第20話 英雄王の棺

45代目の王の道に選んだ俺は、狭い通路を進んでいく。


ほどなくして到着する、一本の長い通路。俺が通路に出るなり、突然通路の壁に一定間隔で設置された燭台が青い炎をともしてひかり始める。


照らされた長い通路の先、おおよそ50mくらいの距離に、さっきまでの王の棺と同じものが見えた。多分あれが45代目の王の棺だ。


しかし、それにしてもこの通路はなんだ。陥没している床があったり、局所的に壁に刺さっている鉄の太い針。さらに奥には天井からぶら下がっているギロチンの刃のようなものまで見える。


まさかこれ全部罠か?


俺は通路を進みながら、壁に刺さった杭や、陥没している床、そして天井からぶらさがるギロチンを観察した。


杭が刺さっているのは左側の壁で、反対の右の壁には杭が発射されたであろう穴がいくつもあった。


陥没している床は、陥没しているところとそうでないところで別れていて、陥没しているところをのぞき込むと、深さはそこまでないが、下に鋭い針山があるのが見えた。


天上から鎖でつるされているギロチンはすでにびくとも動いていない。


どれもこれも、既に動作しているようだ。


全てリーシャの親父が通過したのだろうか…。


俺は棺のところまで行き、その棺に英雄王の名前が刻印されているのを確認した。


とりあえず安全そうだし、みんなを呼ぼう。


俺は一度戻って皆を呼んできた。





「英雄王とか言ってる割に棺は他のと同じ地味なやつなのねぇ~。」


リーシャが棺を見て言った。


「あははっ…確かに地味だけど…。けどやっぱりオーラが違うよ。」


ジュリアスが笑って言う。


「オーラねぇ…。」


「それにほら、よく見たら他のより一回り大きくない?」


「さぁ…、そうかしら…。」


5人揃ったところで、俺は棺の蓋を開ける前にリーシャに尋ねた。


「ちょっと聞いてもいいかリーシャ。確認するけど、お前の親父さんって、聖王剣オベイロンを手に入れる事はできなかったんだよな?」


「そう言ってたわ。」


「それで、お前の親父さんは棺まで辿り着けなかったから手に入れる事ができなかったのか、それとも剣がなかったから手に入れる事ができなかったのか…、そのどっちなのか分からないか?」


「そうねぇ~…、お父さんは病気で寝たきりになってからもずっと罠をどうするかって話をしていたから、多分棺まで辿り着いてないと思うわ。」


「そうか…。ありがとうリーシャ。」


どういう事だ。という事はリーシャの父親はこの棺まで辿り着いていないのか?だがどうしてここのトラップは全て止まっているんだろうか。


誰かが来た事は確実なはずなんだが。


もしかしてここじゃなくて他の英雄王の棺だったのか…。


しかし、他の可能性を考える前にとりあえずこの棺を開けてしまえば分かるはずだ。もしここに剣がなければ、他の英雄王の墓を見に行こう。


と、その前に。


「なぁジュリアス。一応念のため確認するけど、これ開けてもいいよな?」


「本当は祖先の墓を荒らす事になるからダメって言いたいところだけど、カンブリアの平和のため、ひいては世界の平和のため、今回だけは仕方がない。」


「悪いなジュリアス…。」


ジュリアスには申し訳ないが、お前の遠い遠い爺さんの墓を荒らさせてもらうぜ。


「アリス聞いたか、さっそく開けよう…ぜ…。」


俺はアリスの方を見たが、相変わらずアリスはどこか上の空だ。ていうか、念願の遺物がもうこの中にあるかもしれないというのに、なんてざまだ。


「アニー、リーシャ。悪いが手伝ってくれ。」


俺はアリスを放っておいて、アニーとリーシャに手伝いを頼んだ。


「せーのっ…!」


俺の合図で一気に蓋を奥に押した。


重たい蓋がじりじりと擦れながら奥に押し込まれていき、最終的に蓋は奥にドスンという音を立てて落ちた。


いよいよ棺の中身とご対面だ。


俺は恐る恐る中を覗いた。



そこにあったのは、包帯で巻かれた英雄王ディスパーのものと思われる遺体。それだけだった。



少し期待していただけに、ショックが多きい。だが、これは想定できなかった事ではない。なにしろ手がかりはリーシャからの又聞の情報だけなのだから、元々確実性なんてものはないんだ。


という事は俺の推測は外れていて、誰かがわざわざ他の英雄王の棺に入れたという事が一つ考えられる。


それかあるいは、そもそもリーシャの言っていた英雄王と剣は共に眠るという言葉自体が勘違いや聞き間違い又は別の意味という可能性もある。最悪なのはその言葉が勘違いや聞き間違いだった場合だ。その場合剣は今も川に沈んでいるか、それか全く別の知らない場所にあるかだ。


「はぁ…。」


俺は深いため息をついて、棺に手を当てた。


「どうやらここには無かったみたいだね…。しかしおかしいなぁ…、棺に遺品が一つもないなんて…。まさか入れ忘れたなんてことはあり得ないだろうし…。」


ジュリアスが言った。


「どういうことだ?」


「ああ、えっと…、僕らデザートケットシーが亡くなったときはね、必ずその亡くなった人が生前に大切にしていたものを遺品として一緒に埋葬するんだ。それは王だけじゃなくて全ての人が行う昔からのしきたりなんだ。」


「じゃあ、ここに遺品が一つもないのはおかしいのか?」


「僕から言わせてもらえば異常な事だね。なにしろ王、それも英雄王の棺なんだ。それなのに遺品を入れないなんて、どう考えてもおかしい。」


デザートケットシーの葬式の慣習か…。確かに、そんな慣習を王の葬儀で蔑ろにするような事はあり得ないな。


しかし、そうだとすると、遺品はどうしてここにない。妙だな…。


「包帯と一緒に遺品もくるまれているって事はあるのか?」


「いいや、それはないはず。遺品を棺に入れるのは葬式の時に王の息子か娘のどちらかが入れるんだが、葬式が行われるのは遺体の保存処置が行われた後だから、遺品が遺体と共に包帯に包まれるという事はないはずさ。」


「そうか…。」


ん?


俺は視線を棺の中にやったとき、偶然棺の中にある不自然な傷に気がついた。


なんだこれ…、何かがこすれたような跡が一か所に集中してたくさんある…。


棺をぐるっと見直すと、もう一つ似たような傷があった。


さらにそのほかにもう二つ…。


棺の内側にあった傷は計4つ。遺体の頭上のところに一つと、遺体の股下の足下に一つ。そして遺体のちょうど両肩のところに二つ。


「この傷は…。」


俺はその時、一瞬十字架の形を思い浮かべた。傷はちょうど十字架のように、それぞれ対角線上にある。十字架みたいなものをここに入れて、この棺を運んだら、ちょうどこんな風に傷がつくんじゃないのか…。


こんな重たい棺だ。神殿には階段もあるし、人の手で運ばれているはずだ。という事は揺らさないで運ぶ事は無理なはず。


まてよ、十字架っていうか、剣か…?ん?


剣先と剣の柄頭、鍔。棺にギリギリ入るような大きな剣がここにあったとすれば、こんな風に傷がついてもおかしくない。


よく見ると棺のサイズも心なしか通路にあったものよりデカい。


確か、聖王剣オベイロンのサイズは2mって書いてあったはず。それに対してこの棺は遺体のサイズよりもかなりデカく、2mは絶対にある。


俺は念の為大体身長と同じだと言われている両手を広げ、棺のサイズを図った。当然のことながら俺の両手の長さより大きいし、まだあと腕一本いけるかいけないかくらいある。


という事はこの棺に聖王剣オベイロンは結構ジャストで入る。2mの剣なんてそうそうない、きっと聖王剣オベイロンだろう。


確かに遺品としてこの棺に聖王剣オベイロンは入れられていた。


だが、何者かによって持ち去られた。その可能が高い。


だが一体誰が…。


「なぁジュリアス。この神殿に入れるのって神官って連中だけなんだろ?そいつらは普段ここへ入ったりするのか?」


「いやぁ~、僕も彼らの事はあまり知らないから断言はできないけど、神官の人たちも王様が死んだ時以外はこの神殿に入らないはずさ。」


だとするリーシャの親父さんか?だけどリーシャの話だと剣を見つける事は出来ずに病気で亡くなったって…。


「ここに遺物はあったはずだ…。」


「なんだって…!?」


「おそらくここにあった遺物を、誰かが持ち出した…。」


「持ち出したって…、一体誰が…。」


「分からない…。」


駄目だ。聖王剣オベイロンがここにあった事は間違いないのに、誰がどこに持っていたのかが分からない。


持ち去った人物の痕跡もないし、これじゃあ振り出しに戻ったも同然じゃないか…。


「なぁリーシャ。お前の親父さんが亡くなったのはいつだ?」


「お父さんが死んだのは3年前よ。」


「3年前…。」


3年前はまだここにあって、その後誰かが持ち去った可能性が高いな…。


「あれ、アニーがいないわよ?」


「…?」


リーシャがアニーがいないというので、俺は辺りを見回す。確かにアニーがいない。


「本当だ。あいつどこ行った…。」


「そういえば棺を開けてからずっとウロチョロしてたわね。」


「はぁ、何をやってんだあいつは…。迷子になられても困るから探しにいこう。」


俺たちは一度ディスパー王の墓から出て、歴代の王の棺がある通路まで来た。


「あいつ本当にどこいったんだよ…。」


「にゃああああああああああああああああ!!!!」


!?


アニーの悲鳴だ。最初に来た猫の像がある広間の方から聞こえた。


俺たちは急いで広間の方に向かった。

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