第十六話 同級生トリオ ①
時刻は七時半。
食堂は夜ご飯を求める生徒で賑わう時間だろう。
いつもなら授業中に夜ご飯を用意して、僕も部屋で食事にありついている時間だ。
「そうだよ……今日はお説教されてから素直に授業に出て、そこからさらにもう一回お説教に入ったんだった……。何も準備してないや」
部屋に備え付けの冷蔵庫の中は見事なまでに空だった。
お菓子なんかを買っていればそれで凌ぐことも出来たけど、あいにくと節約生活を強いられている身だ。そんなぜいたく品を持っているはずもない。
今から行ったらたくさんのお嬢様に僕の姿が見られることになる。
朝であれだけ好奇の目だったのだから、今はもっとすごいことになってるかもしれない。
そう思うと、人目をさほど気にしない僕でも食堂に行くのは気が引けてしまう。
ぐぎゅるるる……。
けど、この腹の虫は水だけ飲んで明日を待とうなんて甘えを許してはくれなさそうだ。
どこかで食料を調達するしかない。
「……仕方ない。こうなったら」
自室を出て、僕は隣の部屋へ。
そこは仙人の部屋。
もしかしたらまた修行に出ているのかもしれないけど、それならそれで好都合だから別にいい。
コンコンッと部屋をノックしてみる。
「ん? 誰だ?」
部屋の中から仙人の声が聞こえた。
くそっ、今日は部屋にいたのか。これじゃ簡単にはいかないな。
「なぜ返事がない? 誰かいるんじゃないのか?」
返事をしない僕に仙人の不思議そうな声。
扉に耳をつけてるんだけど、足音がしないから仙人はこっちに向かってきていない。
それだと先手を取れないので、仙人をおびき出すために僕はゴリラのドラミングのように激しく何度もドアを叩きまくる。
ドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッ‼‼
「このバカな行動……さては
大変失礼な人物特定だけど、当たってるんだから何も言えない。
苛立った足音が近付いてきたので、僕は扉から離れて助走をつける。
「なんのつもりだ、空も──」
「そりゃあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」
「ごふぅ……‼」
扉がちょっと開いた瞬間、僕は走り寄って全力のドロップキックを扉へぶち込む。
内開きの扉は勢いよく仙人の顔面と体を打ち付け、さすがの奇襲に仙人も後ろへとひっくり返った。
「ゴーゴーゴーゴー‼」
脅威の排除が完了したので、仙人が立ち上がるより先に部屋へと侵入。
少しくらいのレイアウトを弄ることは出来るけど、ある程度の家具の配置は寮なのだから弄りようがない。
迷いなく冷蔵庫へ向かい、僕は仙人が用意しているであろう夜ご飯を奪うためにそのドアを開け放つ。
「な、に……!」
しかし、どういうわけか仙人の冷蔵庫内は僕の部屋とほとんど変わらない空の状態だった。ペットボトルの飲み物がある分、僕の冷蔵庫よりかは幾分マシとはいえ、これでは僕のお腹は満たされない。
……そうか!
修行のため、食事は最低限の仙人だ。
そもそも多くの食事を用意していることはないだろう。それに加えて、確か修行の一環で絶食しているときがあるとか言ってた気がする。
この冷蔵庫内の状態からして、おそらく今日が絶食の日!
食べ物がちょうど尽きたタイミングだったってことか……!
「この役立たず! こういうときに腹を空かせた迷い人へ握り飯の一つでも与えるのが修行している者の務めじゃないのか!」
「黙れ愚か者……! 腹を空かせた迷い人とは膝をついて手を差し出し、食べ物を恵んでくれるよう頼む者を指すんだ! ドアを蹴破って家主を倒し、迷いなく冷蔵庫を漁るお前はただの強盗だ‼」
「それだけやったのに何も得られなかった僕を可哀想だと思わないのか!」
「……いいだろう! ならば好きなだけ喰らうがいい。俺の拳をなぁ‼」
立ち上がった仙人が殴り掛かってきた。
くそっ! 食料を得られないどころかやられるわけには……!
仕方ない、応戦するぞ!
同じように拳を握り締め、僕も仙人へと殴り掛かっていく。
クロスカウンターで拳が互いの顔面にめり込み、仙人がさっきと同じようにひっくり返る。
僕も無事ではなく、殴られた衝撃で僕の部屋とは反対の壁に体が叩きつけられ、ゴンッと大きな音を立てた。
さすが仙人だ。一撃貰っただけで足に来ている……!
もしも僕が先制ドロップキックを決めていなかったら、一方的に殴り飛ばされていたかもしれない!
けど、壁にぶつかったおかげで体勢を立て直すのは僕のほうが早い。
壁を蹴ることで勢いをつけて、体を起こそうとしている仙人に僕は覆い被さる様に飛びかかっていく。
「やや⁉ 何の騒ぎでありまするか‼」
その瞬間、扉を開けて新たな乱入者が現れた。
ワックスでキチッとセットされた短い短髪。胸元までしっかりボタンを留めた学ラン姿。
それなりに整った顔立ちに僕よりも少し高いくらいの身長。そして、敬語なんだかよくわからないこの口調!
眼鏡をかけていて、一見すれば知的で真面目な印象を与えるが、こいつは真面目に見える狂人だ。
僕が言うのもあれだけど、きっとこいつも問題児の見世物野郎として入学が許されたに違いないと断言できる。
ナルシ―こと
この言動で自分大好きなナルシスト同級生は取っ組み合う僕たちを見て遊んでいると判断したらしく、にこやかな笑顔で僕たちの上に伸し掛かってくる。
「なるほど! 男らしく拳で仲を深めているのでありますな! それなら不肖、古奈橋克也! これより参加させていただきまするぅ!」
「ぐえええええええええ⁉ 降りろ古奈橋‼ 俺が一番下でお前の図体まで加わったら耐えられん‼」
「痛い痛い痛い痛い⁉ 何で肘を立てて体重を掛けてくるんだよぉ、早く降りてナルシ―‼」
ナルシ―の伸し掛かりは僕たち二人を押し潰すには十分だった。
特に仙人は僕+ナルシ―の体重が加わったから軽く百キロを超えた重量がのしかかっているはず。
悶絶した僕たちの叫びが聞こえているはずだけど、ナルシ―は僕たちの上から退こうとはしない。
しかも、嬉々として飛び乗ってきたはずなのに、どういうわけか愕然としながら僕の上で震えている。
「あぁ……今ので髪がぁ……! せっかく整えた髪型がぁ……!?」
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