第17話 捕縛

リーシャについていって、やってきた街はずれの小さな家の裏手にある木の倉庫。


「え~と、鍵、鍵…。」


リーシャはポケットから鍵を取り出し、そして倉庫の扉についている錠を開け、両開きの扉を片方ずつ開けた。


倉庫の中に見えるのは、ボロボロの荷車とボロボロの机、棚。何もかもがボロボロ。


リーシャはそんなボロボロの倉庫の中に入っていくと、なにやら倉庫の奥のほうでガサゴソとものをあさり始める。


「えっと、これと…。あと~…あれ~一昨日ここにしまったはずなんだけど…、あ、あった!」


リーシャは何かを倉庫の奥から持ってきて、俺たちに見せた。


リーシャの見せてきたのは方角と数字が書いてある大きめな謎の紙。よく見るとところどころに地名が書いてある。どうやら地図かなにかのようだ。


「これは?」


アリスがリーシャに聞く。


「ここからリレー川中流にあるファルーって街までの地図よ。それとこれ。」


リーシャは一度地図をたたみ、ポケットから一枚の封筒を取り出し、中からと書かれた紙を俺たちに見せた。


「特別通行許可証か。」


アリスはそれが何か知っているような反応を見せた。


「知ってるのか?」


「ああ。本来我々人間は一部の国を除いて基本的に亜人の国に出入りできない。だが、この特別通行許可証を持っている人間だけは、亜人の国を自由に出入りできる。これを受け取れるケースは主に3つ。一つめは、許可された特定の交易品の輸送をする場合。二つめは、外交使節として亜人の国に派遣される場合。最後の三つめは、ランクがグランドマスター以上の冒険者の場合。」


「なるほど…。」


「つまり、この女はこのケースのいずれかに該当し、大教皇様と賢人会議双方に認められ、亜人の国を出入りする事が出来るという事だ。」


賢人会議というのは、すべての亜人の王たちからなる合議制の組織だ。賢人会議は、エリア教の国家において大教皇がそうであるように、亜人の国全体に絶対的な影響力を及ぼす事が出来る存在だ。アリスが船で言ってた。


「どうかしら。私に任せとけばなんの問題もないって事が分かってもらえたかしら?」


「まぁ、一応…。」


「じゃあ、もう今から行きましょう!」


「えぇ…今?」


リーシャはそう言ってボロボロの荷車の持ち手を押して、倉庫の外に押し出し始めた。


「ちょっと待ってくれ…!」


「何よ?」


リーシャが不満そうに俺の顔を見てくる。


「まだいくらで案内してもらうとか、そういう話してないし…。」


「はぁ?別にお金なんていらないわよ。」


「ええ?」


まさかタダとでもいうつもりかこの女。特別通行許可証というのがあるからって、リレー川まで案内するのに何日もかかるんだぞ。それなのにタダだって?


「ちょうどリレー川中流にあるファルーにもう一回行く予定があったし、あなた達はついでよついで。まぁ、私としてはあなた達が来てくれた方が好都合…。」


「なんか言った…?」


「ううん!なんでもなーい…!とにかく、元々行くつもりだったし、そこにあなた達が加わるくらいどうってことないって話よ。」


「は、はぁ…。」


なんだか話がうますぎて逆に裏がありそうだが、なにも手立てがなかったわけだし、今回はこの話に乗ったほうがよさそうだ。


「アリス、俺はいいと思うんだけど、どうだ?」


俺はアリスに尋ねた。


「私も賛成だ。他にあてもないんだ…、今は彼女に頼むしかない。」


アリスも納得したようだ。


「じゃ、決まりね。それじゃあこの荷車出すの手伝ってくれる?」


リーシャに言われ、俺たちは荷車を倉庫の外に出した。そして、荷車に荷物を積めと言われ、背負っていた鞄を荷車にすべて積み込んだ。


「さてと、これでよし。」


「ところで、こいつを引っ張るモンスターか動物はどこにいるんだ?」


「それはこれから受け取りに行くのよ。」


リーシャはそう言って、再び俺たちを街に連れもどした。


街はずれからさっきいた商店街の辺りまで、俺たちは荷車を頑張って押してきた。アニーはずっと荷車の上で寝てるから、とんでもなく重い。


商店街の通りをずっと進んでいると、リーシャが一軒の店の前で荷車を降ろすよう言った。


その店の名前はロビーズモンスターズハウス。店名の下にモンスター預かりやってます、と書かれていた。


リーシャは俺たちに店の前で待つように言って、中に入っていった。


数分して、店内からブルを一頭連れてきた。


「さぁ、この子を荷車に繋いで。」


俺たちはリーシャの指示通り、ブルを荷車にロープで繋げた。


リーシャはブルの上に乗り、俺たち3人は荷車に乗り込んだ。


「それじゃあ出発ね!」


リーシャが手綱を握り、軽く蹴るとブルが動き始める。荷車はボロボロだし、ブルはどすどすと力強く歩くせいで乗り心地は余りよくないが、まぁ歩くよりはましだ。


街を出て、広大な砂漠地帯に入る。そこからはもうデザートケットシーの領内だ。


「なぁ、ここから何日くらいでそのファルーって街につくんだ?」


「そうね、この時期は砂嵐もないから、5日もあればつくと思うわ。」


「5日か…。」


モーゼスさんが港で商売をするのは2週間。ここからリレー川までの往復の日数を考えれば、聖王剣オベイロンを探せる期間は僅か4日。


リレー川のどこにあるか、おおよその位置は分かるが、それでも4日で1500年も前に水の底に沈んだであろう剣を見つけるなど無謀に近いかもしれない。


だが、俺は意地でも聖王剣オベイロンを見つけたい。アリスの為だから、というより、俺の心のどこかの熱いものが、絶対に見つけてやるぞと意気込んでいるからだ。


ここから5日。待ってろよ聖王剣オベイロン。絶対見つけ出してやるからな!




そんな風に息巻いて、街を出たのが大体4時間前の出来事だ。


そして今。辺りがすっかり暗くなって、月が見え始めた頃。


俺たちは砂漠のど真ん中でとんでもない化け物に追われていた。


デザートホエール。体長100mはある巨大なモンスター。攻撃性が高く、動くものをすべて攻撃するという。


リーシャの話だと、デザートホエールは普段ずっと地下深くに生息しているが、100年に1度だけ、地表に現れて月の光を浴びるらしい。


そんな100年に一回を引いてしまうなんて悪運にもほどがある。


ブルは逃げ出し、荷車は木端微塵に破壊された。そして俺たち4人は砂漠を必死に走ってデザートホエールから逃げている。


「な、なんだこの怪物わぁぁぁぁ…!!」


寝ていたアニーが目を覚ます。


「おいアニー!起きたんなら降りろ…!」


俺はおんぶしているアニーを降ろそうとするが、しがみついて離れない。


「おい史郎!もっと早く走れ!!」


「馬鹿!お前が降りないと無理…あっ…。」


その時、俺は砂に足を取られて転んだ。さらに俺が転んでアリスにぶつかり、アリスはリーシャにぶつかった。そのまま全員倒れこみ、砂漠の坂道を転げ落ちていく。


転げ落ちた先で急いで立ち上がると、デザートホエールは違う方向へと進んでいった。どうやら俺たちを見失ったようだ。


「はぁ…、助かった…。」


「もうあんなの御免だぁぁぁ!!街に戻りたいよぉぉぉぉ!!」


アニーが泣き叫ぶ。


「おい、まずくねーか?こんな砂漠のど真ん中でブルも荷車も失って…。」


「大丈夫よ、まだそんなに進んでないから、丸1日歩けば街に戻れるわよ。」


リーシャは随分と平気そうな感じで答える。


「くそ、寝袋と着替え、さらに2週間分の食料が入った鞄が消えちまった…。」


荷車が粉砕されたときに、荷物もなにもかもが吹き飛ばされて砂漠のどこかへいってしまった。もはやあれを見つけ出すのは無理だろう。


「ま、いいじゃない。全員無事だったんだし…。」


リーシャがそう言ったのに対し、アリスが言った。


「どうやらそういう訳にもいかなそうだ…。」


「…?」


アリスが視線をやる先には、数十騎の槍と銃を持ったラクダに乗った兵士たちの姿があった。よく見るとアニーのように耳と尻尾がついている。


「人間、貴様らはここで何をしている。」


兵士の一人が言った。


「あ、あの…、実は私、グランドマスターの冒険者で…。」


え、リーシャってグランドマスターの冒険者だったの???どう見てもそういう風に見えないんだが…。


「だから、特別通行許可証を…って、あーーーー!!」


「なんだ、特別通行許可証があるのではないのか?」


「いや、その~…、さっき鞄を無くしてしまって…。それで許可証もその中に…。」


「何?」


兵士の一人が怪しげな表情でリーシャを見つめる。


「では、それがないというなら冒険者ライセンスを見せてもらおうか。」


冒険者ライセンス。俺も首から下げている、ドックタグみたいな名前が刻まれた色のついたプレート。


「えっと…、それはちょっと持ってないっていうか…。」


「…。」


持ってないなんて事があるのか?冒険者は登録後、いかなる時も常にライセンスを携帯しなければならないって初心者講習で言ってたはずだけど…。


「あははは…!」


リーシャは笑ってごまかそうとした。


だが無理だった。


「こいつらをひっとらえろ!!」


兵士たちがラクダから降りて俺たちを取り囲む。


「ちょっと、そこの剣士!なんとかしてよ!」


リーシャはアリスに言った。だがアリスは大人しく手を後ろに回し、ケットシーの兵士に縛られる。


「あれを見ろ。」


アリスに言われ、俺たちは後ろを振り向く。


ここからさほど遠くないところに、とんでもない数のラクダに乗った兵士の姿があった。下手すると1000か、いやそれ以上いるかもしれない。とにかくとんでもない数の兵士が砂煙をあげながら砂漠の上を移動している。


それに、よく見るとアリスは剣を持っていない。そういえばアリスもアニーも、荷車に乗ったとき鞄に武器をしまっていた…。


もうこれは抵抗できない。


俺たちは全員捕まってしまった。

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