第15話 晩餐会

翌日の夕方、俺とアリスは、モーゼスさんたちに付き添って、モーゼスさんの旧友の知り合いの伯爵が主催する晩餐会にやってきた。


伯爵の屋敷はモーゼスさんの屋敷と同じくらいでかくて立派なところで、そこに大勢の客が訪れていた。客人のほとんどはみるからに高級そうな衣装を身に着けていて、いかにも貴族の晩餐会だなと言った感じだった。


モーゼスさんは俺たちに店でレンタルした貴族衣装を身につけさせた。モーゼスさんとレベッカさんは、自前のものを常に持ちあるいているらしく、それを着ていた。


船の上でレベッカさんから聞いた話だが、一応モーゼスさんはカスティリア王国で爵位を持つ貴族らしい。


ただ、裏のドンとかアニーが言っていたから国のナンバー2くらいの爵位を持っているかと思ったが実はそういう訳でもなく、子爵という位で、カスティリアの王都郊外の町を与えられているにすぎないらしい。


とにかく、今日はアリスと話し合って、二人で常に行動し、モーゼスさんの行動に注意しながら晩餐会に参加する事になった。


にしてもだ。アリスのドレスがとても良い。直接褒めるのはなんだか恥ずかしいからしないけど、やっぱり王女様というだけあって、様になっている。


最初に会った時の、鎧を身にまとった逞しい女騎士というイメージから一変して、一気におしとやかで美しいお姫様に様変わりした。


一方で俺はというと。


「にゃははははははッ…!!史郎、なんだそのちんちくりんは!!」


アニーに大爆笑された。俺はレンタルした貴族の衣装を着ているのだが、自分でも更衣室で着替えたときになんかアンバランスだなとは思っていたが、まさか笑われるとは…。


「お前だってどんぐりみたいになってるけどな。」


「だ、誰がどんぐりだー…!!」


ただ、アニーも俺とさほど変わらないちんちくりんで安心した。



屋敷に入り、モーゼスさんは旧友という人物に俺たちを紹介した。


その人物はモーゼスさんが大昔にユーロレンシアで私掠船の船長をしていた時代の友人らしい。名前はニコロフスキー、ごつい体格に、巨大な三角帽、そして特徴的なもじゃもじゃの髭。まさに海賊と言った感じの人物だった。


「おぉ!!モーゼス、来てくれたか…。」


「おうよ。」


モーゼスさんとニコロフスキーは手を握り合う。


「ほぅ、どいつもこいつも新顔ばかり…、ん…?」


ニコロフスキーはモーゼスさんの後ろに立っていた俺たちを見渡して、最後にレベッカさんの方を見て首を傾げていた。


「おい、何ぼーっとしてやがる!」


「あ、あぁ…、すまねぇ、なんでもねぇ…。さぁ、お前たちにこの屋敷の主を紹介するから来てくれ。」


俺たちはニコロフスキーの後に続く。


気のせいだろうか。一瞬レベッカさんの表情が…。



屋敷には、多くの客人が居て、皆食事よりも会話に夢中のようだった。


俺たちは食事が並ぶ広い部屋を突っ切り、その奥にある屋敷の主がいるという部屋にきた。


「おーい、マクシミリアン!来たぞ!」


「来たかわが友よ!」


ニコロフスキーとマクシミリアンなるその人物は厚く抱擁を交わす。


「それにしても、此度は帝国から遠路はるばるよくぞ参った!さぁ、今宵はここに集いし新たな仲間と酒を酌み交わそう。おぉ、もしや、後ろにいらっしゃるのは君の家族か?」


「いや、それがこいつらは家族じゃなくて俺の古い友達でなぁ…。」


「ん?家族を連れてくるという話では…。まさか…!?」


「ああ、気にしなくていい…。それより、こいつを紹介したい。俺の古いだちで、モーゼスだ。大戦の時は俺と共に帝国で私掠船の船長をやってた。」


ニコロフスキーにモーゼスさんを紹介されたマクシミリアンは、モーゼスさんにゆっくりと近寄っていく。


「モーゼス…、まさか君は、海の死神の船長の、あのモーゼスか…?」


「それが海賊の事言ってるんなら、あんたが思ってる通りの人物さ。」


「驚いた、まさかこんな偶然があるとは!これは天啓だ、神からの思し召しに違いない。よろしく、モーゼス、私はクルメ二クス公国、コーリック伯のマクシミリアンだ。」


「よろしくマクシミリアン。」


「君も我が軍団に参加するためにわざわざ?」


「軍団?」


モーゼスさんが聞き返すと、そこにニコロフスキーが割り込むように話に入った。


「いや、マクシミリアン。こいつはその…、実は昨日偶然港で再会しただけでな…。だから、軍団には入らない。それに、もうこいつには海の死神も船団もない…。」


「なんと、そうだったか…、私としたことが、一人で舞い上がってしまった…。いやしかし、会えて光栄だよモーゼス。今日はせっかく来たんだから、精一杯楽しんでいってくれ。あとで有名なオペラ歌手が歌を披露してくれるから、是非聞いて行ってくれ。それじゃあ私はあと少し、ここで支度をしなくちゃいけなくてね後でまた会おう。ニコロフスキー、君も先に行っててくれ。」


マクシミリアンはモーゼスと握手を交わし、その後部屋の奥にあるカーテンの向こうに行ってしまった。


部屋を出てから、モーゼスさんはニコロフスキーと話があるとか言ってどこかへ行き、俺とアリス、そしてアニーとレベッカさんは広間で大きなテーブルに並んだ食事を食べていた。


「史郎、分かっているな?」


アリスが俺の耳元でささやく。


「…、ああ…、分かってるって…、ちょっと待て…。」


「…。」


アリスが溜息をつく。


「いいか、それを食べたら終わりだいいな…?」


「…、わかってるって…。」


俺は手にもっていたチキンを急いで食べて、それを水で流し込んだ。


うまい。せっかく来たんだから、最低でも肉の一つくらいは食べておかないと。


「よし、じゃあ行こう。」


俺とアリスは広間にいるアニーとレベッカさんに気がつかれないようにこっそりモーゼスさんたちと別れたところに向かった。


屋敷の2階、広間を上から見渡せる廊下がある。そこの廊下を進んでいくと、屋外のテラスがある。そこにもいくらか人が居て、その中にモーゼスさんとニコロフスキーの姿があった。


俺とアリスは気がつかれないようにテラスにある屋根の支柱に隠れ、話を盗み聞くことにした。


「お前、まだ魔眼の野郎の面倒みてやがったのか。」


「あ?なんか文句あんのか?」


「い、いやぁ別に文句なんてのはねぇんだけどよ…。だけどあの野郎昔とは随分変わってやがるな。お前があんなふうに育てたのか?」


「ちげぇよ、あいつが勝手にああなっただけだ…。」


「勝手にねぇ…。そういや、お前の息子は元気か?」


「ああ、ケヴィンか…。元気だよ。」


「なんだ、その割にばつが悪そうじゃねぇか。」


「はぁ…。本当、息子ってのはどうしてこう面倒事ばかり起こすんだろうなぁ。」


「面倒?ケヴィン坊やは大人しくていい子だったろ?」


「そりゃ10年前の話だ。あのバカ息子、カスティリアに来てから俺の金でチンピラ共を集めて、犯罪ギルドの真似事やってんだよ。密輸、強盗、人身売買、今じゃ殺人の請負まで手を出してやがる…。」


「あのケヴィン坊やがか?信じられねぇな。あんなスライム一匹も殺せないようなやつだったのに…。」


「人ってのは変わるんだよ…。ついこの間もなぁ、訳の分からんやつから依頼を受けて、王都にやってきてた隣の国の王女様とその仲間の命を狙いやがってな…。結局返り討ちにされて失敗したんだが、なんとあのバカはそれで収まりがつかなくなって、依頼主を腹いせに殺しやがったんだ。」


「そいつぁとんでもねぇ悪党っぷりだ…。」


「仲間を大勢失って依頼主をぶち殺した翌日あいつが俺の屋敷に来て、あと1万金貨くれと頼んできた。そしたらもう悪さはしない。次こそはしっかりと俺の事業に貢献するとな…。」


「まさかお前、渡したのか?」


「…俺だって渡したくはなかったよ…、けどあいつを見ると母親の面影をどこか感じちまってな…、断れねぇ…。」


「…。」


「あいつはもしかしたらまた俺の金で同じことを繰り返すかもしれん…。だが、そうなったとしても、俺にやつを攻める資格はねぇ…。なにしろ、あいつの目の前で母親が死ぬことになったのはこの俺のせいなんだからな…。」


「モーゼス…。」


「悪ぃ、なんだか通夜みたいな空気にさせちまったな…。」


「いや、気にする事はないさ、誰だって悩みを打ち明けたくなる事はあるもんだ。」


「お前は相変わらずその見た目からは想像できねぇくらい気立てのいい野郎だ…。」


「なんたって俺様は人情と義理だけを売りにして生きているような男だからな。逆に言うと、それ以外俺に誇れるものなんぞなにもないからな。」


ニコロフスキーが大笑いしている。


「そういや、ここの主のマクシミリアンが言ってたが、軍団っていうのは…。」


モーゼスさんとニコロフスキーがまだ会話を続けている途中で、アリスが俺の肩をたたいてこっちに来いとジェスチャーをした。



俺とアリスはテラスを離れ、人気の少ない階段の踊り場にやってきた。


「どうやら、モーゼスは完全に白のようだな…。」


「ああ。」


白。つまりモーゼスさんは結社となにも関わりがない。それどころか、俺たちの襲撃にすらまったく関与していなかった。


モーゼスさんの話している感じだと、おそらくモーゼスさんの息子のケヴィンという人物が、依頼を受け、俺たちを襲撃した。そしてケヴィンは依頼主を殺し、例の金貨を手に入れ、それをモーゼスさんに渡した。これが最も可能性のあるシナリオだ。


「はぁ…、一気に気が楽になったぜ…。」


俺は安堵のあまり階段の踊り場に座りこんだ。


「しかし、モーゼスも最初から正直に事情を説明していれば、私たちもここまで警戒する必要もなかったんだが…。」


「モーゼスさんの事だ、多分、息子の事庇ってたんだろ。」


「真実を話さなかった事もそうだが、アニーの話していたモーゼスの人物像にも惑わされた…。」


「それに関してはあいつに直接聞くつもりだ。俺の予想だと、街で聞いた適当な噂で勘違いでもしてたんだろ。」


とにかく、モーゼスさんたちの疑いは晴れた。これでガレリオ地方まで安心していくことができる。


その後、アリスと俺はアニーとレベッカさんと合流し、晩餐会を楽しんだ。

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