第2話 首吊りの木

 僕は自分の幼少期の写真を一度だけ見たことがある。その真っ黒な瞳には、一片の光も見いだすことができなかった。ただ黒い黒い、瞳。陳腐な表現だが、本当の僕はとうの昔に死んでいるのかもしれなかった。心なしか顔色も悪いように見える。そう、僕はもう死んでいるのかもしれない。

 ある風のない薄曇りの日、僕は小川の方へ散歩に出かけた。ただ歩くという何でもない行為も、僕を憂鬱にさせるのには十分だった。川の上流の方まで歩いていって、森の中を通り、牧場の周りを一周してから、もとの場所へと戻っていく。代わり映えのしない日々のルーティンほど僕を苛立たせるものはなかった。

 年老いた母との会話に退屈し、行く当てもなく家の近所を歩き回り、また家に戻ってくる。少なくとも、僕はそんなことのために生まれてきたのではない。わかっていても、他にやりたいこと、やるべきことがあるわけでもないのだが。気が付けば死ぬことばかり考えている。

 僕だって好きで生まれてきたわけじゃない。もし自分で運命を選べるなら、僕は絶対に生まれてくることを選ばなかった。僕はずっと無でありたかった。何も存在しない無で。

 

 牧場を過ぎ、またいつもの分かれ道に差し掛かる。左に行けば、Uターンして、再び僕の家に戻っていく道、まっすぐ行けば村の外に出る。その村を出る手前の、寂しげな緑の丘の上に、一本の枯れ木がある。人々はこの木を首吊りの木と呼んでいる。かつて、農民一揆に参加した者たちを吊るし首にするのに使った、首吊りの木。

 そのひょろひょろした細い幹や枝を見る限り、この木に人なんて吊るせそうにないが、僕はここを通る度に、何か血なまぐさいものを感じずにはいられなかった。

 残酷な処刑のあと、その死骸を狙ってカラスたちが集まってくる夕暮れ。人々はその光景を見てどう感じただろうか。殺された人にだって、家族がいただろうに...


 今から話すのは、この木をめぐる縁起でもない物語のうちの一つである。それは僕の初恋とも少し関係しているのだが、別に僕のことなどしばらく忘れていてくれて構わない。

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