首吊りの木
紫野晶子
第1話 僕のこと
僕はずっと独りだった。人と話すのが、人と関わるのが、怖くて、面倒だった。
時折、こうやって一人で文章を書いていることすら、わずらわしく感じられてしまうほど、自分の感情を表に出すのが苦手だった。それでも、書かないと、僕は死んでしまう。僕は、孤独が怖い。人間嫌いのくせに、孤独に押しつぶされそうで、いつも怯えている。
美しい歌も、自然も、音楽も、僕の虚ろな心を慰めてくれることはなかった。本を読んでいても、散歩をしても、仲間と戯れていても、楽しいとは思えない。
僕の足の付け根の、もっとも感じやすい部分に、誰かの手が触れる。これから始まる快楽に期待を寄せつつも、僕はその手を払いのけた。
生まれもった極端な潔癖さが、僕の全ての不幸の源だったのかもしれない。僕は女を愛せなかった。そればかりか、僕は母を憎んでいた。母はできのいい兄と、愛嬌のある妹しか愛さず、影の薄い僕のことなど顧みようともしなかった。
僕は妹のことも憎んでいた。妹は母を愛し、母によく似た上の兄のことは慕っていたが、愛想がなく、風采の上がらない僕のことは完全に無視していた。僕は僕で、母の無教養を嘲笑い、妹の軽薄さを小馬鹿にし、妬んでいた。
僕は同性の友人たちも好きではなかった。優しく情けをかけているふりをしながら、腹のうちでは僕を見下している。結局、僕が愛せるのは、自分自身と、芸術だけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます