第六話 先生の思惑      ②


 普段言いたいことはズバッと言ってくるだけに、口籠る姿はすごく新鮮だ。

 なんだろう?

 言い辛いことなんだろうけど、そんなに深刻なのかな?


 付き合ったまま卒業すると色々と大変という話をしたのに、付き合っていてほしいというからには卒業が絡んでくるとか?


 もしかして、夜空谷よぞらだにさんのご両親はすでに亡くなっていて、この学園を出たら一人ぼっちになってしまうとか……!


 常に誰かと一緒にいた学園から、いきなり一人ぼっちの外の世界に放り出されたら、いくら夜空谷さんでも耐えきれないかもしれない。


 空森からもり、お前は……彼女の支えになれ。


 そんな話が飛び出して来るのかもしれない……!



「編入する男子は彼女なんて出来なさそうな人ばかりを選んだというのに、空森さんがまさか夜空谷さんを射止めてくるとは想定外だったわけなんですが」

「モラハラだぁ⁉」



 しかし、鶴屋つるや先生から飛び出してきた言葉は僕の予想のはるか斜め上を行くものだった。


 涙が止まらない……!

 というか、僕たちの合格基準そこなの⁉

 たしかに仙人と比べても僕の学力低いなぁとは思ってたけども!


 授業に全然ついていけてなくて、今からテストが怖くて仕方ないですけども!

 もしかして、ブサイクだから合格したの?

 そんなことある⁉


「落ち着いてください。別に私は空森さんの顔が平均以下だとかパーツの配置が的確ではないとかそういうことを言いたいわけではありません」

「そこまで言うならブサイクと表現してください! なんか変な言い回しをされたほうが嫌な気持ちになるので‼」

「空森さんはブサイクですが、そこで合格にしたわけではありませんから安心してください」

「違う違う違う違う‼ 僕をブサイクだって断定するんじゃなくて、僕の顔がブサイクって話をしてるんじゃないですよって言い方にして欲しかったんですぅ‼」

「す、すみません! 言葉の汲み取りを失敗してしまいました。教師としても反省します。申し訳ありません……」


 少し慌てながら頭を下げてくれる鶴屋先生。

 悲痛な叫びに心が痛んだからなのかもしれないけど、世間一般的に見て、先生が生徒に対してこんな風にきちんと謝るのも珍しい気がする。


 鶴屋先生は堅物そうに見えて、握力マックスで肩をガッツリ掴んできたり、首根っこを掴んで引き摺ったりと見た目に反して体罰寄りなことをしてくる。


 それでも僕たちが鶴屋先生に反抗的な意思を持たないのはこういう筋の通ったメリハリがあるからだ。


 やったからやり返されてるし、悪いことをした分扱いも雑になる。

 至極当たり前の対応だ。


 まぁ、すでに何回かそういう経験がある時点で、僕たちの素行に問題ありすぎてそういう教育にシフトした可能性は否定できないんだけど……。


「話を戻しますが、空森さんに彼女が出来ないと踏んでいた理由は空森さんがあまりにもこの学園の生徒と釣り合わないからです」

「……ブサイクよりひどいこと言ってませんか?」

「言ってますが、説明なしでは納得できないと思いましたのでこのまま続けます。空森さんの学力は甘く見積もっても世間一般的な高校一年生の平均を下回ります。そして、素行についても決して良くはありません。というより、悪ノリが過ぎると言いましょうか。大きな犯罪などに走ることはなくても、授業をさぼる。宿題を忘れたり都合が悪くなったらとことん逃げる。その際に窓ガラスを割ったり、消火器を発射するなど学校の備品に損害を出す。学食の厨房に忍び込んで勝手に食材を盗むなど上げたらきりがありません」


 凄いな。客観的に言われたら凄いクズだ。


 お嬢様を刺激しないように世間一般的な男子ってこういうものだよ、と細々と生活したいとかこんな奴がよく言えるな。


 ……自分のことだけど。

 というか、夜空谷さんが僕を嫌いだって言うのも納得だよ。

 普通に問題児だ。


「……そんな奴は夜空谷さんの件がなくても退学にするべきだと思いますが、どうして僕は見逃されているのでしょうか?」

「そのように善悪の区別はありますし、自らの行いが悪いことという自覚はあるようなので根気よく行きましょうと教師陣で決めたからです。まぁ、そういう部分がある方だとはわかった上で編入してもらいましたから。行動は決して褒められた話ではありませんが、性格面まで問題があるかと言えばそういうわけでもありませんでしたし、問題行動のどれもが基本的に自分しか傷つかず、身体面メンタル面を取っても打たれ強い。世の中にはこういう男子もいると、見本の一人として選ぶには最適だったわけです」


 学園と本人が迷惑被るだけの不良の見本が欲しかった的な話なのかな。


 たしかに昔っからやって良いことと悪いことの区別がつかない奴とは言われたけど、そこを求められる日が来るとは思わなかったなぁ。

 ひとまず今の話を要約するとだ。


「つまり、観賞用の珍獣枠だった僕が夜空谷さんと恋仲になったわけですね。そこまではわかりました。珍獣扱いに文句を言うつもりもないです。けど、それを聞いても……というか聞いたからこそ、やっぱり理解できません。鶴屋先生はどうして僕たちに良い関係になれなんて言うんです?」


 ここまでの長い前置きをした上で、いったい鶴屋先生はどういう思惑があって、僕と夜空谷さんの背中を押したがっているんだろう。


 色々と想定外に貶された気がするので、もう何を言われても僕は驚かないからズバッと答えて欲しいものである。


「まずは建前から話します。あえてこう言いますが、空森さんのような問題児。そういったお相手だろうと良いところは必ずある。男子は自分達とは違う生き物に見えるが、わかり合えるしこうして好き合うことも出来る。そして、話していけばフィクションの中の男子は美化されたまやかしで、そこまで自分たちと違いのない存在が男子なんだと学んでいく。そのための第一歩。というより見本にあなたと夜空谷さんならなれると思っています」


「…………本音は?」


「……夜空谷さんが男子は怖くないものだとみんなにわかってもらうために何か行動しようとしていることは知っていました。まさかそれが恋仲になるというものだったのは想定外でしたが、結果として夜空谷さんはあなたに告白し、恋人になったその姿をみんなに見せて理解を得ようとしています」


 なるほど……。

 嫌いですと言いながら、僕に告白してきたのはそういう背景があったのか。

 確かにそれなら嫌いだけど告白してきた夜空谷さんの行動に理由が付く。


 けど、今の話だと建前と本音にそこまで変化がない。

 わざわざ分けたからには、もっと重要な理由があるはずだ。


「ですが……彼女は天然です。この学園内から見ても少しズレたところがあります。活発的と言えば聞こえは良いですが、根っこの部分が空森さんに似ていると言いますか。正直何をするのかが読めません。それは空森さんもご存じだと思います」


 もちろん知ってます。

 深いプールがあるから大丈夫だろうって理由で、真っ暗な屋上からダイブした仲ですから。

 もしも助走が足りなかったり、水深が足りなかったらどうなっていたのかは考えたくない。


 というか、根っこは一緒って言ったけど、さすがの僕もそこまでの無茶はしない。

 彼女は僕以上の問題児だと思います!


 ……けど、それと僕とのお付き合いがどう結ぶ付くんだろう?

 お似合いだなって言いたいのかな?


 鶴屋先生はため息にも近い息をフゥ……と吐き出し、僕が知りたかった答えを言ってくれた。

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