えていくのを肌で感じてるんだよぉぉぉぉ⁉
「よし! 決まった‼」
しかし、そこは自分大好きナルシスト。
本当に十秒くらいで髪型を立て直し、ナルシ―は僕の上から退いていく。
重りがなくなった僕も慌てて仙人の上から降りて、痙攣しまくっていた仙人の顔を覗き込んだ。
「大丈夫⁉ 生きてる、仙人⁉」
「ばぶぅ、あぶばぶぶ~」
「幼児退行を起こしてる⁉」
あのプライドだけは高い仙人が僕の前で親指をしゃぶりながら、膝を丸めてバブバブし始めるなんて、よほど厳しい状況だったんだろう。
あと少し遅かったら、本当にまずかったかもしれない。
だが、今はとにかく仙人を元に戻さなくちゃ!
「ナルシ―! 仙人が赤ちゃんになったんだけど⁉」
「なんと⁉ ……見損ないましたぞ、仙人。辛い現実から目を背けて赤子に戻ろうだなんて、そんなかっこ悪い姿は古奈橋が許しませぬ!」
セットしたばかりの髪を洗面台で確認していたナルシ―が走り戻ってくる。
「カラ、こういう時はショック療法であります! 仙人が愕然として、ショックで自我を取り戻すようなことをするしかないと古奈橋は判断するであります!」
「殴ればいいってこと?」
「そういうショックには仙人は慣れているでしょう。ならばここは精神的に揺さぶるべし!」
言いながら、ナルシ―は僕の頭をガシッと掴むと仙人の顔に近づけようとぐいぐい押し始める。
待て、こいつは一体何を……!
「行くであります! ファーストキス大作戦‼」
「放せぇぇぇぇぇぇ下衆野郎‼」
「絶対に目を覚ますと確信しているであります! 古奈橋を信じてくだされ‼」
「問題は仙人が目を覚ますか否かじゃないんだよ⁉ 僕も仙人も大事なものを色々となくしてしまうんだよ‼」
「ファーストキスは友達を救うために使いました。かっこいいとは思いませぬか⁉」
「思わない‼」
かっこいいと思うなら自分がやれ‼
そもそもそんなことになったら、言い訳できないレベルで
絶対に負けるわけにはいかない力比べをする僕たち二人。
そんな僕たちの前では、赤子となった仙人が知らずの内にすくすくと育っていたらしい。
指をしゃぶりながら、虚ろな目でバブバブ言っていた仙人の目に光が戻っていく。
「……拙僧は何を」
「気が付いた! 仙人の気が付いたよナルシ―! だから放せぇぇぇぇ!」
「お前達のそれはどういう状況なんだ……」
「仙人とカラでファーストキスをさせようとしているであります!」
「なんだそれ⁉ 近づくんじゃねぇぇ‼」
「おぶふぅぅぅぅぅ!」
仙人が僕の顔面を足蹴にする。
前からは仙人の足で、後ろからはナルシ―の腕で押しつぶされる形となった僕の意識が遠のいていく。
「おや?」
意識が刈り取られる直前で、ナルシ―がそんな疑問の声を上げながら僕の頭から手を離した。
離したというか、横にぶん投げた。
体を支える余裕のなかった僕はそのまま床にベシャッと崩れ落ちる。
「仙人、顔に傷が出来ているじゃありませぬか!」
「傷? あぁ、そのバカがドアを蹴破ってきた時にでも出来たのか?」
「
「そうだな、後で薬でも塗っておこう」
このちょっと鼻につく言い回しもナルシ―の所以だ。
イメージしやすいナルシストとはなんというか立ち振る舞いが違うけど、自分一番なことは変わらない。
幸か不幸か手が出るコミュニケーションを気にしないおかげで、今回は僕が負けたけどナルシ―にも鬱憤を晴らす程度のパンチを打ち込んでいるから、僕たちの友情は成り立っている。
数少ない同性の同級生だ。
仲良くやっていけるなら仲良くしたいしね!
たとえ、かなり短い間隔で拳を交える仲であろうとも!
「カラもその顔はどうしたのでありますか⁉」
仙人から僕へと視線を移したナルシ―が驚いていた。
ちなみに今更だけど、カラは僕のあだ名だ。
呼んでるのはナルシ―だけだけど。
まぁ、ナルシ―って呼んでるのも僕だけだけど。
「う……ぐすっ……」
しかもナルシ―は僕の顔を見ながら泣き出した。
え? そんなヤバい感じなの?
自覚がないだけで今の僕は大怪我してるの?
「ちょっとナルシ―! 何で泣くのさ⁉ 怪我してる? 今の僕ってそんなヤバい感じなの⁉ 鶴屋先生のビンタに続いたさっきの攻防でとんでもない大怪我してるの⁉」
涙を拭きながら、ナルシ―は僕の目を真っ直ぐに見つめる。
怪我を見ているんじゃなくて、僕の目を見ているということは覚悟して聞けよってことなんだろう。
不安しかないけど、それでも覚悟を決めるしかない。
教えてくれナルシ―!
僕はどうなってしまっているんだ!
「……怪我はしてませぬ。ただ、ブサイクだなと」
この野郎、どつきまわしてやろうか。
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