第5話 幼馴染と帰り道

「よっ、おつかれ」


私を見つけると、イジっていたスマホをバッグの中に入れて話しかけてくる。


「湊…?湊もチャリ?」


「いや、俺今日電車〜」


「じゃあなんでここにいんのよ、駅は反対側でしょ」


「うん、ひっさびさに幼馴染と帰りたいなって思って」


湊の顔を見ると、ニヤついてるように見えた。...なんかムカつく。


「なにそれ、それで待ち伏せ?」


「んなっ!言い方にトゲがあるなぁ。お前そんなだから高校で友達できないんだぞ」


「.....うるさいなぁ。それに今日1人できたし」


「でも合計2人じゃん。てか誰?」


「...滝川さん、料理部の」


「へーそっか、よかったな。チャリ、後ろ乗せてくれよ」


「え?あたしが漕ぐの?アンタのせて?」


「...ダメ?」


私がイヤそうな顔をすると、湊は見るからにしょぼんとして肩を落とす。

私がこいつの幼馴染じゃなかったらコレに敵わないんだろうなぁ...


「...っ、いやいや普通逆でしょうが」


「えーつれないなぁ...」


「でも結構食べちゃったし、あたし漕ぎたいからアンタ走りなよ」


「2人乗りは?」

「するわけないでしょ、ほらほら行くよ〜!」


湊のカバンを自転車の前カゴに乗っけて自転車を走らせ始める。


「マジかよ俺も結構食ったばっかなんだけど...鬼め」


私に聴こえるようにそう言い放った。





3kmぐらいは湊を走らせただろうか。結構手加減せずに自転車を漕いでいたがさすがはサッカー部期待のホープ、私のペースになんとか喰らいついてきていた。


「ゼェ...ハァ......琴音〜!もうギブ!止まって!」


「あら、もう疲れちゃったの?湊ったら情けなーい」


「いやお前やってみろって、次俺が漕ぐから」


「やだ!か弱い乙女を走らせるつもり?

私後ろに乗るから」



「.....ああ、はいはい。もうそれが1番まるいか」


さすがに可哀想なので湊に自転車を漕がせ、私が後ろに乗ることにした。

湊はこういう時、私がてこでも動かないのを分かってるから余計な問答はしない。いつも湊が先に折れるんだ...


私はスカートが捲れないようにお尻を抑えながら後ろに座る。


「なぁ、最近俺たちあんま喋ってなかったよな」


湊が前を向きながら喋りかけてくる。


「そうかな」

「そうだって。琴音、俺のこと避けてない?」


「...そりゃ避けるよ、私とアンタが一緒にいて幼馴染だって知ったらクラスの女子が黙っちゃいないもん」


「そんなに?」


「そうよ、アンタもうちょっと自覚した方がいいよ。私も面倒ごとに巻き込まれるのはゴメンだし」


「へー、女子の世界も大変なんだね」


「他人事みたいに言うな」


元凶が呑気なコトで.....


「ははっ、.....でも琴音も変わったよな。周りのこととか気にするようになったんだ」


「どういうこと?」


「小学生の頃の琴音って、いつもやんちゃだったじゃん?休み時間は男子に混じってドッジボールしてるし、市のサッカークラブで男子に混じってエースしてるし」


「......」


「中学入ってもサッカー続けてて女子の中じゃエースだし、高校入っても一緒に続けるもんだと思ってた。もうサッカー続ける気はない?」


「.......うん、サッカーはもういいかなって」


「そっか...」


しばらく沈黙が流れる。人の漕ぐ自転車で夜風に当たるのが気持ちいい。

湊はそれ以上深く言及してこなかった。


自転車が進むごとに市街地の灯りから遠ざかっていき、薄暗い水田の奥にポツンと建っている一軒家が辺りの光源となる。

夏を前にして繁殖期を迎える蛙やスズムシの音が心地よく感じる。

車通りが少ない道に設置された信号が赤になり、律儀に自転車を止める。


「....でも今日のリレーの時は、なんか良かった。昔の琴音が帰ってきたみたいだった」


「...へ?」

「ほら、バトン渡す時さ!こう...“オレを信じろ!”って目をしてて、、、あの時、なんか頼もしい感じがした」


「私“オレ”なんて言わないし」


「いや、そんくらいエゴ剥き出しにしてたってこと!比喩表現!」


「ふふっ、湊“比喩”なんて言葉使えたんだ」


「あのさぁ...まいいや。で、どうすんの?陸上」


「あぁ〜...」


「すげぇ人なんだろ?あの紅林って人。リレーアンカーでぶっちぎってたし」


「うん、見てた。校内一足が速いらしいよ。なんか漫画の主人公みたいだった」


「分かるわそれ。でもさ、主人公に誘われたんなら断る選択肢なくね?」


湊はイタズラっぽく笑みを浮かべてこっちを見てくる。


「まぁ...確かに...」


「ほんとは琴音にサッカー続けててほしいけどさ、今日思ったんだ。やっぱり走ってる時の琴音はカッコいいなって」


「だから、とりあえず陸上やってみれば?」


「...........」


私が陸上部に入ったとして、果たして紅林先輩みたいになれるのだろうか...

2年後、あの人より足が速くなってるビジョンが浮かばない。


まぁでも、“とりあえず”か.....

久しぶりに走るのが楽しかったあの感覚を、“とりあえず”陸上部に入ればもう1度味わえるのかもしれない。



「うん、そうだね。合わなかったらやめればいいんだもんね。私決めたよ、陸上、やってみる」


「へへっ、そうこなくちゃ!琴音はウジウジ考えてるより突っ走る方が似合ってるって!」


「え〜!それって褒め言葉?」


「もちろん!めっちゃ褒めてる褒めてる!さぁそうと決まったら琴音、家までランニングするぞ、俺チャリ漕いでっから!」


「はぁ!?ちょっと急に決めないでよ!やだ私もう疲れた限界足動かなーい!」


湊が肩を掴んで私を自転車から下ろそうとしてくるので、抵抗して湊の腰に両手で巻きつく。


「ちょちょちょやめろって!チャリ倒れるって!」


「アンタが先に下ろそうとしたんでしょ。ってかそれ私の自転車だし!」


そんなやりとりをしていたら信号が青に変わる。2人とも姿勢を直して結局湊が漕いで私が後ろに乗ったまま横断歩道を横切っていく。





そして2人の家の前に着いた。このザ・幼馴染といった感じに並んだ二軒の一軒家は親の顔より見た気がする。


「ふぅ、とうちゃーく」

「はい、運転お疲れ様〜」

「おうよ、こっちも電車代浮いて助かったわ。それじゃあバイバイおやすみー」

「うん、おやすみ」



「あ、湊....!」

「ん?どうした?」



「その、、、心配してくれてありがと」


「.....!おう。じゃ、おやすみ」

「おやすみ」


——陸上部に入部するって決めたら、すこし心が軽くなった気がする。


その夜は疲れと満足感でぐっすり眠れた。

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