第14話 王女と猫と悪戯と水遊び

俺はアリスと別れてから、せっかくなので併設されている浴場とやらに行ってみる事にした。


異世界に来て、宿屋についている小さなバスルームは何度も経験済みだが、宿屋に併設されている浴場なんてのは初めてだ。


俺は脱衣所で服を脱ぎ、タオルを一枚持って浴場に入った。


ローマのテルマエの縮小屋内バージョン。というのが俺の率直な感想。ちょっと一人で入るのには広すぎ。


俺はまず最初に身体と頭を洗い、そして湯につかる。もちろん、出るときにもう一度身体は洗うつもりだ。


あったけぇ~。異世界に来てからシャワーだけだったから、久しぶりにお湯につかれてすごく気持ちがいい。


少しだけ、現世日本にいた頃に家族で訪れた温泉旅館の事を思い出した。


あれはたしか俺が10歳の時。俺の家族は風呂上がりの牛乳が大好きで、毎日お風呂上りにいっぱい飲むくらい牛乳消費の激しい家庭だった。


そして温泉旅館に行ったその日も、いつものように風呂上りに牛乳を飲むことになったんだが、自販機の前に来て、父が俺たち二人に嫌味たらしく言った。


「今は300円しかないのでお前らどっちか牛乳飲めませーん。」


普通、大人が子供に譲るものだと思うが、あいにく俺の父は小学生を、見た目だけただのおっさんにしただけのような人だったため、仕方なく俺と兄がじゃんけんをすることになったんだが、その時、俺は兄から、絶対にパーを出すから、お前はチョキをだせよ、と言われた。


俺は普段からいろんなことで負けていて、その度にうまい具合に嵌められていたので、どうせはったりでいつものように嵌めるつもりだと思い、俺はグーを出す事に決めた。


グーを出す理由は、兄が俺を裏切ってチョキに勝ちに来ると思ったからだった。


だが、兄は宣言通りにパーをだし、俺はグーを出して見事に負けた。


それを見た父が大爆笑しながら、「お前、出し抜こうとしたくせに、間違えてグー出してんじゃねぇかっ…!!」と俺を馬鹿にしてきた。


俺は、グーを出すのに明確な意図があったのに、それを間違いで片づけられた。そして、その後俺の父は真顔で俺に言った。


「お前…、俺の息子のくせに馬鹿だったんだな…。」


それを聞いた兄が、「親父の息子なんだから当然じゃない。」と一言。そしたら父はぶちぎれて、「しばき倒すぞコラァッ…!!」と言って兄を背負い投げした。そして背負い投げされた兄が父の牛乳瓶がおいてあった棚に激突し、牛乳瓶が倒れ、まだ背丈がその棚より低かった俺の頭に牛乳が降り注いだ。


そしてそれを見た父が俺に向かって、「勝手に俺様の牛乳飲んでんじゃねぇ!!」と言って俺に、腕ひしぎ重地固めを仕掛けてきた。理不尽だし大人げないと今でも思う。


その後、俺と兄で母に父の悪行をすべて説明し、結局父は母にジャーマンスープレックスを仕掛けられて次の日肩関節が外れて泣きながら車を運転して帰った、という思い出。


今思えばいい思い出だ。あの時、兄は俺に優しさでパーを出したのか、それとも俺がグーを出すと見越してパーを出したのか、いまだにどっちだったのか分からない。


死ぬ前に聞いておけばよかった…どっちだったのか…。


俺が湯と共に懐かしい思い出に浸っていると、壁一枚向こう側から、何やら聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「とーちゃく!からの…、飛び込みどーん!」


元気のいい声と、さばーんっという飛び込んだ時の音がした。


これは、アニーの声だ。


「アニー、飛び込みは危険ですよ。」


レベッカさんの声も聞こえる。


「やっふー!サイコー!」


アニーの声と、水がバシャバシャとかき分けられる音がする。おそらくアニーは浴槽で泳いでいる。


「はぁ…、アニーったら…。あ、そう言えば人数分のタオルを準備するのをすっかり忘れていたわ…。アニー、私は一度部屋からバスタオルを取ってくるから王女殿下をお願いね。」


「は~い。」


レベッカさんはどこかへ行ったのか、アニーのバタ足音だけが聞こえる。


「あ、アリスちゃんやっと来たー!ねぇねぇ、アリスちゃんも早く一緒に泳ごうよー!」


ん?


「私は泳がないぞ…。」


アリスの声がした。


どうやら俺たちを探しにでたアニーとレベッカさんが戻ってきて、一緒に浴場に来ているようだ。


ていうかアニーは、猫のくせに普通に泳ぐんだな。亜人種のケットシーだから水が苦手とかそういうのはないのか…。というか、水の上が苦手とか言っていくせに、全然嘘じゃん…。


「えー、どうして?お風呂のだいご味は泳ぐことなんだよ?」


何を訳の分からん事を言っているんだあの猫は…。


「そうなのか?初耳だが…。」


「えー、こんなの常識だよ?お風呂好きなら誰でも知ってるじょ、う、し、き!」


「常識という割には今まで浴場でそれを実践している人を見た事がないが…。」


「ちっちっち…。アリスちゃんは王女様だし、下々の浴場を見た事がないから知らないだけだよ。」


「た、確かに私は王族専用の浴場にしかた入ったことがないが…。」


「でしょー?だからアリスちゃんは庶民がいかにお風呂で泳ぎまくってるのか、それを今日は学んでおいた方がいいよ!」


「なるほど。確かに、庶民の生活を理解するのも、王族の務め…。よし、ではアニー、今日はよろしく頼む。」


ワッツ???


「うん、それじゃあ最初はねぇ、とりあえず浴槽に飛び込む!さぁ、アリスちゃんどうぞ!」


「ああ、分かった!」


濡れた地面を走る音が聞こえる。


「はぁっ…!」


アリスの掛け声の後に、浴槽に飛び込む音がした。


「ぷはぁっ…!」


「ねぇねぇどうだった?」


「中々面白い。アニー、ほかにも教えてくれ!」


なんだかアリスの声がやけに明るい。


「その意気だよアリスちゃん!んと次はね、これを…。」


「おぉ…、これは一体何をしているんだ?」


アニーは何かをしているようだ。


「こうしてシャンプーとボディーソープを沢山入れて…、かき混ぜる!さぁっ、アリスちゃんもやって!」


「こ、こうか…?」


「そうそう、その調子!」


「…おおっ、泡がたくさん出てきたぞ!」


どうやら二人は泡ぶろを作っているようだ。


しばらくして。


「ちゃっちゃらー!完成ー!」


「おおっ…、浴槽一面が泡に…!凄いぞアニー!」


「ふっふっふー!これぞミーの最強の奥義、浴場出禁スペシャル!」


「浴場出禁スペシャル…?」


「あー違う違う今のなし…!これぞ、最強の泡ぶろー…!」


「泡ぶろ…、こういうものが庶民の間では流行っているのか…。なるほどためになる…。」


アリス、違う、間違っているぞ。もしかすると泡ぶろをやっている人は庶民の中にいくらかいるかもしれないが、大浴場みたな公共の浴槽を全部泡ぶろにするのは絶対に違う。


「アリスちゃん、見てみて。」


アニーはまたなにかをアリスに披露しているようだ。


「な、なんだそれは…!?」


アリスがやけに驚いている。


「秘儀、水でっぽう!とりゃあっー!」


「す、凄い!アニーは水の魔法が使えるのか!」


「魔法じゃないよ!」


「魔法じゃないのか!?」


「うん!だからアリスちゃんにもできるよ!」


「本当か?ではアニー、私にやり方を教えてくれ。」


「いいよ!えっと、まず手をこんな感じで組んで…、そしたらここから水を入れて…、そしたら両手で押し出すようにして…、とりゃあっー…!」


「よーし、私もやってやる…。手を組んで…、水を入れる…。そして両手で押し出す…、はぁっ…!」


「うわっ…わわわ…!!」


「す、すまない…!おかしな方向に飛んでしまった…わざと顔を狙ったわけじゃ…。」


「えーい、やったなアリスちゃん!お返しだー!」


「っ…!よ、よくも!そっちがその気ならこうだ!」


「うひゃっ…。アリスちゃん中々やるね…、だけどこっちも…、とりゃぁっ…!」


「ふっ…、残念だったな、今のは飛距離がなかったみたいだ。私のをくらえ!」


「わわわっ、何でアリスちゃんのだけそんなに飛ぶの…。くそぅ~、ミーだって負けられない…、必殺の~…、5連ショットっ!」


「必殺技だと…?だが残念だったな、連射力を高めた代わりに、飛距離が犠牲になっているぞアニー…!」


「し、しまった…!」


「私も必殺技だ!」


「な、なにが来るんだ!」


「えいっ!」


「うわわっ…!ず、ずるだよそれ~…!だったら私だって、おりゃあっ!」


「きゃぁっ…!よくもやったな、それっ!」


「はいバリア―!いま攻撃するのなしー!」


「なるほど、そういう技もあるのか…。じゃあ私もバリアだっ!」


「そりゃあっ!!」


「わっ…!アニー、ずるいじゃないか、バリアーしている間は攻撃するのなしって言っただろ?」


「ふっふっふー、私はバリア無効化するスペシャルな力使えるんだもーん!」


「そうか、じゃあ私もそれを使う!やぁっ…!」


「ええっ…!?ミーのスペシャルのやつなのに!こうなったら全面戦争だー!おりゃおりゃー!」


「望むところだ!」


壁一枚向こう側で繰り広げられる攻防。


要するにただ水遊びしているだけなんだが、こういうのって小学校低学年がやるような遊びじゃないのか…。


というかアリスが意外と楽しそうだ。アリスは大人びた感じがしていたから、アニーと一緒になって遊んでいるなんてとても新鮮だ。


「あははっ、楽しいな!こんなに楽しいのは久しぶりだ!」


アリスはとても嬉しそうにはしゃいでいる。


そうこうしていると、突然レベッカさんの驚く声が聞こえる。


「あぁーーーーーー!!?な、な、な、なにをしているんですかアニー!これは一体どういう事ですか!?」


レベッカさんは慌てた様子でアニーに訴えている。多分泡ぶろの事だろう。


さっきから、男女の風呂を隔てる壁の上の方から、泡が結構飛んできている。おそらく、本当に浴槽一面を泡で覆いつくしてしまったんだろう。


「アニー、今度ばかりは許しませんよ!?」


レベッカさんはお怒りの様子だ。


「ミーだけがやったんじゃないもーん。アリスちゃんも一緒にやったもーん…。」


アニーはアリスを売る。


「す、すまない…、実は私も一緒になってやってしまった…。もしまずければここの宿の支配人に謝罪しよう…。」


「えー!?王女殿下が…!?」


レベッカさんは驚いているようだ。


「そ、そうですか…。まぁ…、やってしまったものは仕方ありませんね…。あとで私からこの宿の支配人に謝罪しておきましょう。」


レベッカさんはアリスには低姿勢だ。まぁ、誰だって王族にはそんなもんだ。


「いや、私が謝りに行こう。アニーに泡ぶろを見せて欲しいと頼んだのは私だからな。」


「そ、そうだったのですね…。では、後程一緒に行きましょう…。」


どうやらアニーはアリスのおかげで事なきを得たようだ。


しかし、アニーはまさか最初からこうなる事を見越していたのか?悪知恵だけは働くやつだ…。


ていうか浴場出禁スペシャルという発言をしている時点で、悪意丸出しじゃないか…。


しかしまぁ、ずっと城の中で一人だったアリスにはいい思い出になったかもしれない。なんだか俺も少しだけうれしいぞ。


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