第七話 先生の思惑      ③


「生半可な方が相手ではどんなひどい目に合うか予想も出来ません。仮にも生徒を預かる立場です。危険を野放しにし続けることになるのではないかと、ひやひやしていました。ですが、夜空谷よぞらだにさんのお相手が空森からもりさんだと聞き……」


 ごくりと喉を鳴らす。

 そして、鶴屋つるや先生は真っ直ぐに僕を見ながら、真剣な顔でこんなことをのたまいなさった。


「あなたならばいいと思いました」

「全然嬉しくない‼ それつまり僕のことを生贄にして夜空谷さんの暴走の被害者を減らそうとしてるってことじゃないですか⁉」

「よく聞いてください。夜中に屋上からプールへダイブする羽目になったというのに、それでも次の日、何事もなかったかのように登校し、それどころか普通に夜空谷さんと会話が出来るというのはもはや才能です。先ほども言いましたが、生半可な方ではトラウマになって部屋に引き籠ったり、夜空谷さんを徹底的に避けるようになってもなんら不思議じゃない異常な行動なんです。しかも、あなたはそれを自分から公言していませんでした。恐らくはそれを話すことで校舎に忍び込んだことまで芋づる式にバレることを危惧したのでしょうが、そもそもその考え方が私たち常人とはズレているのです」


 言外に異常者どもめって言われてる気がしてならないけど、指摘されてみれば否定のしようがなかった。

 僕はプールへ飛び込む行為を非常識だと思いはしたけど、それによって心に傷は負っていないし、ましてやそれを理由に夜空谷さんに悪い印象を抱いたりもしていない。


 むしろ、屋上からのダイブよりも、握り合った手を拭いたハンカチを燃やされたほうがトラウマレベルとしては上なくらいだ。


 そこまでぶっ飛んでる自覚はなかったけど、確かにこれは才能と言われてもいいのかもしれない。


 けど、けどだ……。


「……ズレてる奴同士仲良くしとけってことですか?」

「ひどい言い方をするならそうなります」


 こういうとき、鶴屋先生は誤魔化さないから本当に助かる。

 だから、僕も素直に自分の感情を自覚出来た。


 確かに僕も夜空谷さんも学園からしたら問題児なのかもしれない。

 けど、それを理由にお付き合いしとけって言うのもひどい話に思う。

 

 僕は良い。


 問題児呼ばわりは当たり前だし、それどころか棚ぼたで美人の彼女が出来たのだから。しかも、彼女とのやり取りを楽しく思っている始末だ。


 けど、夜空谷さんはそうじゃない。


 空回ってるのかもしれないけど、みんなのために嫌いな男の恋人に立候補して、僕みたいな明らかな問題児と付き合う羽目になっている。


 先生たちは夜空谷さんのズレた部分に気付いているのかもしれないけど、少なくとも僕は今まで彼女をそういう目で見たことはなかった。

 それはきっと他の生徒も同じ人が多いだろう。


 夜空谷さんは明るくて、人当たりが良くて、冗談も通じる真面目な人。

 そういう印象を持っている人のほうが圧倒的に多いはずなんだ。


 そんな彼女が僕と付き合うことになった。

 しかも、その理由の根本は百合咲学園ゆりさきがくえんが共学化したから。

 つまりは学園の問題だ。

 ちょっとズレていながらも真面目な彼女はその環境を率先して受け入れようとしている。


 好きでもない相手と恋人になってまで……。


 それをトカゲのしっぽ切りみたいな言い方で、学園側が容認するのは違うだろう。


 何ていうか……むかつく。


「……やはり、あなたならいいと思います」


 どんな顔をしていたのかはわからない。

 けど、いつの間にか僕は奥歯を噛み締めていた。

 憤っていた僕に鶴屋先生は微笑んでくる。


「言葉にしなくて結構です。ですが、今あなたが感じた感情は夜空谷さんを想ってのものでしょう。今は振り回された偽りの関係かもしれませんが、あなたはすでに夜空谷さんに思いやりを持っています。その感情が大事に出来るなら、理屈ではなく、きっとあなた達は良い関係を築けるはずです」


「なんか無理やり良い話にしようとしてませんか……?」


「バレましたか。ですが、これは学園の判断ではなく、私個人としての本心です。あなた方が恋仲になるのは想定外だと言いました。つまり結果的に学園としては都合良しという判断になりましたが、。そのことまで否定しないであげてください」


 なんだか釈然とはしないけど、上手いこと話をまとめられてしまった。

 てっきり別れなさい的なさとしが入ると思っていた呼び出しだったけど、結局僕は夜空谷さんと恋人でいるのは変わらないらしい。


 何だかげんなりとしてしまう。

 会うたびに振り回されて、学園からは問題児カップルとして一括りにされ、しかも関係を続けた先にあるのはハチャメチャに高いハードルの数々。

 うんうん、やだなぁ。大変そうだなぁ。


 ……なんて、そう思うのが正しいはずなのに、僕は全然そうは思わなかった。


 ずっと一緒にいたいとか、そういう感情までは持ってない。

 けど、一緒にいるのは楽しいんだ。

 認めたくない話だけど、やっぱり僕は問題児なのだろう。


「そちらの思惑通りの関係としてやっていけるかはわかりませんが、頑張ってみます」

「えぇ、お願いします。それと一つだけアドバイスです」


 その時の鶴屋先生は、教師が生徒に対してするアドバイスじゃなくて、一人の女性として、男である僕に対してアドバイスをしているように感じた。


「彼女にとってもあなたは初めての同い年の男性。しかも恋人です。彼女の行動のすべてを突飛な行動だと決めつけないでください。きっとその行動にはあなたに対する何かしらの想いがあるはずです。普通のカップルでも恋人に対しての接し方はわからなくなるのですから、夜空谷さんがあなたとの接し方がわからないのは当然です。空森さんにとっても難しい話ですが、彼女の真意をくみ取る努力はしてあげてください」

「……僕にとってはそっちのほうが難題ですね」

「モテないからですか?」

「うぅ……モテないからです」


 茶化すような口調の鶴屋先生に僕は項垂れながら答えた。

 そうさ。彼女など出来ないだろうで合格した男だぞ。

 女心なんてわからないほうが当たり前じゃないか!


「けれど、他の誰にもモテなくても夜空谷さんはあなたの恋人なんですから。誰に対してモテようとしてるのかわからない努力とはやりがいが違うと思いますよ」

「……努力してみます。夜空谷さんがふと我に返って、別れましょうとか言われない程度には」

「はい。頑張ってください」

「じゃ、僕はこの辺で」



 言いながら、僕は生徒指導室のドアを開けるために鶴屋先生に背を向けた。

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