第18話 王子

俺たちが捕まったのはデザートケットシーの騎兵隊。


100年に一度出現するデザートホエールを討伐するために派遣された3000人の部隊に俺たちは運悪く捕まったようだ。


手を縛られてラクダに乗せられ4日間砂漠を進み、デザートケットシーの国の首都ファルーに連行された。リレー川の中流に位置する都市。巨大な神殿がリレー川を覆いかぶさるようにそびえたち、そこを中心に街が広がっている。


ここはどこを見ても亜人しかいない。それもデザートケットシーばかり。人間やほかの亜人の姿はほとんど見当たらない。


俺たちはファルーにある監獄に運ばれ、そこに収監された。


監獄には俺たちの他にデザートケットシー以外にも、様々な亜人の囚人の姿があったが、人間はだれ一人もいなかった。


俺とアリスとリーシャは、なぜか厳重な牢にまとめて入れられ、アニーだけは途中で他の牢に連れていかれた。


「なんでこうなるのよー!」


リーシャが鉄格子を掴んで廊下に叫んだ。


「静かにしろよ、騒いだってなにも起きないぞ…。」


「あんたね、どうしてそんな冷静でいられるわけ?捕まったのよ亜人に!もう私たちおしまいよー!!」


「あのなぁ、捕まったからって、別に死ぬと決まったわけじゃないだろ。きっとそのうちオストニアに強制送還してくれるって…。」


俺はこの時楽観的に考えていた。いや、本当は嫌な予感がしていたが、それを誤魔化していただけなのかもしれない。


「史郎、それは違う。リーシャの言う通り、このままだと私たちはおしまいだ。」


アリスが言う。


「え?だって、別に俺たち何も犯罪とかやったわけではないじゃん。」


「いや、特別通行許可証なしで亜人の国に侵入した人間は全員死刑だ。」


おっふ。


「だぁぁぁぁ誰かぁぁぁ助けてくれーーー!!」


俺はリーシャと同じように鉄格子に摑まって廊下に叫んだ。


まぁ、なんとなく人間が誰もいないのはちょっとおかしいなと思っていたが、そう言う事だったのか。


「なぁアリス、お前の魔法で壁をぶち壊して脱獄しようぜ!」


「それは無理だ。この牢獄全体に魔力無効化の結界が張られている。」


ええ、なんでそんなのあんだよ。


「それに、私は魔法に関しては光の魔法をいくらか使えるだけで実力は冒険者ランクゴールドの魔法使い程度だから、基本的に剣がなければ戦えない。」


「そうだったのか…。」


てっきり、とんでもない魔法をボンボン使えるのかと思ってたが、そういう訳じゃないのか。


くそ、アリスがだめじゃもうだめ…。いやまて、そういえばリーシャはグランドマスターの冒険者とか捕まるときに言ってたよな…。


「そうだよリーシャ、お前グランドマスターの冒険者なんだろ?魔法はだめでも、なんか技とかスキルとかで壁か鉄格子を吹っ飛ばしてくれよ。」


「…。」


リーシャは鉄格子に摑まったまま無言のままだ。


「おい、リーシャ…。」


俺が声をかけようとしたとき、突然リーシャが笑顔で振り返り、言った。


「ごっめーん、実はあれ嘘!」


「は?嘘ってどういう…。」


「だから、グランドマスターの冒険者ってのは嘘。」


俺は一瞬こいつが何を言ってるのか分からなかった。


「う、嘘って、だって特別通行許可証を…。」


「えっと、あれは本物なんだけど、正確には私のものじゃないっていうか…。」


「え?」


「私のお父さんがグランドマスターの冒険者で~、特別通行許可証はお父さんのやつなのよね~…。黙っててごめんなさーい…。」


「はぁ!?」


「ていうか、ぶっちゃけあなた達を送ろうと思ったのは、何かあったときに守ってもらうためっていうか、用心棒っていうか、いざというときに役に立つかなぁと思ったから連れてきた感じなのよねぇ~…あははは…、黙っててごめんなさい…。」


リーシャは悪びれる様子もなく笑っている。


このリーシャという女にまんまと騙された。


「このクソ女~…。」


俺がイライラしているとアリスがそれを止めた。


「落ち着け史郎。ここで彼女に文句を言っても仕方がない。それに、彼女がいなければここまでこれなかったのも事実だ。囚われの身となってしまったが、結果的にここまでこれたのだから、不幸中の幸いというものだ。」


「まぁ…、確かにそれもそうか…。」


アリスの言う通りだ。リーシャがいなければ俺たちは今もあの街に残っていたかもしれない。捕まってしまったが、そのおかげで遺物の近くまでこれたのだから、きっかけを作ってもらったことには感謝しなければ。


「とにかく、今はここを出る方法を考えよう。」


「そうだな…。」


俺たち3人はここからどうやって出るかについて相談した。


だが、よさげな案はなにも思い浮かばない。


「俺たちがここを出れたとして、問題はアニーだよな~…。」


「おそらくアニーは一般の囚人と同じ区画に収容されているはずだ…。」


「ていっても、俺らが通ってきたところはほんの一部だろうし、奥にもっと収容する区画があるとすると探すのは大変だよな…。」


なんとかしてアニーを見つけたとしよう。だがそこから出口まで行く方法がない。警備のやつらはたくさんいるし、それに加えて魔法もなし、武器もなしだと、アリスとアニーがいても警備の連中と戦えない。


いくら考えてもだめだ。もしかして、俺たちはここで終わりか?聖王剣オベイロンを拝めずに死ぬというのか?


「だぁぁぁっ!!クソッ!」


俺は地面を叩いた。


「そういえば聞いてなかったけど、あんた達ってどうしてこんな危険なところに来たわけ?」


「おい、それ今聞く必要あるか?」


「だって、気になるんだもん。」


「…。」


どうせ捕まっているし、リーシャに話してもなんの問題もないだろう。


俺はすべて話した。


「えー!?じゃああなた王女様なわけ?」


リーシャがアリスの顔を見て言う。


やっぱりみんな一番最初の反応はこれだ。


「けど、カンブリアね~。悪いけど聞いたことないわ。」


知らんのかい。


「王女様が探し物ねぇ~…。それってもしかして、聖王剣オベイロンってやつ?」


「…!?」


俺とアリスはリーシャの言葉に耳を疑った。


「ど、どうしてそれを…。」


「だって、こんな危険なところまで探しに来るっていったらそれしかないんだもの。」


「いや、そういう問題じゃなくて…、なんでこの場所=聖王剣オベイロンで結びつけられんだよ?」


「だって、私のお父さんがそれをこの街で探してたんだもん。」


驚きの発言だった。


「まて、お前のお父さんは聖王剣オベイロンがここにあるって知ってたのか?」


「詳しくは知らないけど、聖王剣オベイロンは絶対ファルーの神殿にあるとかなんとか言ってたのいつも聞いてたから…。」


「まじかよ…。それで、リーシャのお父さんは聖王剣オベイロンを見つけたのか?」


「ううん…。見つける前に病気で死んじゃった。」


「そうだったのか…。悪い、そういうつもりじゃ…。」


「いいわよ別に。もう何年も前の事だし。」


リーシャの父親が聖王剣オベイロンを探していたという事は別に不思議な事じゃない。遺物を探すなんて、エリア教を信仰する人間なら誰でもやる事だ。


遺物を手に入れ、王に献上すればその者は莫大な財産を得るだろう。もし自分で遺物を持っていたとすれば、下手すると一つの国を築き上げる事すらできるかもしれない。


それくらい遺物というもののエリア教における価値というのは高いものなのだ。リーシャの父親も、きっと大きな野望を持って聖王剣オベイロンを探していたのだろう。


もしかして、リーシャがこのリレー川を行ったり来たりしているのって、お父さんが見つけられなかった聖王剣オベイロンを探すためなんじゃ…。


「なぁリーシャ…。もしかしてお前、お父さんが見つけられなかった聖王剣オベイロンを探すためにここへ…?」


「は?違うわよ。」


普通に否定された。


「私はここに密輸品を売りにきてるの。」


「密輸品?」


「そ。密輸品。亜人の国じゃ買えないような品をオストニアから持ち込んで売ってるのよ。」


リーシャは当たり前のように密輸していると言い切った。


「おいリーシャ。亜人の国への密輸と特別通行許可証の本人以外の使用は死罪だぞ…。」


アリスが心配そうな表情で言った。


「ばれなきゃいいのよばれなきゃ。まさか、あんた王女様だからってオストニアの国王にチクるつもりじゃないでしょうね?」


「いや、別に私は…。」


アリスが圧倒されている。


なんか、すごい逞しいやつだな…こいつ…。


「なぁリーシャ。お前の親父さんはたしかにファルーの神殿に聖王剣オベイロンを探しにいってたんだよな?」


「そうよ。月に一回は街の真ん中にあるでっかい神殿に行ってるって家で話してたわ。」


「なんか他には話してなかったか?」


「う~ん…。そうねぇ…、あ、確か、いつも入るときは下水道から入ってるみたいな事言ってたわ。神殿の正面は兵隊がいるから下水道を通って神殿の中に入ってるって…。」


「なるほど…、下水道から…。他にはないか?」


「後は~…あ、そう言えば、いつも家で匍匐前進の練習してたわ…。」


それって別にただの訓練じゃ…。


「そのくらいね。なんか家でいろいろ話してたけど、つまんなすぎて忘れちゃった。」


「そうか…。ありがとういろいろ教えてくれて。」


「別にいいわよこれくらい。こうして捕まっちゃったのも、一応、他人の特別通行許可証を使ってた私が悪いわけだし…。どうせだからその遺物探しってのに最後まで付き合うわよ…。」


リーシャは恥ずかしそうに言った。嘘をついてはいたけど、ちょっとプライドが高いだけで、別に悪いやつではなさそうだ。


「ていうか、こんな話してる場合じゃないわよ。早くここから出る方法を見つけなきゃ。」


「そうはいってもなぁ~…、ん?」


階段のほうからわずかだが、なにかの音が聞こえてきた。


耳を澄まして聞いてみると、人の足音のようだった。


おそらく誰かが俺たちのいる牢獄の区画に繋がる階段を降りてきている。


俺が鉄格子に摑まり、階段の方を見ると、廊下を歩いて、俺たちの牢屋の方に向かってくる看守の姿があった。


俺はその男を警戒して牢獄の鉄格子から離れて壁際に行く。すると看守は俺たちのいる牢獄の前で立ち止まり、突然ポケットから鍵を取り出して、俺たちがいる牢獄の扉を開いたのだ。そして扉を開くなりこう言った。


「君たちを助けにきた。さぁ早く外へ!」


俺たちはそんなケットシーの男を見て、あっけにとられていた。


「何してるんだ!はやくいかないと!」


俺たちは状況を飲み込めずにいたが、男に言われるがまま牢屋の外に出た。


「あんたは…。」


「僕の名前はジュリアス。詳しい説明は後だ、とにかくここから出よう…!」


ジュリアスと名乗るケットシーの男は、そう言って階段を登っていき、それに俺たちもついていった。


階段を登り、広い通路に出た。ここはたしか俺たちが牢獄に移送されたときに通った道だ。ジュリアスについていき、途中にいる看守たちを掻い潜りながら先に進み、最後は通路にあった3階の窓からロープを垂らし、ここから下に降りろと指示された。


「まってくれ、まだもう一人仲間が…。」


「大丈夫だ、フォレストケットシーの女の子ならもう僕の仲間が外に逃がしてる。」


俺はその男の言葉を信じ、ロープで下に降りた。


そこからは監獄の脇の斜面をくだり、近くにあった無人の小屋に俺たちを逃がした。


その小屋には看守の恰好をしたケットシー二人と、アニーの姿があった。


アニーは泣きながら俺たち3人に飛びついてきた。


「ぬぉぉぉぉぉぉ怖かったよぉぉぉぉ!!」


一人で監獄に閉じ込められていたんだから、泣くのも仕方がないか。


「よかった…。あとは君たちをオストニアの国境近くまで送り届けるだけだ。」


ジュリアスはそう言って小屋においてあった木箱からローブを人数分取り出した。


「ちょっと待て。あんた一体何者なんだ?」


「…僕はデザートケットシーの王、デディアスの息子にしてサンドラッド公、ジュリアス。つまり、僕はこの国の王子だ」


「お、王子?なんでデザートケットシーの王子が俺たちを助けるんだ?」


「特に深い理由なんてないよ。ただ、人間が理由もなく囚われ、そして殺されるのが許せなかったからってだけさ。」


ジュリアスはそう言って俺たちにローブを渡してきた。


「さぁ、それを着たらすぐに出発だ。ここから10分の歩いたところで僕の仲間がラクダを準備して待機してる。そこからは君たちをオストニアの国境まで送り届けるだけだ。」


ちょっと待て、俺たちはこのまま帰るわけには…。


「待ってくれ。」


俺がジュリアスに言うよりも早く、アリスがジュリアスに声をかけた。


「どうしたんだい?」


「助けてもらった事は感謝している。だが、私たちはまだ国を出る訳にはいかないんだ。だから、ここまでで十分だ。」


アリスの発言を聞いて、ジュリアスが驚いた顔で言う。


「本気かい?いや、僕に止める権利はないんだが、今君たちは追われる身なんだぞ?おそらく後数十分もしないうちに町に君たちを探す捜索隊が派遣される。そうなったら最後、この街から逃げるのは困難になってしまうよ?」


ジュリアスは必死にアリスを説得しようとしたが、アリスは顔色一つ変えずに言った。


「心配してくれてありがとう、王子ジュリアス。だが、今の私たちにはこの街でやらねばならない事がある。だから、今この国を出るという選択肢はない。」


アリスの言葉を聞いて、ジュリアスはアリスの確固たる意志を悟ったのか、必死に説得するのをやめ、アリスに質問を投げかけた。


「その、君たちは一体なにを求めてこの国へ来たんだい…?」


「神エリアの遺物、聖王剣オベイロンを探しにこの国にやってきた。」


「遺物…、君たち人間が信仰する神エリアが人間界に残したと言われているやつの事かい?」


「そうだ。」


「そんなものをどうしてこんなところまでわざわざ…。もしよかったら、どうして君たちはそんなものを探しに来たのか教えてくれるかな?」


ジュリアスにそう聞かれると、アリスはすべて話した。自分が王女である事。そして、自分の国が叔父に乗っ取られそうになっていて、叔父に乗っ取られたら戦争になってしまうので、それを防ぐために遺物を探しているという事をジュリアスに説明した。


「なるほど…。それでこんな危険を冒してまで僕たちの国に…。」


さっきまでアリスの話を聞いていたジュリアスが、突然アリスの手を両手で握り、上下に振る。よく見るとジュリアスの目からは涙が出ていた。


「素晴らしい!素晴らしいよ君は!カンブリアの王女アリス、君のような人間がいてくれた事をとてもうれしくおもうよ!!」


「な、なんなんだ急に…。」


「あ、ごめん…。つい嬉しくなってしまって…。」


ジュリアスははっと我に返りアリスの手を離した。


「王女アリス。僕は君を尊敬する。」


「は、はぁ…。」


「僕はね、君のように民を愛し、平和を求める者こそが今この世界に王として君臨するのに相応しい人物だと考えているんだ。まだ僕は王子だけど、いつかこの国の王になる。そしたら国境を開放し、人間と亜人が自由に国を行き来できるようにするつもりさ。そしていつか、人間も亜人も手を取り合い、平和に暮らせる世界を実現したい。けど、それを実現しようと思ったら、僕たち亜人だけじゃなく、人間にも同じ考えを持つ賢明な王が必要なんだ。だから、君のような人がいずれ王になれば、僕の夢も、きっと実現すると思う。」


ジュリアスは熱く語った。だが少しして我に返る。


「あはは…、ごめん、ちょっと大げさだよね…。とにかく、僕は君の話を聞いて心を打たれてしまったよ。ぜひ協力させてくれ!君たちの遺物探しを。」


「しかし、万が一私たちに協力している事が発覚すれば、貴殿に迷惑がかかるのではないか?」


「そんなこと言ってられないよ!この世界をよくしようって人間を見捨てる事なんて、僕にはできない。だからお願いだ。君たちに協力させてくれ。」


ジュリアスは凄い圧で俺たちの詰め寄ってくる。すごいハイテンションだし。


だが、このジュリアスという人物は軽い考えでこんな発言をしているわけではなさそうだ。何しろ実際に危険を冒して俺たちを監獄から脱走させているわけだし。


多分このジュリアスという男は本気でアリスの話に共感し、それでここまで協力を申し出ているのだろう。


「どうする史郎…。」


アリスは俺に聞いてきた。


「いいんじゃないか。王子様もこんなに言ってるんだし。」


「では、協力してもらう事にしよう…。」


アリスの言葉を聞いたジュリアスは再び号泣し始めた。


「うぉぉぉぉぉ!!僕は絶対に君たちの平和のために全力を尽くすよぉぉぉ!!」


そんな号泣するジュリアスを見たアニーは言った。


「なんなんだこのジュリアスとかいう王子…さっきから泣いてばっかりで情けないやつだ。」


お前がそれを言うか?さっきまで泣いてたくせに。

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