第3話 全部日本語やん

俺は今、カンブリア王国の王都、キャンブリアにいる。俺がいた魔道大図書館のある隣町ウェアリーとは全く雰囲気が違う。


とにかく街がでかくて広い。本当にTHE都市って感じだ。人の往来もウェアリーとは比べ物にならない。


キャンブリアは商業が盛んらしく、海に隣接しているため外国の貿易船が頻繁に港にやってくるようだ。俺はカンブリアを結構回っていたが、王都に来たのは今日が初めてだった。


昨日から一晩中馬で走って、俺たちのいた竜獄山近くの村からこのキャンブリアまでやってのだが。


これからどうするのかと村を出る前にアリスに尋ねたが、それは王都についてから話すと言われて教えてくれなかった。


王都に入ると、近くの厩舎に馬を預けて数字の書かれた札を受け取り、アリスはローブをかぶって顔を隠しながら街を歩く。


城壁まで来ると、番兵が俺とアリス王女のところまでやってきて制止するよう警告してきたが、アリス王女がフードを取り一瞬ちらりと顔を見せると、番兵の態度が変わり、普通に通してくれた。


城壁は3重になっていて、城壁の上にはいくつものバリスタや投石器が並び、塀の中には大勢の兵士がいた。


アリス王女についていって、ようやく城の手前の城壁まで来ると、突然いかつい重装鎧を着ている兵士たちが俺とアリス王女の前に立ちふさがる。


「ここから先は王の居城である。身分を確認させてもらう。」


兵士の一人がそう述べる。するとアリスは、フードを取り、名を名乗った。


「アリスだ。」


「王女殿下でございましたか。どうぞお通りください。」


兵士はアリス王女のために道を開ける。俺もそのまま通ろうとするが、止められた。


「こちらの方は?」


兵士がアリスに尋ねた。


「彼は私の客人だ。通せ。」


アリス王女がそう言うと、兵士たちは俺に道を開ける。兵士の横を通るときに、俺の事を睨んでいるのが、甲冑の隙間からでもよく分かった。


俺はドキドキしながら最後の城壁の門をくぐった。


城門をくぐると、大きな城が出てきた。城壁の外から見えていたやつだ。


アリス王女はその城に平然と入っていく。俺も後ろからついていく。


城に入ると、大きな階段が現れ、階段の下の方に、眼鏡をかけた老人と、数人の男たちがなにかを話していて、眼鏡をかけた老人がこちらに気がつくと、アリス王女殿下!と叫んで駆け寄ってきた。


「一体この数日間いずれにおられたのでございますか?私はとても心配いたしましたぞ。」


「私の事はいい。それより父上は今どうしている?」


「国王陛下でございますか?相変わらずお身体の調子が優れないご様子で、寝室にて安静にしておられます。」


アリス王女はそれを聞くと、大きな階段を上がり、城の奥へと進んでいく。俺もそれについていく。


王の寝室に着くと、重装の兵士が扉の前に立っている。


「私だ。父上に会いたいのだが?」


アリス王女がそう伝えると、兵士は扉を開ける。

王の寝室の中には、ベッドで本を読んでいる金髪に金の髭を生やした50くらいのおっさんがいた。多分、エゼルレッド2世だ。


「父上!」


「おおアリス、待っておったぞ!」


アリス王女は部屋に入るや否や、エゼルレッド2世のもとに駆け寄る。エゼルレッド2世はとても嬉しそうだ。


「アリス、例の物は見つかったのか?」


「それが…。」


アリス王女は暗い表情で、漆黒の涙についてエゼルレッド2世に話した。


「そうであったか…。」


「申し訳ございません父上…。」


「お前が謝る事はない…。そのような薬に頼らざるを得ない私の非力さが悪いのだ…。地方領主たちは皆エゼキエルに加担し、評議会はおろか、廷臣のほとんどがエゼキエル側の人間…。それもこれも、私の実力不足と、人望のなさ故のこと…。」


「何をおっしゃいますか父上。父上には民がついております。私が幼い頃仰っていたではありませんか…、すべては民のため、民の平和のためと…。」


「すべては民のため…、か…。私はそう言って貴族をないがしろにしてしまった…、その結果がこれだ…。」


「父上…。」


「お前の叔父上は必ずやお前の命を奪おうとする。それも白昼堂々とお前を襲う事もあやつは躊躇わんだろう。私が生きているうちはこの城内であれば安全だが、私が死ねば、あやつはこの城に攻め込んでくるかもしれん。漆黒の涙で少しでも私の命を伸ばし、できる事なら、その間に例の剣を探し出して…。」


「それに関してですが父上、実は…。」


アリスは王様の耳元でなにやらごにょごにょと言い始めた。


「ほう、この若者が?」


アリスに何か言われたエゼルレッド2世は俺の方を見る。


「すまんが、君は何者か、軽く教えてくれ。」


エゼルレッド2世は俺の名前を尋ねる。


「えっと…、史郎って言います。一応トレジャーハンターやってます。」


「トレジャーハンター?そなたは冒険者なのか?」


「ま、まぁそういう事になりますかね…?」


「それで、冒険者等級はいかほどなのだ?」


冒険者等級。それは、冒険者ギルドに登録する冒険者の実力を表すランクだ。下からブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤ、マスター、グランドマスターの全7等級が存在する。


そしてこの俺は。


「ブ、ブロンズです…。」


俺は少し恥ずかしかったがそう答えた。それを聞いたエゼルレッド2世は俺を目を細めて見始めた。


「アリス、本当にこの若者にそんな力があるのか?」


エゼルレッド2世はアリスに尋ねる。


「父上、彼は高い見識と優れた洞察力を持つ人物ですからご安心ください。父上、その本をお借りしても?」


「ん…、これか?」


そう言ってアリスはエゼルレッド2世が持っていた本を受け取り、俺に見せてきた。本のタイトルは、”スティクラの伝説”。スティクラの戦士や漆黒の涙について書かれている本で、俺が以前図書館で読んだやつだが。


「え?なに急に?」


俺が不思議そうにしていると、アリスが本からあるページを選んで、この絵の石板になんて書いてあるのか読んでくれと言ってきた。


「えっと…。スティクラの戦士は死を恐れない。それ故に、死をもたらすと呼ばれる悪魔に恐れず立ち向かう事できる…。そしてスティクラの戦士は…。」


俺がどこまで読めばいいの?とアリスの方をちらっと見ると、その後ろで驚いた様子で俺を見るエゼルレッド2世の姿が目に入った。


「ご理解いただけたでしょうか父上。」


アリス王女はそう言って本を閉じる。


「まさか、このような若者が、古代スティクラ文明の言語を理解できるというのか…!?」


「はい。」


俺はいまいち状況が把握できていなかった。なにしろ、本に書いてあるのはすべて日本語だし、読めて当たり前ではないのか。


ん?日本語?あれ…?よくよく考えてみたらあれは日本語なのだろうか。日本語ってあんなにぐにゃぐにゃしてたっけ…。それにおかしな数字とか…めちゃめちゃ複雑で見た事ないような漢字?みたいなやつとか…。


「なぁアリス、ちょっとその本もう一回見せてくれ。」


俺はそう言ってアリス王女からスティクラの伝説の本を借りて、もう一度一ページずつ読んでいく。


このページも、このページも、さらにこのページに書かれてる挿絵の文字なんてもう…。


俺は今初めて気がついた。そこに書かれている言葉、文字が、日本語ではない事に。

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