第3話 運動会③ 先輩の走り
「よかったら、私と一緒に陸上やらない?」
「へ...?」
ずいぶん間の抜けた声を出してしまった。
「私は3年、女子陸上部キャプテンの
「えっと...望月琴音です....今は帰宅部です」
「へぇ〜望月さんね!部活入ってないならちょうどよかった!陸上部おいでよ!」
「いや、えーっと、そのー....」
なんとなく断る理由を探してるけどうまく言葉が出てこない。なんで急にサッカー、やる気無くなっちゃったんだっけ。私がシュートを外したせいで負けたから?
...確かにそれもあるけど、ちょっと違うような気もする。
「ちょうどいいじゃん。琴音、サッカーはもうやらないんだろ?」
隣で寝転んでいた湊が口を出してくる。
「えっ...!うん、まぁ...そのつもりだけど」
「へー!サッカーしてたんだ!それであんな狂暴な走りしてたのね〜、ふむふむなるほど」
「きょ、狂暴!?そんなふうに見えましたか...?」
「うん、いい走りだったよ!ナイスラン!」
そう言って紅林先輩はグッドサインを出す。
狂暴.....か。
確かになりふり構わず全力で走ってたけど周りからはそんなふうに見えてたんだ。
少し恥ずかしい。
「来週さ、見学でもいいからウチの部見ていってよ。入るかどうかはそこから決めればいいからさ」
「あ、はい。そうします...」
まぁ見るだけ見てって合わなそうだったら入部しなきゃいいだけの話だしな・・・と思って陸上部の見学を承諾してしまった。
「ほんと?ありがとね、絶対来てよ!」
「あっ!あと...」
ん?なんだろう...急に紅林先輩が真面目な顔つきになった...瞬間、場の空気が変わったような気がした。
「私のリレー、見ててね。絶対後悔させないから」
そう言い残すと、紅林先輩は颯爽と去っていき、私は怪我した花蓮ちゃんを保健室へ連れていった。
「っつ....!イタッ...!」
「あらら、結構派手にコケたわねぇ」
保健室の先生が傷口を消毒して絆創膏を貼っていく。
見ると左腕、両膝、それと左脛にも血が滴っていた。
「へへ、ちょっと無茶しちゃったかな...」
「花蓮ちゃん、、大丈夫?」
「うん、平気!...それより琴音ちゃん、中学までサッカーやってたんだ。どうしてやめちゃったの?」
「.....正直、自分でもよく分かってなくて。なんか、考えがまとまらないうちに入部届の提出期限過ぎてたっていうか、乗り遅れたっていうか...」
入部届自体は年中いつでも受け付けてるんだけど、一斉提出を過ぎたらまた新しい紙で入部届を書かなきゃいけない...
そこまでして部活に入りたいモチベーションは私にはなかった。
「あはは、なんか琴音ちゃんって変わってるね。マイペースっていうか...二重人格みたいな?」
「えっ!?二重人格!?」
この子は一体急に何を言い出すんだ...!?
「あー、、いやいやイイ意味でね!ほら、普段の琴音ちゃんって、なんかこう...どこか心ここに在らずって感じなのにさっきのリレーは、なんていうか、か、、カッコよかったっていうか...ギャップがさっ!」
「あ、ありがとう...?」
よくわからないけどとりあえずお礼を言っておく。
二重人格...か。
確かにリレーの最中は無我夢中で、走るのがなんだか楽しくて...久しぶりにあの感覚を味わった気がする......
「あ、3年生のリレー、始まった...」
「紅林さん、どこにいるんだろう?」
「あら、紅林さんならアンカーじゃない?
あの娘、この高校で1番足速いのよ!男子も含めてね。去年も一昨年もアンカー走ってたわ」
「え!?そうだったんですか?」
「もしかして琴音、スゴい人に認められちゃった?」
「そ、そうなのかなぁ...」
紅林先輩、学校一足が速いなんて、、、
陸上部のキャプテンって言ってたよね、そんな人に勧誘されるなんて私ってもしかして...
いや、ないない。きっとなにか別の理由があるんだ。たぶん、部員全体の記録が伸び悩んでるから、ド素人の私を入れて「下を見て安心させよう!」みたいな...
「あ!ねぇ紅林さん走るよっ!どんな走りするんだろうね」
紅林先輩が位置に着く。1位と10m差、2位と7m差といったところか...
さあバトンパス、スムーズに行くかな、、、
紅林先輩は、長めの助走をつけてバトンを受け取る。
受け取った直後、カーブで急加速!
曲がり切る速さに私も花蓮ちゃんも声をあげて驚く。
カーブを曲がり切った直後、トップスピードを維持して直線を駆け抜けていく。他の走者との走りの差は歴然だった。
5人中3位でバトンを受け取ったにもかかわらず、あっという間に直線で2位.....いや1位へ!
体幹がブレない綺麗なフォーム。全くムダのない走りに、一緒にいた花蓮ちゃんも口をぽかんと開けて見惚れてる。ラストカーブもインを抉るように曲がり切って1位でフィニッシュ。
———これは、規格外だ———
他のアンカーは全員男子、しかも高3で伸び盛り。そんな彼らを圧倒的な走力でねじ伏せた紅林蘭という女...
この約30秒にどれほどの技術が詰まっていただろうか。
きっと私には想像できない努力や細かい処理が、あの走りを作り上げたんだ——
まるでテレビの向こう側にいる芸能人でも見ているかのような、そんな自分とは別世界の
人間を見ている気分だった。
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