第十話 自己紹介 ②
「幼稚園から一緒の
まぁ、その内容で言えば、僕たちと初めましてなことは夜空谷さんたちも同じなのだから名前くらいは覚えていて欲しかったところだけど。
「そう、ですか…」
僕の言葉を聞いて、夜空谷さんは少し顔を赤らめた。
「……自分の自己紹介を覚えていると言われるのは少し恥ずかしいです」
「自己紹介しようって言ったのに?」
「皆の前でする形式がある自己紹介はやっぱりちょっと演技が入るというか、見せるためにしたことって感じなんです。私にとっては舞台で台詞を言ったみたいなそういう感覚です。それを覚えていると言われるとやっぱり気恥ずかしくなります……」
少し赤い顔のまま夜空谷さんは目を泳がせながら、指をもじもじと合わせている。
こういう羞恥心はあるんだな。
知らない一面を見れた気がする。
いや、知らない面のほうが多いんだけども。
夜空谷さんは羞恥心を吹き飛ばすように顔をプルプル振ると、何だかおなじみになってきた指差しポーズでビシリと僕を指差した。
「わ、わかりました。名前を知っていたことはひとまず当たり前だったと認めます」
「うん、それは良かっ──」
「けれど、
「夜空谷さんです‼」
「でも、マインドコント──」
「名前すら知られてない僕がどうやって夜空谷さんにマインドコントロールなんて出来るのさ。勘違いの連鎖が生んだ悲劇だから、その辺りも一回流して欲しいんだけど」
うぐっと夜空谷さんは眉間にしわを寄せる。
言われてみれば何も言い返せない自分に気付いてくれたようだ。
正直まだ何か言い返されると思っていたけど、僕の言い分が正しいことは一応わかっているらしい。
一人でうんうん唸っていた夜空谷さんだったけど、離れた位置から戻ってきて、また僕の頬に濡らしたハンカチを当ててくれる。
「……すみません」
「わかってくれたならいいよ」
僕に対する接し方がわからない。
鶴屋先生に言われていなかったら、もしかしたらちょっとくらいは頭に来ていたかもしれない。
でも、彼女にしてみれば僕は未知の生物なんだよな。
警戒に警戒を重ねるくらいで、きっと彼女にとってはちょうどいいんだと思う。
その結果がぶっ飛んだ言い合いになってはいるけど、なんだかんだで夜空谷さんも僕の物言いを否定することはない。
こんなやりとりが彼女との仲を近づけるきっかけになるなら、僕としても望むところではある。
たとえその果ての覚悟がまだ固まっていなくてもだ。
「では、改めて。ありのままの私で、
夜空谷さんはそう言ってベンチから立ち上がった。
こほんとわざとらしい咳払いまでして、夜空谷さんは僕に向けて、スカートの裾を少しだけ持ち上げながら頭を下げる。
その姿は僕がここに来るまでにイメージしていたお嬢様の姿と重なった。
そうだよね、お嬢様って言えばこういう所作をするものだよね!
いや、これは僕が抱いている偏見なのかな。
この学園に来てからのことを思い返してもこういう姿って全然見なかった気がするし。
お嬢様がスカートをちょっと上げて、「ごきげんよう」って挨拶したりするのは実はファンタジーだったりする?
けど、夜空谷さんは僕用の自己紹介って名目でこの入りなんだよなぁ。
僕用ってことはきっと砕けた素の夜空谷さんの挨拶が見れるってことなんだろうから、このスタートはありふれたものってことでいいのかな?
う~ん、わからん。
「夜空谷詩織と申します。どうぞ以後お見知りおきを頂けますと幸いでございます」
そんなことを思っていたのに、夜空谷さんから飛び出してきたのはガッチガチの
「はい、ストップ‼」
「なんですか! まだ名前しか言ってません!」
「ありのままの夜空谷さんが僕用に自己紹介を始めたはずなのに、今までで一番他人行儀なのはなんで⁉」
「え? 恋人としての付き合いをするのですから、まずはしっかりと挨拶から入るのは当たり前じゃないですか」
きょとんとした顔で夜空谷さんは僕を見つめてくる。
これは……どっちだ?
お嬢様的には当たり前のスタートなのか、はたまた夜空谷さんの天然が炸裂しているズレなのか。
残念ながら庶民同士の自己紹介しか知らない僕には判断が出来ない……!
いや、そもそも庶民同士の恋人は多分改めてこんな風に挨拶すらしないか。
あぁ、いや、お見合いとかならするのかな……?
どっちにしても僕からしてみれば、高校生がするような自己紹介じゃない。
このやり取りからだと距離が縮まるどころかむしろ離れる気すらする。
お嬢様としての夜空谷さんのことも知っておいたほうが良いのかもしれないけど、まずは等身大の夜空谷さんを僕は知りたい。
けど、どうしたらいいのかな。言葉で言ってわかるようなものでもないだろうし。
見本でもあればいいんだけど、自己紹介の見本なんて……。
あ、僕がやればいいのか。
まずは僕がやってほしいお手本を見せて、それを真似て欲しいと言えば、夜空谷さんのことがわかる自己紹介をしてもらえるかもしれない!
そうと決まれば……!
「えっと、ちょっと固い気がするから、先に僕の自己紹介を見ててくれないかな。それを真似て夜空谷さんにも自己紹介をしてほしいかも」
「そう、ですか? なにか変だったでしょうか?」
「変ではないんだけど、僕になじみがないせいで逆に夜空谷さんをわかんなくなっちゃいそうだなって」
「……わかりました。空森君がそのほうが良いなら私も構いません」
いまいち腑には落ちてない感じだったけど、夜空谷さんはそう言ってベンチに座り直す。
戸惑った感じがあるってことはお嬢様的には常識の可能性がちょっと上がったかな。
となれば、今からやる挨拶は固くなりそうな言葉は全部なしにして、面白おかしく僕という人間を端的に説明する必要がある。
じゃないと、中途半端に戸惑った夜空谷さんが型にハマったテンプレの自己紹介をしてきかねない。
今までやったことがない挨拶に翻弄されて、思わず本音がポロリした。
それくらいの自己紹介を狙わないと!
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