第十二話 自己紹介 ④
どれくらい高いかって?
一食一万とか普通にいく。
やってられん!
お嬢様たちは湯水のごとくお金が親から送金されるから何も問題ないけど、僕たち編入した男子はそうもいかない。
毎日食費に何万も使うことなんて不可能だ。
何なら一食千円だって厳しい。
だから、この広い敷地で作物を育てて暮らしていこう。
そう決めた。
また僕がバカなことを言ってると思っただろう?
けど、これは違う。
割と冗談抜きで、男子が一致団結してそんな手段を導き出していた。
さすがに金欠って理由だけで土地を借りるのは難しいだろうから、農作業研究会とかいうそれっぽい部活動を作り上げて、その活動場所として畑を作ろうとしていたし、どんな野菜がどの時期に取れるか調べ始めてもいた。
初めての作物が育つまで食い繋ぐために、お金を出し合って一食を買い、それを分けるメンバー構成とより安く量が多いメニューはどれかを研究までしていたくらいだ。
けど、救いの神はいきなり現れた。
寮にそれなりに近くて、水道などの必要備品が揃う場所の目星まで付けて、いざ学園に部活動の立ち上げ申請を出そうとしていたときだった。
「見てらんないねぇ。アンタたち、飯くらいはアタシがどうにかしてやるから安心しな」
そんな頼もしい言葉が僕たちに投げかけられた。
幸いなことに学食のおばちゃんたちはその辺りのことをわかってくれる人たちだった。
頼もしい言葉を掛けてくれたのは料理長を務める
流石に同じ料理をタダで食わせるというのはお嬢様たちの前では難しい。
自分達と変わらないという偏見をなくすために編入されたというのに、男子が総じて特別待遇を受けている様子を見てしまえば、それが綻びとなりかねない。
そんなわけで汐婆さんは万が一の食中毒になんてなられたら困るという理由から、お嬢様たちには禁止されている自炊を黙認してくれて、食材を勝手に使うことまでお目こぼしをしてくれるという話になった。
横領かと言われたら間違いなくそうな気がしなくもないけど、窓ガラスをぶち破っても文句が出ない学園だ。
金のない男子が飢えを凌ぐためにこそこそ動いても学園として問題にすることはないだろう。
そう。
食堂から食材を盗むに関してだけは僕たち男子全員が該当する行動だったりするわけだ。
それでも僕だけが目を付けられているのは、他の男子が早朝や深夜、それこそ今の時間のような生徒がいないタイミングで食堂を活用しているのに対し、授業サボった勢いでそのまま食堂でおばちゃんたちと肩を並べて料理をしているからだろう。
面白がって、僕の手料理を食べさせて欲しいとか言ってくるお嬢様も最近はいるくらいだし、僕が食堂で勝手に食材使って料理しているのは周知の事実とまで言っていいのかもしれない。
まぁ、もしも僕の料理をお嬢様が食べるなんてことになったら、汐婆さんがガチギレするだろうけど……。
「食堂のお手伝いをしているのかと思ったら、窃盗なんて言語道断です!」
あ、やっぱりお手伝い的な感じで周りからは見られてるんだ。
そりゃそうだよね。
一切こそこそしてないもん。
戻される食器を受け取ったり、ごちそうさまって言われたら、お粗末様なんて返したりしてるくらいだし。
勘違いされるのも当然だ。
「朝も言いましたが、私は不良の彼女は嫌です! 私の彼氏として、その辺りの素行はちゃんとしてください!」
こういうときばっか彼女面して!
……なんてことを思いもしたけど、素行に関しては僕も彼女に対して言っておきたいことがあった。
「けどさ、夜中に校舎の鍵開けて、屋上まで忍び込んで、プールにダイブとか、
そんなことありません! あれくらい普通です!
てっきりそんな風に言われるものと思っていたのだけど、夜空谷さんは思い切り目を逸らした。
あ、自覚があるんだ!
彼女にとって、昨日のあれはちゃんと悪いことにカテゴリーされてるんだ⁉
ちょっと意外。
目をすっごい泳がせながら、普段のハキハキした声とは打って変わったすごく小さな声で夜空谷さんは言い訳を並べ始めた。
「それは、その、やっぱりシチュエーションにはこだわりたかったと言いますか……夜空の下で結ばれたかったと言いますか……」
「夜空谷だけに?」
「夜空谷だけにです!」
まさかの図星だった。
「けど、ならプールのダイブは……?」
意外と乙女なきっかけだったのは良いと思う。
けど、その後!
逃げるにしても他に色々と手段はあっただろうに、何で屋上から飛び込むなんてびっくり人間コンテストみたいな手段に出たのさ!
「プールへのダイブは……喜ぶと思ってたんです」
「……え?」
「
「凄い飛躍した考え方だ……」
屋上からダイブを悪いことって言い方が出来るのもぶっとんでいる。
けど、あれは僕のためだったんだ。
そう思えば嬉し……くないよね⁉
というか、仮に僕がそれを喜ぶタイプで良いのか君は⁉
うっひょ~! 屋上からダイブじゃ~い! みたいなやつが恋人で良いのか⁉
……もしかして、今の僕はそれが誤差ってレベルなのかな。
それはちょっと傷付くかもしれない。
「うぅ……怒ってたりしますか?」
悪いことをした子供みたいに上目遣いで夜空谷さんは僕の顔色を見てきた。
うわっ⁉ 可愛い‼
……我ながら馬鹿だと思う。
そもそも怒ってないけど、そんな顔を見たらもう文句なんて言えない。
こういうあざとい仕草とか狙ってるのかな?
天然でやってるなら魔性の女だよ、まったく!
「怒ってないです」
「なら、良かったです!」
「……はい。じゃ、自己紹介は以上ってことで」
「え⁉ 私まだ何も言ってません!」
「いや、言葉がなくても夜空谷さんのことはだいたい分かったから」
用意した言葉を交わすよりもこうやって会話をするほうが何倍もわかる。
だいたい彼女でいてくれるなら、これから僕たちは一緒に行動することが増えるはずだ。
それなら自己紹介なんてしてないで、一つでも多く一緒に何かをするほうが何倍も有意義な気もする。
だから、僕は彼氏らしく恋人をデートに誘うことにした。
「良かったらさ、これからどっかに遊びに行かない?」
「それはもちろんかまいませんけど……」
拒否することなく頷いてくれる夜空谷さん。
けど、何故だか彼女はもじもじと恥ずかしそうに目を伏せている。
うん、もうわかるよ。
どんな鈍感だって何度も経験したら、彼女がまた何か良くない方向に勘違いしてることくらい察せられるよ!
「学園に……ホ、ホテルはありませんからね‼」
誤解を解くとかそういうレベルじゃない案の定な発言が公園へと響き、僕はどうか人目がある中ではこういう言動が減っていけばいいなぁと思った。
「あ、それとちょっと待ってください」
そう言って、僕の頬を冷やしていたハンカチを昨日と同じく手際よく燃やしていく。
せめて洗濯くらいで勘弁してもらえる日が来ることを切に願いながら、僕は夜空谷さんがハンカチの燃え滓を片づける姿を黙って見守っているのだった。
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