第五話 先生の思惑 ①
「では、噂についてですが。結論から言えば、
生徒指導室に連れてこられ、椅子に座らされた僕はいきなりそんな話をされた。
てっきり長時間のお説教が始まるものとばかり思っていただけに、僕は二の句が継げなくなる。
というか、話を聞きたい噂があるって言ってたけど、この感じだと裏まで取って、噂じゃなくて事実と確信した上で話をしているんだろう。
じゃなきゃ、夜空谷さんの名前まで出してそんな話をされるわけがない。
けど、それならなおさら意味がわからない。
恋人同士になることを黙認するならまだわかる。けど、良い関係になれっていったいどういう目的があるんだろうか。
何て返答していいのかもわからず、多分僕は数ある選択肢の中でも最悪の部類になるであろう返事で
「えっと……不純異性交遊ですよ?」
「一線を越えて欲しいわけではありませんが、責任を取るというならば黙認します」
「そこまで黙認しちゃうの⁉ それは生徒を導く者としてどうかと思うんですけど⁉」
「もちろん清いお付き合いから始めてください。しかし、最終的に思春期の性欲が止められないというならば、保健室でコンドームをお渡ししますので申し出てください」
「狂ってますか⁉ それとも僕は何かを試されてますか⁉ この学園にいるのにそこまで命知らずな真似はしませんから‼」
気安い関係になってはいるけど。相手は僕なんかじゃ足元にも及ばないお嬢様。今時こんな表現もあんまりだけど、傷モノにしたらどんな制裁を受けるかわかったものじゃない。
浮かれてはいるけど、恋人になってる時点でグレーだってことくらい自覚してる。男子の標本風情が恋人を名乗るなんて、それこそ親御さんが出てきてもおかしくない話なんだ。
それなのに一線を超えるときの準備まであるなんて……まさか鶴屋先生を含む一部の先生たちは
そんな突飛とも言える妄想にまで思い至ってしまった僕の言葉に鶴屋先生はくすりと笑みを漏らす。
もしこの笑みが不敵だったら、僕の妄想が現実のものになるところだったかもしれないけど、その笑みは何というか、試験に合格した生徒を労うような優しい笑みだった。
あれ? 正解を引いたっぽい?
「ひとまず心持ちとしては合格ですかね。これで嬉々として話を聞くようなら退学を進めるつもりでしたが、その必要はなさそうですね」
「とんでもない試験だ……」
「必要なことです。実際男性を入れたということはそういうリスクがありますから」
「そちらが聞いてる話だと僕と夜空谷さんはそういう関係になってると思いますが、実際の関係としてはそんな甘酸っぱいものじゃありませんから安心してください。僕も浮かれたのは認めますけど、多分いきなり男子が入ってきて、夜空谷さんは僕以上に何かと空回ってるんだと思います」
「それも理解していただけているなら、今後も夜空谷さんとの交際を続けるかはあなたで決めていただいて大丈夫そうですね」
その言葉にまた引っ掛かる。
あれ? てっきり最初から全部が試すための冗談だったのかと思ったけど、この言い方だと一線さえ越さなければお付き合いはしていいって言ってないか?
もしかしたらまだ試されているのかもしれないけど、僕は素直にそのことを聞いてみることにした。
「もし、僕が関係を続けますって言ったら、退学させられる感じですか?」
「いいえ。清いお付き合いならば別段私たち教師が口を出すつもりはありません」
「……どうしてです?」
正直理解が出来ない。
学校の校則としてはそういうのはとりあえず全面禁止って言うのがお決まりだし、全寮制である百合咲学園ならむしろ当然だとも思う。
なにせ生徒の大半はお嬢様。さっきも言ったけど、一庶民と交際なんて、親御さんが知ったら卒倒するんじゃなかろうか。
僕と夜空谷さんのような関係を出した以上、僕たちを引き裂いた上で恋愛禁止くらい言っても別に驚かないし、客観的に見た時納得しかない。
「理由は簡単です。思春期のあなた方が好意を寄せ合い、そして友人以上の関係を結ぶことは別におかしなことではないからです。むしろそこを抑圧して、変にフラストレーションを溜めたままだと、それこそ知らない間に隠れて一線を越されて、取り返しの付かないことになる場合も考えられます。加えて在学中は我慢できても、学園を出たあとに反動が来て、積極的に男性と関係を持とうとされたら、言い方は悪いですがよくない男に引っ掛かる可能性は高くなりますから。清いお付き合いで互いに幸せを共有できるパートナーとしての関係でいてもらえるならば、当初の目的も含めて学園としては願ったり叶ったりというわけです」
「なるほど……」
「ですが、空森さんの心配も尤もではあります。というより、これはあなた方男子のハードルが上がってしまうだけですが、はっきり言えば身の丈以上の相手しかいないのが今のあなた方の状態です。少なくとも学園を出るまでにお相手と同等の価値を自分に付ける覚悟がないならば、そう言った関係を結ばないほうが賢明でしょう。仮に学園を出るまで関係が続いていたとして、その後もその関係でいたいと言ったところで、ただの馬の骨では無理矢理引き裂かれるのは目に見えていますから」
「ご理解あるご両親がいる可能性は……」
「正直低いですね。これはあなた方に非はありませんが、男子禁制のつもりで入れた学園で恋人を作って愛娘が帰って来るというのは、私たちが思う以上に受け入れがたいと思います」
ならもういっそ禁止にしてほしい。
正直結ばれたところで出口が駆け落ちくらいしかないように聞こえてくる。
そんな修羅場をわざわざ突き進みたくはない。
けどだ、その話を聞いた上で、鶴屋先生は僕に夜空谷さんと良い関係になれと言った。
それはどういうことなんだろう?
お前なら凄い男になれるはずだ! みたいに背中を押してくれてるとか?
自分で言うのもあれだけど、過大評価なのでそこは改めて欲しいと思ってしまう。
「それを聞いちゃうと僕は夜空谷さんと別れたほうが良い気がしてくるんですけど……」
「そこは空森さんにお任せすると言った通りです。出口の条件は提示しました。それを聞いてどうするかはあなた次第です。ですが、夜空谷さんを含めてあなた方が本気であるならば、私としてはぜひとも二人には良い関係を続けて欲しいと思います」
「同じことを聞くんですけど……どうしてです?」
鶴屋先生は言葉に迷った顔で、ちょっとだけ僕から目を逸らした。
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