第4話 市子

 高校生のとき、僕は一人の少女と知り合った。一年生のとき同級で、名前を藤村市子といった。心持ち、首吊りの木の下で会った彼女と似ているような気がしたが、実際彼女とは遠い親戚関係にあったということが、後になって判明する。

 僕たちは理由もなく一緒にいた。年頃の男女がいつも一緒にいるのだから、何か特別なことがあったのだろうと、汚らわしい妄想をする人もいるだろうが、市子とは呆れるほど何もなかった。ただ本を読んだり、勉強を教え合ったりするだけで、色っぽいことは何もなかった。学年が変わってクラスが別になってからも、休み時間や放課後はなんとなく一緒にいた。彼女を好きだったというよりは、他に話したい相手がいなかったから仕方なくつるんでいたというだけだ。学校の連中は皆乱暴過ぎるか意地悪で話にならないし、家に帰っても母親との退屈な時間が待っているだけだ。そういうわけで、市子の隣の他に、僕に居場所はなかった。

 別にデートというわけではないが、2人でバスを乗り継ぎ、近くの街まで行って、映画を観たり、遊園地やカフェでぼんやり時間を潰したこともある。それだけ二人きりで過ごす機会が多くあったのに、不思議とロマンチックな気持ちになることはなかった。

 夕日に照らされた市子の横顔を見てきれいだなと思う瞬間はあっても、それは恋ではなかった。花や芸術品を見て感動するのと同じで、僕は市子をあくまで鑑賞の対象としてだけ見ていた。あるときは友人、あるときは美術品。女や恋人として見たことは一度もなかった。

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