第2話 銃と槍どちらが怖いかと言われれば槍

俺たち二人は階段を登り始めた。


「ところでお前はこの遺跡に詳しいようだが、何者なんだ?」


アリスが階段を登っている途中で俺に突然聞いてきた。


「俺は史郎。トレジャーハンターだ。」


「トレジャーハンター…。あまり耳馴染みのない職業だな。」


「人気ないからな。カンブリア国内だと俺だけみたいだしな。」


俺たちが歩いていると、ずっと続いていた階段の先に、外の光が見え始めた。


「おっ、外に到着だな。」


外の光に向かって進んでいくと、そこは竜獄山の洞窟に入ったところとは反対側の場所だった。緩やかな崖になっていて、下に向かって杭に巻き付けられたロープが一本伸びていた。


ロープはどうやら最近杭に打たれて下に垂らされたもののようだ。俺たちのほかに最近誰かがここに来たのだろうか。


下は竜獄山の麓で、目の前には竜獄山を囲む、ポッカの森と呼ばれる森が広がっていた。


俺とアリスはロープをつたい、下に降りた。アリスはおりてからもずっとうつむいていて、暗い顔だ。


一方で俺はお宝こそ手に手に入れることができなかったが、謎の達成感。毎回トレジャーハントの後に来るこの不思議な感覚が、嫌いじゃなかった。


俺は下に降りたところで、アリスに別れを告げる事にした。なんだかんだでこの王女様はお宝の道まで行くきっかけであり、俺の命の恩人でもある。


最後はしっかり感謝の言葉を述べて、礼儀正しく別れよう。


俺は機嫌よく、王女様に別れの言葉を言おうと思ったその時だった。


「動くな!」


大声と共に、草陰からぞろぞろと兵士たちが現れた。


兵士たちの装備は、よく見るとカンベリー王国の兵士のものだった。一人の馬に乗った兵士の後ろに、隊列を組んだ30かそれ以上の兵士がいる。


俺は察した。


多分この兵士たちは王女様の手下で、王女様の近くにいる、自分でいうのもなんだが、身なりの貧相で怪しげな俺に向かって動くなと言っているのだろう。


「違うんです僕はただ王女様に偶然中で会っただけでなにも悪い事は企んでいません本当ですしんじてください抵抗しません許してください。」


俺はそう兵士に言って両手を上げた。その時だった。隣にいたアリスが深いため息をついた。


「どうやら叔父上は私の事をどうしても始末したいようだ…。」


王女様がそうつぶやいた。


「二人を取り囲め!」


馬に乗った兵士の号令で、後ろにいた兵士が俺とアリス王女の周囲をぐるりと取り囲む。


一体何が起こっているというのか。俺にはわからなかった。


すると、馬に乗った兵士が喋る。


「王女アリス。悪いがここで死んで貰おう。」


俺は一瞬”?”となった。聞き間違いでなければ、ここにいいる王女様を、部下であるはずのこの国の兵隊さんたちが殺そうとしている…。


なんで?


「構え!」


ええ??なんで?


馬に乗った兵士が号令をかけると、周囲を囲んでいた兵士が装備している槍やマスケット銃を構える。


俺はとんでもなく怖かった。どんなにやばいダンジョンでのお宝探しも、平気だった俺が、この時、異世界にきて初めてビビり散らかして足が震えた。


正直言って、現世にいた頃も含めて、俺の人生の中で起きたどんな出来事よりも今が一番怖い。


やばい、どうするこの状況…。


「いいだろう…。私とてそう易々と死ぬつもりはない。私に刃を向ける者は誰であろうと斬る!」


王女様はそう言って剣を抜く。


「死にたい者から掛かってこい…。」


王女様はとてつもない殺気とオーラを放っていた。兵士たちもそれを見て、少し動揺しているように見える。


しかしどう見ても不利だ。30人もの銃や槍を持った兵士に囲まれて、アリス王女は剣、俺は武器なし、勝てるわけがない。それに、俺は戦闘スキルは0だ。できる事は不意打ち股間キックとプロレス技くらい。


仮にだ、王女様はどうにかできたとしよう。魔法でも使って一点突破でもして抜け出して…。俺は!?俺はどうなる?


あの兵士たちの感じからして、多分俺もターゲットの一人だ。あいつらは俺の事を、王女様の家来の雑魚くらいに思ってんだろ。


落ち着け、ここは冷静に考えろ。とにかくこの状況で俺が生き残る方法を考えるしかない。


そんな時俺は突然ひらめいた。


そういえばまだあれが一つだけ残ってたじゃんか。


俺は腰のポーチから、そーとあるものを取り出す。


「どうした、掛かってこい!」


幸い、王女様の気迫に押され、馬に乗った兵士も号令をかけあぐねていた。


しかし、馬に乗った兵士は痺れを切らし、号令をかけた。


「ええい、撃ち殺せ!アリス王女を殺せ!」


その号令と同時に、俺はさっき手に取ったものを思いっきり地面に投げた。


するとあたりをほとんど何も見えなくなるほどの白煙が覆いつくす。


「こっちだ!」


俺は王女様の手を引っ張り、とにかく真っすぐ突き進んだ。途中で、煙で混乱する兵士数人とぶつかりながら、とにかく王女様の手を引っ張って前に進んだ。


白煙から抜け出し、俺は王女様の手を引っ張りながらとにかく兵士たちから離れた。


兵士たちが見えなくなったところで、そこらへんの大きな木のくぼみに身を隠した。


にしても、前に聖杯を採りに行ったときに、感圧版を誤魔化すために使ってた魔獣のふけがこんなところで約に立つとは。


俺は逃げてきた方向をそっと覗いて確認する。兵士たちはまだ来ていないようだ。


「よし、今のうちに距離を稼いでおこう。行けるか?」


「ああ…。」


アリスは相変わらず暗い顔をしている。父上に届けるはずだった漆黒の涙も手に入らず、それに加えて兵士から命を狙われて…。そりゃあテンションも低くなるよ。




俺と王女様は30分ほど歩き続け、偶然にも村を見つけ、そこに逃げ込んだ。どうやらさっきの兵士たちも俺らを見失ったみたいだし、大丈夫そうだ。


村に入ると、アリスは身に着けているローブについたフードを被った。そして村の中で一番大きな家に向かい、そのドアをノックした。


ドアが開き、中から禿げの老人が出てくると、アリスは少しだけフードをあげて顔を見せた。


「これはこれはアリス様、このような小さな村までお越しくださるとは…。ささ、中へどうぞ…。」


話を聞くと、アリスは国内の集落や村を毎年巡察していた時期があったらしく、それで大体の村の村長とは顔見知りらしい。この禿老人もその村長の一人で、見知った仲だという。



木の長机がある部屋に案内されて少し待たされた後に、ブドウとラズベリーを村長の妻と娘が持ってきて机に並べた。


俺はぶどうを房から一粒とり、口に入れた。


めちゃくちゃみずみずしくて甘かった。俺はぶどうを次々と食べ、ひと房まるまる食べてしまっていた。


俺がぶどうを食い終わったころに、村長がやってきて、椅子に座った。


「この度は遠路はるばるよう来てくださった。して、どういったご用件で?」


老人がなぜ来たのかとアリスに尋ねる。


アリスは、竜獄山に漆黒の涙を探しに行き、それが徒労に終わった事を話した。


「さようでございましたか…。しかし、国王陛下がそのような薬に頼らざるを得ない程にお身体の調子が悪いとは…。それにエゼキエル将軍閣下の件…如何ともしがたい事ですな…。」


村長は困ったといった表情でそう言った。王女様も相変わらず暗い顔だ。


「あの、一つ聞いてもいいか?」


俺はいろいろ気になったので、アリスと村長に、この国の事について、まだ俺の知らない事をいろいろ教わる事にした。




「うーん、なるほど…。」




二人のはなしによると、ここ、カンブリア王国は現在、エゼルレッド2世の長男、エゼルガルドの突然の病死により、面倒な相続問題に悩まされているようだ。


エゼルレッド2世には子息がアリスだけなので、カンブリア王国の相続法に従うと、ここにいるエゼルレッドの娘、アリスが王位を継承し、女王になるようだが、それをよしとしない派閥があるようだ。


その派閥というのが、さっき俺たちを襲った兵士たちの親玉の、エゼキエル。エゼルレッドの弟で、カンベリー王国の将軍である。


エゼキエルは、超絶武闘派の男で、武芸の天才にしてカンブリア随一の実力者だという。そんなこともあり、アリスが幼い頃は剣の指南をしてくれていたらしい。前の王、エゼルレッド1世の時代には隣国と戦争しまくって領土をかなり広げたらしく、エゼキエルはその戦争でも活躍したらしい。


エゼルレッド2世が王位を継ぐと、隣国とは和平外交、内政重視の政策で国を運営し始め、長く続いた戦争は終わりを迎えた。だが戦争が終わった事に、エゼキエルは納得していないようだった。


戦争が終わって数年が経っち、長男エゼルガルドが王都に向かう途中に落馬して死亡する事故が起きた。そしてその事件後から、エゼキエルが暴走し始めたという。


エゼルガルドの葬儀は理由もなく欠席し、体調が優れないという兄エゼルレッド2世の見舞いにも全く訪れず、それどころか、周囲の貴族を取り込んで影響力を伸ばし、遂には王都にあるエゼルレッド2世の居城を包囲する暴挙にも出たという。


幸い城に攻め込む事はなかったようだが、それ以降エゼキエルの影響力はさらに増し、今ではもうこのカンブリアのほとんどがエゼキエルのもの同然になっているという。


そして、そんなエゼキエルの暴走は止まらず、遂にはアリスの命まで狙ってきたらしい。王の間に刺客が飛び込んで来たり、食事に毒を仕込まれたり、そういった事が数回起きたようだ。


このような度重なるエゼキエルの暴走ともいえる行為の数々が、エゼキエルが玉座を狙っている確たる証拠だという。


カンブリア王国の相続法だと長男エゼルガルドの次は娘のアリス、そして次が叔父のエゼキエルなので、エゼキエルにとってアリスは邪魔だというわけだ。



と、まぁこのように、この国はめんどくさい状態にある。


俺は国内にいるときの行動範囲が、ほぼ森→図書館→宿屋だけだったので、まったくそういった噂を耳にしていなかった。


どうやら、アリス王女がテンションが低かったのはこういう理由もあったからのようだ。


「うーん…。すっげー安易な考えだけどさ、相続放棄とかできないわけ?」


「それは無理ですな…。王位に限らず、領地をもつ者の相続においては、死亡又は行方不明の場合以外は絶対に相続しなければならないというのがこの国相続法ですからな。」


「なんて無茶苦茶な法律だ…。そんじゃアリス王女様のパパ上に頼んで法律を変えてもらうとかは?」


「相続法の改正は評議会での3分の2以上の賛成が必要ですが、評議会の貴族は過半数がエゼキエル派の人間ですからな…。」


「…。」


俺が思っているほど単純な話ではないようだ。


「行方不明も廃嫡の事由なら…、国外に逃げるとかは?」


「言っておくが、私は逃げるつもりはない。もし私が逃げ出して叔父上が王になれば、10年前に終わったはずの戦争が再び始まってしまう。元々あの人は、父上が隣国と講和する事に反対していたからな…。」


「…。」


「だが、私が逃げずに王になったところで、叔父上に対抗する力はない。国内に私の味方となる者は誰一人いない。隣国もあてできない以上、私にできるのは、王都の数少ない手勢を率いて叔父上に決死の覚悟で戦いを挑む事くらいしかない…。情けない話だが、私は逃げないと言ってはいるが、叔父上が戦争を始めるのを止める手段を持っていないんだ…。」


「…。」


俺も村長も、誰もなにも喋らなかった。というか何も言ってあげられなかった。励ましの言葉すら、今のアリス王女には気休めにもならないだろう。


お通夜のような最悪の空気になってしまった。俺はそんな空気の中、ラズベリーを一つ、口に運んだ。



「すまない突然押しかけてしまって。」


「いえいえ、気にする必要はありません。私たちのような農民はいつでも王女殿下の味方ですから。」


「そういって貰えるだけで嬉しい。ありがとう。」


アリス王女はそう言って立ち上がると、村長に馬を2頭もらいたいと言い、金貨の入った袋を取り出す。しかし、村長はアリスにお金は必要ないと告げ、村人に馬を用意させた。




「え?本当にいいの?」


「ああ、お前にはいろいろと迷惑をかけたからな…。」


「お、おう…。なんか悪いな…。」


俺はアリス王女から馬を貰った。馬なんて俺の木こり1年分もするのに、貰っていいのだろうか。なにも悪いことはしていないのに罪悪感がある。


しかしくれるというのなら素直に受け取ろう。


俺は馬にまたがる。


またがる。


またがる…。


あれ?全然乗れないんですけど…。


俺はもう一度力強く鞍を掴んで思いっきり地面をけり上げた。


乗れたぞ!


俺は馬に4度目でなんとか乗る事ができた。


馬に乗るのなんて人生で初めての経験だったが、こんなに大変だなんてな…。多分異世界に転生してたのが3年くらい前だったら俺は馬に乗れなかっただろう。


馬に乗った俺は、アリス王女に別れの言葉と感謝の言葉をいう事にした。


「アリス王女、今日はありがとな。」


「…?」


アリスはきょとんとしているが、まぁいい。


「なんかいろいろ大変みたいだけど、頑張れよ!」


「ああ…、ありがとう。」


暗い。アリスは馬に乗ってからもずっとどこか暗い顔をしている。仕方ない、励ましの言葉でもかけておこう。


「大変な事があったら誰かに頼ってもいいんだぜ!」


「誰かに頼る…か…。」


「誰だっていいんだぜ?それこそ、俺とかでもいいし。」


「…!?」


「ま、もし俺にできそうな事があったら、俺に頼れよ!力になるぜ!」


俺は思ってもない事を最後に告げた。こういう場合、本当は頼られたら面倒だけど、なぜか思ってもないことを言ってしまう。落ち込んでいる相手を励ますとき、なぜか励ます事ばかりに意識がいくせいでい、しばし言葉選びを軽視していまうのだ。


「ま、今日のところはこれで…。」


俺は馬の手綱を引っ張って方向転換しようとした。その時だった。


「そうか!」


アリス王女がいきなり大声で言った。


「へ?」


俺は方向転換をやめ、アリスの顔を見た。さっきより少し明るくなっていて、嬉しそうだ。


「そんな風に言ってもらえるなんて思ってもいなかった!ありがとう史郎。」


ん????


なんて言ったんだこの王女様は?


「では、さっそく王都に行って…。」


「いやちょっと待て!」


「どうした?」


「どうしたもこうしたも、何勝手に話を進めてんだよ。」


「ん?お前が力になると言ったんじゃないか。」


アリスはだってそうでしょ?という当たり前のような表情で俺を見つめている。


確かに俺は言ったけども。言ったけどあれは…。


「あのなぁ、さっき言ったのは…。」


「言ったのは?」


さっき言ったのは本気じゃない…。って言ったら多分傷つくんだろうなぁ…。


別れ際にちょっとだけアリスを励まそうと思って軽く言っただけのつもりだったのに、それを間に受けるなんて思ってもみなかった…。


いや、これは俺が悪いな…。他に言葉があったのに、ああいう言葉をチョイスをした俺が悪い。


今更やっぱ無理とか言ったら、多分アリスは純粋だから俺が違うと言ったらかなり落ち込む。それはちょっとかわいそうだ。


「いや、さっき言ったのは本気だよぉ~…、って…。」


「何をおかしな事を言ってるんだ?変なやつめ。」


アリスは俺の意味不明な発言をして誤魔化した。アリスはそんな俺の言葉を聞いて笑っている。


俺はこの時から、アリスが純粋、ピュアという言葉で片づけられない、天然なのではないかという一つの可能性を感じていた。


結局、俺はアリスに頼まれて王都まで一緒に行くことになった。

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