第十一話 自己紹介      ③


 けど、お手本とは言ったって、僕だって自己紹介なんて別に得意なわけじゃない。


 散々言っておいてあれだけど、クラスの自己紹介だってテンプレしかやってこなかったし、そこでボケる奴を冷めた目で見てすらいたくらいだ。


 だけど、ここはテンプレなんてお呼びじゃないのはさっき言った通りだ。


 ということで、この学園における僕という人間を端的に洗いざらい知ってもらおう。


 すでにある程度は僕が問題児だとわかっている相手。そこに触れなかったら、夜空谷よぞらだにさんも自分の素について話してくれないかもしれない。

 それに鶴屋つるや先生は僕と夜空谷さんの根っこが似ていると言っていた。


 もしかしたら奇跡が起きて、問題行動の一つくらいに「私もです!」なんて感じに共感されて、話が弾む可能性だってゼロじゃない!

 だから、ここは踏み込むんだ!


 息を大きく吸って、それこそ僕は演技でもするつもりでわざとらしい抑揚をつけながら、空森優成からもりゆうせいという人間がどんな奴なのかわかる自己紹介を開始した。


「割ったガラスは数知れず! 授業をサボリ、教師から逃げ、食堂から食材を盗んでは自炊して生活している男! 最近の趣味は修行に集中し始めた仙人にちょっかいをかけることで、最近困っていることはナルシーのナルシストがスルー出来なくなってきたこと! 素行不良だからこそ、この学園に入学できた問題児! それがこの僕、空森優成だぁ‼」


「最悪です‼」

「さぁ、夜空谷さんもどうぞ‼」

「どうぞじゃないです! 後半の宇留部うるべ君や古奈橋こなばし君の話はこの際聞き流しますが、割ったガラスとか食堂で盗みとか初めて聞きました! そこまでひどいことしていたんですか!」


 あ、知らなかったんだ。

 それはまずったかもしれない。


 ちなみにナルシーこと古奈橋は僕たちの学年にいるもう一人の男子同級生だよ。

 ナルシストでうざいんだ。悪いやつではないんだけど、もう本当にうざいの。どうしようもないくらいに!


 とりあえずそれだけ知っておいてくれたらいいと思う。

 あいつはそれ以上でもそれ以下でもない。


 そんなことより、夜空谷さんに弁明をしなきゃ!

 確かに今の話だけだと最悪でしかない。

 いや、捕捉を入れても最悪なことにさほど変わりはないんだけど、ワケがあるとわかってもらえたら、ほんのちょっとくらいは理解してもらえるかもしれない。


「いや、違うんだよ! 先生から逃げるときに鍵を開けて、窓を開けるって動作は無駄が多いんだ。だから、仕方なくぶち破ってるだけで僕だって好きで割ってるわけじゃないよ!」

「まず前提がおかしいんです! どうして先生から逃げるんですか!」

「え? 怒られたくないから」

「どうしてそんなきょとんとした顔が出来るんですか……。それなら怒られない努力をするべきです!」


 当たり前のことを返したつもりなんだけど、夜空谷さんの意見も至極当たり前だ。

 たしかに怒られない努力はするべきだろう。

 というか、そもそもなんで僕は追いかけられるようになったんだっけ?

 確か一番最初に教室から逃げ出したのは……。


「授業がわからなさ過ぎて寝始めたのがきっかけだったんだっけ? それで起きろって怒られて、寝起きだったから反射で教室を飛び出しちゃって」

「その通りです。そして先生が空森君を追いかけていって、それがその授業だけでなく、色々な授業で常態化しつつあるのが私たちのクラスです!」

「迷惑な問題児だなぁ」

「他人事じゃないんですから反省してください!」

「はい……すみません」


 ちなみに仙人に聞いた話だと、僕が教室を飛び出す。それを先生が追いかける。そしたら皆は黙って自習を始めるようになってるらしい。


 ほんの数週間でそんな異常を受け入れてしまう人間の順応性はすごいと思う。

 クラス総出で袋叩きにされたって文句は言えないはずだから、きっと良いクラスメイトに恵まれてはいるんだろう。


 それだけは間違いないと断言できる。


「それで……怪我とかはしてないんですね?」


 何故かって?

 同情の余地が一切ない言い訳を並べた僕を見る夜空谷さんの目が僕を心配する目になっているからだよ……。


「え?」

「ガラスをぶち破ってるって言ってましたから。空森君がそれで怪我をしたりとかはしてないんですか?」

「今のところしてないけど、そんな心配をしてくれるの?」

「一応彼女ですから。ガラスは買えばすぐに治りますけど、怪我だと長引いたりするじゃないですか。そっちのほうを心配するのは当然です」


 当然じゃないよ。

 そんなところでお嬢様的なズレはいらないから!


 けど、実際学園的にもこの程度の認識なんだろうなぁ……。

 じゃなきゃガラスぶち破ってるのにその請求をしてきたり、お説教をして来ないのはおかしいもん。


 鶴屋先生も逃げることを怒りはするけど、ガラスをぶち破ってることについては何も言ってこないし。ガラスは買えばいいから素行を注意しようってなってるんだと思う。


 まぁ、そもそもガラスをぶち破る僕がおかしいんだけどね!


 怪我はしていないことを確認して安心したのか、夜空谷さんは心配顔からまた少し眉根の寄ったちょいお怒り顔になる。


「では、次の部分です。食材を盗んで自炊ってなんですか! ちゃんと対価を払って食べ物は買うべきです!」


 あ、そこは同じ感性なんだ。

 そりゃそうか。むしろお金があるんだから、払わないという選択肢がない分、盗むってことにはより敏感なのかもしれない。


 けど、実はそれについてはガラスの件とは違って物凄く真っ当な名目がある。

 というか、自己紹介ではテンポを優先したから盗むって表現をしちゃったけど、それもちょっと語弊があったりする。


「いや、レベル高い盗み食いみたいに言っちゃったけど、あれは食堂のおばちゃんの善意っていうか……庶民である僕たちに対する色々と救済措置的な側面があるというか……」


 現実離れしたお嬢様学園の話はここまでに色々としてきたから、この話も今更驚かないと思う。

 というよりも、納得すらしてもらえると思う。


 ……この学園の学食はべらぼうに高い‼

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る