第19話 神殿内部へ
デザートケットシーの王子ジュリアスは部下と共に、俺たち4人を神殿の下を通る下水道まで案内してくれた。
ジュリアスいわく、神殿の中にはデザートケットシーの歴代の王の遺体が保管されているらしく、神殿に入れるのは代々神に仕える神官と呼ばれる人だけらしい。それ以外の人間が入ると、たとえそれが王であっても罰せられるという。
そういうわけだから当然ジュリアスも中に入った事はなく、実際にどういう構造をしているか全く分からないようだ。
「見張りは僕の手下に任せておくから、僕ら5人で神殿の中を調査しよう。」
「しかし本当にいいのか?こんなか入ったらたとえ王族であっても重罪なんだろ?」
「ははっ、気にしなくていいさ。僕はもう君たちを脱獄させてるんだ。今更他の罪を重ねるくらいどうってことないさ。」
ジュリアスは笑ってそう言う。
ジュリアスが用意してくれたランタンを持ち、俺、アリス、リーシャ、アニー、ジュリアスの5人は下水道の奥に進んでいく。
湿気が凄いし、とにかく臭い。
そんな下水道をちょっと歩いて進むと、どう考えてもここからリーシャの親父さんが毎回侵入してただろって感じの、不自然に開けられた壁の穴があった。
俺はその壁の穴を除く。
穴は上に続いていて、その先に広い空間がある事が分かる。多分この穴を通れば神殿だ。
「よし、多分この穴を進めば神殿だ。俺が持ち上げるから、順番に上に上がってくれ。とりあえずアニー、お前が一番最初だ。」
「えぇー?なんでミーなの。」
だって、お前が一番軽そうだし…。
「やだやだやだ、ミーが最初はやだ!」
「んだよもぅ…。」
多分こいつの事だ。上が暗いし、どうなってるか分からないから一番最初はいやなんだろう。
「しゃーねぇなぁ…、じゃあ…。」
俺はアニーを諦めて、他の3人の中で一番軽そうなやつに視線を送った。
「リーシャ、お前が一番最初に行ってくれ。」
「え?私、まぁいいけど。」
リーシャそう言って素直に俺の前に来た。
俺はリーシャにランタンを渡す。
「じゃあ俺の手に足を乗せて上がってくれ。」
俺は両手を前に出して、リーシャに上るように言う。リーシャは俺の両手に足を乗せ、穴を登っていく。
「もうちょっと上げられない?」
俺はリーシャの声をきいて、足をくっと押し上げた。するとリーシャは俺の肩に足を乗せて上に登っていく。
「よいしょっ…と…。おっけー上がれたわよー。」
リーシャの声が聞こえる。
「なぁ、上はどうなってる?」
「うーん…。別になにもないみたいだけど…。」
リーシャの声を聞いてから、俺は次にアニーを登らせた。上るときに俺の肩じゃなくて頭を踏みつけて行った事はまぁ許してやろう。
「次はアリス、お前だ。」
俺はアリスに声をかける。しかし反応がない。
「アリス…?」
「っ…!?」
アリスは突然はっとしたように俺の前にやって来る。
「どうしたんだ?」
「少し考え事をしていただけだ、気にするな。」
「そか。」
俺は何も気にしないでアリスも上にあげた。
最後にジュリアスを上にあげ、そして俺は助走をつけてジャンプし、ジュリアスの手を掴み、ジュリアスとアリスの二人に引っ張り上げてもらった。
上に上がると、リーシャの言っていた通り何の変哲もないワンルームくらいの空間が広がっていた。とくになにかある訳ではなく、あるのは壁だけ。
「ここはなんなんだ…。なぁリーシャ、お前の親父さんがここの部屋の話してなかったか?」
「う~ん…、聞いたことないかも…。けど、神殿の中に巨大な猫の像がある広間があるって言ってたから、多分ここより先には進んでると思うんだけど。」
「そうか…。」
リーシャの親父さんは神殿のもっと奥に進んでいる。だけどこの部屋には先に進めるようなところはない。一面壁だ。
もしかして、親父さんは下水道をもっと先に進んだところから入っていたのか?だが、あれより先は歩いて行ける場所はないし、下水道の水の流れは進めば進むほど強くなっているから、あれより先だと泳いで先に進む事もできないだろうし…。
リーシャの親父さんはどうやってこの先に進んだんだ?
「ふぁ~…、なんだか眠くなってきた~…。」
アニーが眠そうにあくびをして、壁にもたれかかったその時だった。
ガチャッン、ズズズズズ…。
「にゃっ…!!?」
突然アニーがもたれかかった壁が上に上がっていく。壁が上に上がりきると、長い通路が現れた。
「ちょっと、一体何がおきたのよ…?」
「な、なんか壁にもたれたら勝手に…。」
通路をランタンで照らすと、ずっと通路の先に上に上がる階段があった。
「みんな、先に進んでみよう。」
俺が先頭で進み、その後に4人が続く。
階段を登り、上に行くと、とても広い空間に出た。よく見ると巨大な猫の像もある。どうやらここがさっきリーシャが言ってたところだろう。
猫の像の後ろには奇天烈な装飾が施された扉が一つと、その反対側に上に続く階段と、大きな扉が一つ。
「こっちは開かないみたいだ!」
ジュリアスは階段の上にある大きな扉を調べて叫んだ。
俺はジュリアスが調べた扉とは反対の扉の近くまで行き、調べた。
扉をよく見ると、扉の縁のところに「王の墓」という言葉が扉をぐるっと一周する感じでいくつも刻まれていた。
俺は扉を開けて中に入る。するとそこには、何百という数の石の棺が、長い長い通路に一定の間隔で置かれていた。
一番手前の右の棺には、初代―王キャトラン。と書かれていて、左側の棺には2代、そしてその奥に進むと右から3代、4代と続いていた。
「みんな来てくれ!」
俺はみんなを呼んだ。
「ジュリアスはこの棺を見た事あるのか?」
「ああ。僕の祖父を埋葬するときに、保存処置を施された父の遺体と遺品を入れる作業は王族の僕たちがやったからね。もっとも、棺を神殿の中に入れるのは神官がやっていたから、この場所を見るのは初めてだけど。」
ジュリアスは一つ一つの棺を見ながら名前を確認していく。
「僕も王の名前を全て把握しているわけではないが、知っている名前もある…おそらくこのまま進んでいけば僕の祖父の棺もあるはずだ。」
俺たちは棺を一つ一つ確認しながら先に進んで行く。
ずっと等間隔で並んでいた棺だったが、なぜか所々棺がないところがある。
ないのは第20代、31、38、45の4つの棺。
第80まで進んだところで、再び扉が現れた。ちなみに第78が王が入っている最後の棺で、今から50年前の日付が書かれていた。その後の第79と、第80は空で、その先に棺を置くスペースはなく、ちょうど扉があるだけだった。
扉には、”英雄王が眠る”と書かれていた。
「英雄王が眠る…。意味分かるか?」
俺はジュリアスに尋ねた。
「英雄王、デザートケットシーの王国のため、人間の侵略からこの国を救った王たちの事だ。」
「なるほど…。もしかして、その英雄王ってのはさっき棺がなかった王たちか?」
「そうだね。僕が見間違えてなければそのはずさ…。しかし驚いたよ、君は古代ケットシーの象形文字を読めるのかい?」
「まぁ、一応…。」
「すごいな…。こんなもの読める人間なんてこの国では神官の人たちだけだよ…。」
「…。」
ジュリアスは俺を褒めた。なんだかちょっぴり嬉しい。
「あー!」
突然リーシャが大声を出した。
「なんだよ…。」
「そう言えばお父さん、英雄王と剣がどーたらって話してたわ!」
「何?本当か?」
「ええ。え~と…、多分だけど、英雄王と剣は共に眠るとかなんとかわけわかんない事を家で…。」
「英雄王と剣は共に眠るか…。」
「それからね~…、こんなことも言ってたはず、英雄王の墓を守るトラップがどうのこうの、とか…。」
なるほど。リーシャの親父さんはこの先にある英雄王の墓まではたどり着いていたわけだ。
しかしトラップがあるというのが気になるな。これの扉の先からは注意した方がいいかもしれない。
「しっかし、父と僕の分で棺を置くスペースがもうないなんてね…。こりゃあ僕が王になったら子供のために新しい神殿を作らなきゃなぁ~…。」
ジュリアスは笑顔でそう言った。
「もしかしてあんたの代で国が滅びたりしてね~…。」
リーシャがジュリアスに向かって言った。
「おい、リーシャ、それはあんまりだろ…。」
「はははっ、もしかして本当にそうなったりして。」
ジュリアスは笑ってリーシャの冗談を流した。だが、言った直後、ジュリアスは地面に手をついてぶつぶつ言い始めた。
「そんな…、僕のせいで国が滅びるっていうのか…、でも未来は不確かなものだし…、だけど不確かということはそういう未来もまた起こり得るという事で…、え、けど僕で滅びるって、僕が何をするっていうんだ…、もしかして、僕には王の器はないのか…だけどだけど、僕は毎日3時間は政治の勉強をしているし…、父上も僕の事を認めてくれてるし…、いや、この僕のおごりが滅亡の原因になるのか…、あり得る、そうだとしたら僕は…。」
そんなジュリアスの様子を見てリーシャが言った。
「ちょ、ちょっとなにぶつぶつ言ってるのよ気持ち悪い。」
「お前が変な事言ったからだぞ!」
「知らないわよ、こいつが勝手に自爆しただけじゃない。」
「…ったく…。」
俺はぶつぶつ自虐しているジュリアスの肩を叩き、気にしすぎだと言った。するとすぐに立ち直り、あっという間に元気になってしまった。
「だよね!いや~心配したよ!てっきり僕のせいで2000年続いた王国が滅びるのかと思っちゃったよ!あ、そんなことよりも、英雄王の墓を早く調べてみようよ!」
ジュリアスが元気になったところで、俺は英雄王が眠っているという部屋の扉を開けた。
中に広がるのは、5つに分岐した道。道の上には数字が書いてあり、左から数字が小さい順で並んでいて、一番右だけ番号がなく、道が塞がれていた。
おそらくそれぞれの道の先に英雄王の棺があるのだろう。だが、みたところ結構細くて入り組んだ道になっている。リーシャの親父さんいわく道にはトラップがあるみたいだし、適当に進むのはまずい。
「なぁアリス、第一次殉教軍遠征で第4軍のリリオンが負けたリレーの戦いがあったのは何年か分かるか?」
「…。」
俺はアリスに質問したが、返事がない。
「アリス、聞いてるか?」
「あっ…、すまない。で、なんだ?」
なんかさっきからぼーっとしてるなこいつ。何かあったのか…?
俺はもう一度、アリスに同じ事聞いた。
「確か紀元667年の6月だ。」
俺はアリスからそれを聞いて、続けてジュリアスに質問した。
「ジュリアス、紀元667年の時のこの国の王は誰か分かるか?」
「667年…。第一殉教軍遠征の時なら、第45代目、英雄王の一人、ディスパー王だと思う。」
俺の予想が正しければ、リーシャの親父はこの45代目の王の道に進んだはずだ。
リーシャの親父は俺たちが手帳でここまでの手がかりを掴んだように、どこかで聖王剣オベイロンの所在についての手がかりを掴み、ここまでやってきた。
そして、何かは分からないが、ここに聖王剣オベイロンがあると確証を得たのだろう。その確証があったからこそ、リーシャの親父はこの神殿に何度も何度も訪れていたに違いない。
リーシャの父が言っていたという、英雄王と剣は共に眠るという言葉。これはおそらく英雄王の遺体と聖王剣オベイロンは一緒に棺に入っているという意味だ。そして聖王剣オベイロンがリレー川でなくなったのが紀元667年。
だから紀元667年の王ディスパ―以前の王がこれを入手する事はできない。それ以前の王の棺に入っているとしたら後から棺を開けて入れるしかないが、遺品を入れるためだけに棺を何十年も後に開けるなんて流石にあり得ないだろう。
リレー川で第4軍を打ち破ったときに、デザートケットシーの兵士の誰かが、沈没する前のロイが乗っていた船から剣を拾い、それを戦利品として王に献上した。そして王の遺族がその剣を遺品として棺に入れた。
単なる仮説だが、きっとそんなところだろう。
「この道は狭いし、何があるか分からない。もしかするとトラップがある可能性もあるし、その場合大人数だと身動きがとれなくなるかもしれない。だから俺が最初に行って少し奥を確認してくるからみんな待っててくれ。」
俺はみんなに待つように言って、45と書かれた細い道に向かって歩き出した。するとなぜかアリスがついてくる。
「おい、アリス。」
俺は振り返ってアリスを止めた。
「…ん?なんだ、先に進むんじゃないのか?」
「…。」
アリスのやつさっきからぼーっとしてて人の話全く聞いてないな…。
「お前はここで待っとけ。俺が先を確認してくるから。」
「なぜだ?私も一緒に行くぞ!」
アリスはぐっと俺に近寄ってそう言った。
「あのなぁ、もう一回言うけど、この先は狭くてトラップもあるかもしれないから、何人もいるとかえって身動きがとりずらくなるから待っといてくれないか?」
「そうか…。いや、でもやっぱりお前一人だと危険だから私も行くぞ!」
???何を言っとるんだこいつは…。
「あのなぁ、俺はこういうの慣れてるから大丈夫だって。」
「だけど…!」
「だけどじゃなーい!俺は大丈夫。それにな、今のボケっとしてるお前が来たら逆に危ないから来ないでくれ。」
「…分かった…。」
「分かればよろしい。じゃ、行ってくるからみんな待っててくれ。」
俺はどこかおかしいアリスをなんとかその場で待機させて、45の道を進んで行った。
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