第十五話 デート? ③
そんな風に思ってくれていたんだ……。
僕が彼女と関係を進めたいと思ったのと同じように、
僕たちがこの学園の見本になるとか、付き合い続けた先になにが待っているかとか、そんなのは一旦置いておいて。
恋人でいる最低条件なんてすごく簡単なことなんだから……!
「でも、僕のことは嫌いなんだよね?」
「はい! なんなら今のやりとりで好感度は更にダウンです!」
でも、目先を見るとこうなっちゃうんだよなぁ……⁉
難しいな、僕たちの関係‼
でも、ここで項垂れていたらまた堂々巡りが始まってしまう。
それならもうちょっと言い方をマイルドにしよう。
「……嫌ではないってことでいいの?」
「んぐっ……」
夜空谷さんの口がバツ印になって、プルプルとゆるキャラのように震えだした。
そんな彼女を見て、僕は思わず吹き出してしまう。
その反応だけでも十分なんだ。
だって、夜空谷さんならきっと「嫌です!」ってはっきり言ってくれる。それがなかったってことは嫌ではないってことの表れなんだから。
これが鶴屋先生の言うところの真意をくみ取るってことでいいのかはわからない。
ただの自惚れの可能性だって否定はできない。
それでも僕はこの時の僕の判断を信じて見ることにした。
だから、僕もちゃんと言葉で伝えよう。
「僕は嫌じゃないよ。改めても好きって言えないのはどうかと思うけど、夜空谷さんが嫌いってことはない。それだけは断言できる」
「……本当ですか?」
「うん。だって、さっき言ってくれたことは僕も思ってることだったから。夜空谷さんと一緒にいると僕も楽しい」
「っ!」
夜空谷さんのプルプルがさらに大きくなって、顔が赤くなっていく。
「そ、それなら! これからも恋人としてお願いします! 私、頑張りますから‼」
「頑張る?」
「今現在、私が
泣いちゃうよ。
「ですが、空森君は私を嫌じゃないと言ってくれました!」
あ、自分のほうは認めない方向なんだね⁉
そこは僕からの一方通行ってことで行くんだ⁉
「つまりです。後は私が空森君を好きになれば、もう私たちは普通の恋人になれるということです!」
「…………はい。その通りだと思います」
なんだろう。恋人になるための過程をやたら回りくどく説明されているわけだけど、夜空谷さんは何が言いたいんだろうか。
「だから、私は頑張ります! どれくらい時間がかかるかわかりませんが、私は絶対に空森君を好きになってみせますから‼」
またしても聞いたことのない言葉だ。
好きにさせてみせるとかなら、ゲームに出てくる小悪魔系キャラの台詞で聞いたこともあるけど、好きになってみせるからって……僕はどう返したらいいんだろう?
答えの出なかった僕は、似ているからって理由でそのゲームで返していた台詞をそのまま言うことにした。
「ふっ、やってみな」
「どういう自信なんですか⁉」
確かに意味がわからない。
好かれるわけがないって自信満々な人になってしまった。
「……けど、そういうことなら私にも考えがあります」
そう言って、夜空谷さんは僕の手を引くと、何度も往復していたコーナーではなく、僕たち男子の編入によって急遽新しく作られたのであろう明らかに規模の小さいメンズ服売り場へと歩き出す。
「空森君の服を選びましょう!」
「え? いや、僕は別に服はいらな──」
「空森君好みの服を着て、好きになってもらおうとしたのと同じです! 空森君が私の好きな格好をしてくれれば、私は見た目から空森君に好意を持つことが出来るかもしれません!」
なるほど。内面に期待できないなら外見だけでもってことか。
確かにそういう部分をとっかかりにするのは良いことだと思う。
悲しい話だけど、今の僕が夜空谷さんから好かれそうなところは確かにそういう部分しかないのも事実なのだから……!
けど、理に適ってるようなそうでもないようなその作戦には大きな問題がある。
「あの、夜空谷さん? その服代は誰が払うのでしょうか……?」
「空森君です!」
「そんな偽りの僕に騙されないで! 見た目が好みでもやっぱり中身が大事だと思うんだ!」
「中身がダメだったから見た目に走ってるんじゃないですか! このクズ!!」
「ひどい言われようだ⁉」
けど、何を言われようとそんなお金はありません!
だから、何としてもここは阻止しなくてはいけない。さすがに学園が招き入れてるだけの一般企業相手に商品を盗むわけにはいかない。
もしかしたら後から学園が補填してくれるのかもしれないけど、生徒による盗みが蔓延る学園とか思われて、その情報が学園外部に漏れるのがヤバいのは僕でもわかる。
「考え直そう! この学園にいる限り私服を着る機会なんてほとんどない! 見た目を弄るなら髪型とかからでいいと思うんだ!」
「なんでそんな拒否するんですか! ほとんどない機会に好みの格好をしてくれるなんて素敵だなって私は思います!」
「ぐっ……それは、そうかも、しれないけど……。けど、そんな出番のない服が何万もするのも事実なわけで……」
「もしかして、お財布を忘れたんですか?」
払いに関して僕が拒絶していることに気付いた夜空谷さんがそんなことを聞いてくる。
なるほど、お金がそもそもないって考えにはならないのか。確かに金欠ってこの学園にいたら都市伝説なのかもしれない。
けど、それはそれで好都合だ。
金がないだとこいつダメだなって感じがするけど、財布忘れたならこいつドジだなで済む気がする!
いや、大して変わらない気もするし、それがものすごく目先の誤魔化しでしかないのはわかってるんだけどさ……。
女の子に金がないって言うの……恥ずかしいじゃん?
しかも初デートよ?
見栄……張りたいやん?
「そう! だから今日は僕の服を買うのは諦めよう!」
「いえ、そういうことでしたら、今回は私がお金を出します」
「え……」
掴んだ僕の手を離すことなく、夜空谷さんは僕に顔を向けると少し恥ずかしそうに、はにかんだ。
「……だから、次は空森君が私に服を買ってくださいね!」
初々しいすごく恋人っぽいやりとりだ。
問題があるのはその約束の相手が悲しいくらい甲斐性なしで、約束をしてもそれを果たせる日が来るのかがわからないということだけ。
バイトもやりようがないからなぁ……。
何かお金を稼ぐ手段を探さないと、こういう恋人らしいやり取りすら満足に楽しめない。
今後の課題だ。
「……わかった! 約束だよ!」
それでも僕はその約束は誤魔化さなかった。
「はい!」
僕の返事に嬉しそうに頷いて、売り場に到着した夜空谷さんはキラキラした目で服の物色を始める。
ある意味でこれは誓いだ。
手段なんてまだ思いつきもしないけど、僕は夜空谷さんとこういう恋人らしいやり取りを自然とできるようになる!
「これ似合いそう!」って言われたら、「なら着て帰ろうかな」なんて返して、タグを外してもらえる男になるんだ!
志が低いとか言うな‼
収入がほぼない状態で何万もする服を買える男だぞ!
かっこいいだろ!
そんな誓いをした直後……。
「では、空森君! まずはこれから着てみましょう!」
嬉しそうに髑髏と十字架の袖なしTシャツを差し出してくるマイハニーを見ながら、僕は心の誓いが早速ぐらつくのを感じた。
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