首吊りの木

紫野晶子

第1話 僕のこと

 僕はずっと独りだった。人と話すのが、人と関わるのが、怖くて、面倒だった。

 時折、こうやって一人で文章を書いていることすら、わずらわしく感じられてしまうほど、自分の感情を表に出すのが苦手だった。それでも、書かないと、僕は死んでしまう。僕は、孤独が怖い。人間嫌いのくせに、孤独に押しつぶされそうで、いつも怯えている。

 美しい歌も、自然も、音楽も、僕の虚ろな心を慰めてくれることはなかった。本を読んでいても、散歩をしても、仲間と戯れていても、楽しいとは思えない。

 

 僕の足の付け根の、もっとも感じやすい部分に、誰かの手が触れる。これから始まる快楽に期待を寄せつつも、僕はその手を払いのけた。

 生まれもった極端な潔癖さが、僕の全ての不幸の源だったのかもしれない。僕は女を愛せなかった。そればかりか、僕は母を憎んでいた。母はできのいい兄と、愛嬌のある妹しか愛さず、影の薄い僕のことなど顧みようともしなかった。

 僕は妹のことも憎んでいた。妹は母を愛し、母によく似た上の兄のことは慕っていたが、愛想がなく、風采の上がらない僕のことは完全に無視していた。僕は僕で、母の無教養を嘲笑い、妹の軽薄さを小馬鹿にし、妬んでいた。

 僕は同性の友人たちも好きではなかった。優しく情けをかけているふりをしながら、腹のうちでは僕を見下している。結局、僕が愛せるのは、自分自身と、芸術だけだった。

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