第12話 儚くも破れる
スローンが去ってから、俺とアリスはモーゼスさんに用意してもらった宿屋の、一室に来ていた。
スローンの話を聞いてから、俺は複雑な気持ちだった。心の奥のもやもやがずっと晴れない、なんだか気持ち悪い感覚だ。
「私たちの命を狙ったのが守りし者であるという事は間違いない。そうなると、この聖金貨をなぜモーゼスという男が持っていたのかという事を考えねばならん。別にあの男を擁護するわけではないが、私は彼が、モーゼスという男が結社の一員だとは思わない。もし彼が結社の一員だとしたら、私たちにこの聖金貨を渡し、自分の正体を明かすような愚を犯すとは思えないからな。」
「俺もそう思うんだけど…。」
「確かに、敵を油断させておいて、頃合いを見計らって命を奪うという手法は、よく用いられる。だが、私が思うに、あのモーゼスという男はそういうはかりごとを巧みに用いてくるようなタイプの人間ではない。」
「そうだよな…。」
「考えても埒が空かないな。こうなったら、本人に直接聞くしかないな。」
だめだアリス、それをやったらまた屋敷の時みたいになる。それはまずい。くそ、こういう時にアリスは歯止めが利かない。真っすぐすぎるが故に手段はストレートオンリー。
しかしその方法を今は否定できない。それ以外に知る方法なんて思い浮かばないのだから。
もし万が一、モーゼスさんだけではなく、レベッカさんやアニーも…。
いやアニーはない。
もし万が一、モーゼスさんだけでなくレベッカさんも教団のメンバーだったとしたらどうする。
いや、あり得ねぇ。だってあんなに親切にしてくれたし、モーゼスさんもとげはあったけどなんだかんだ優しいし。
第一、これで教団のメンバーだったら俺はこの先一生人間不信になるぞ。というかもしかするとこの先は来ない可能性もあるんですが…。
「史郎、もう他に手段はない。私がモーゼスのところに行ってこの金貨について問いただす。」
「あ、ちょっと待てって…。」
俺はアリスの手を引っ張る。
「離せ、もうこれしかないんだ!」
「いやそれは分かってんだけど…。」
心の中で答えを知ってしまうのが怖くて、俺は理由もなくアリスを引き留めていた。そんな時だった。
廊下の方からアニーの声が聞こえた。
「アニーが来た、とりあえずここは…。」
俺がアニーもきたし、一旦この話はやめようと言いかけた時、アリスが俺の手を引っ張って近くのクローゼットに入り込んだ。
「お、おい何すんだ…!」
「しっ…!」
アリスは俺をクローゼットに連れ込み、俺の口に指を当てた。
「おい、どういうつもりだ?」
俺は小声でアリスに尋ねる。
「いいか、ここで彼女たちの会話を盗み聞ぎするんだ。」
「え、どうして?」
「もしかしたらあの二人が私たちに何か隠し事をしているかもしれないだろ。ここでこうしていれば、何か情報を掴めるかもしれない。」
「いや、そうかもしれないけど流石にこれは…。」
「私もこんな事はしたくない。だが今はこれしかない…、とにかく今は静かにしろ…!」
アリスがそう言ったちょうどのタイミングで、部屋にアニーとレベッカさんが入ってきた。俺たちは部屋の中を、クローゼットの扉の隙間から覗いていた。
「わーい、到着だー!」
アニーは嬉しそうに背負っていた布袋を地面におろすと、そのまま3つあるベッドの一つにダイブした。
ここは女子部屋で、アリス、アニー、レベッカさんの三人が泊まる部屋だ。故にベッドが三つある。
「はぁ~…、やっぱベッドが最高だよ~…。船室は臭いし湿っぽいし、最悪だったなぁ~…。」
「アニー、ベッドが嬉しいのは分かるけど、先にお風呂に行きましょう?」
「わーい、1週間ぶりのお風呂だー!」
「それじゃあ、着替えを準備して行きましょうか。」
「お風呂~お風呂~…。」
そういえば、この宿屋には浴場が併設されているとか言ってたな。よく考えれば一週間風呂入ってなかったし、俺今絶対臭いよな。もしかしてアリスに臭いとか思われてたりして。
アリスは真剣な表情で二人を見ている。
俺はそんなアリスに、ジェスチャーで自分が臭くないか聞いてみた。
そしたらびっくり、変人を見る目で見られた。
ジェスチャーをした俺に対し、アリスもジェスチャーで返してきた。
(油断、するな。)
あれ、なんで俺アリスのジェスチャーが分かるんだ?
まさか、アリスがやったのって手話か?
俺の力だと手話の意味も分かるのか。
そうだと分かれば、手話でアリスに俺が臭くないか聞いてみよう。
(…。)
俺は手話のやり方なんぞしらん。
手話の意味は分かるのに手話のやり方は自分で覚えなきゃできないのか…。盲点だった…。
そんな茶番をしているうちに、アニーたちが支度を終えた。
「それじゃあ行きましょうか。」
「レッツゴー!」
アニーとレベッカはそのままドアの方に向かって行く。
「あ。」
しかし、ドアの手前でアニーが立ち止まる。
「そういえばアリスちゃんと史郎は結局どうしたのかなぁ…。」
「男女の関係というのは、大変なものですからね…。」
レベッカさんは何か勘違いをしている…。
「ん~…。ねぇねぇレベッカさん。」
「どうしたの?」
「やっぱりアリスちゃんが来るまでお風呂行くのやめる!」
「え?」
「だって、アリスちゃんだけ独りぼっちでお風呂なんて可哀そうだよ…。」
「確かにそうですね…。じゃあ、アリス王女殿下が来るまでここで待ちましょうか。」
「うん!」
というわけで、アニーとレベッカさんは部屋でアリスを待つ事にしたみたいだが。当の本人がここにいるわけだがら、二人は一生来ない人を待っているわけだ。
俺はアリスにジェスチャーでどうするか聞いてみた。
(…。)
しかし伝わらない。
そんなこんなしているうちに、時間だけが経過していく。アリスは一向に動く気配はないし、もはやこうなるとただの我慢比べでしかない。
すると最初に我慢できなくなったのはアニーだった。
「アリスちゃん遅いね…。もう外も暗いのに、大丈夫かな…。」
アニーが心配そうに窓の外を見つめる。しかし心配しただけで終わらないのがアニーだ。
アニーはとことことアリスの鞄が積んである場所に歩いていく。そしてなにやら鞄を物色し始める。
一体アニーはなにをやっているんだろうか。俺とアニーはじっとアニーを覗き見る。
もしや、アニーはアリスの鞄に何か危険なものでも仕込もうとしているのか。そしてアリスの命を狙って…。
「あったー!」
アニーは手を大きく上にあげ、叫んだ。
よく見ると、その手には一枚の布切れがあった。見た事がある形だ。
あれは、女性用の下着に違いない。って、俺はなにを見せられているんだ。
そもそもあの下着誰のだし…。
「アリスちゃんのパンツだー!」
答えはすぐに分かった。
俺が隣のアリスの方を見ると、アリスは赤面になりながらじっとその様子を見ていた。
多分、今すぐにでも飛び出して、アニーを取り押さえてこの羞恥プレイをやめさせたいはずだ。しかしそういう訳にもいかない。なにしろ今出て行けば、盗み聞という本来の目的を達成できなくなるからだ。
そんなアリスを知る由もないアニーは、アリスの下着をじっくりと観察していた。
「アリスちゃん王女様の割に結構地味なやつ履いてるんだね。」
「王女だからこそですよ。過度に異性を誘惑するような下着ではなく、節度ある王族にふさわしい下着というものを着用するんです。」
「ふーん…。そういうものなのか~…、勉強になるなぁ~。」
アニーは真剣な表情でアリスの下着をいろんな角度から観察している。そして、アニーはついにやってはいけない領域に足を踏み込んでしまった。
「よいしょっと…。」
アニーは被ってしまったのだ。アリスの下着を。
俺にはアニーが何を考えてこのような奇行に走ったのか理解できなかった。
そもそもアニーの頭の中がどういう構造をしているのか。前々から気になっていたが、ここまでするとは、きっとさぞ複雑でややこしい事になっているに違いない。
「あ、アニー…!?」
「流石に直接履いて履き心地を確かめるのはまずいから、頭で感じてみようと思って。」
どうやら、アニーは履き心地を確かめたかったようだ。
「アニー!そのような事をしてはいけません!」
レベッカさんがアニーを注意するが、アニーは聞く耳を持たず、アリスの下着を頭に被り、ベッドの上で飛び跳ねている。
「アニー、王女殿下に失礼でしょう!今すぐやめなさい!」
レベッカさんはベッドの上にいるアニーを捕まえようとするが、アニーはいつになく素早い動きで、レベッカさんを回避する。
ベッドからベッドに飛び移り、レベッカさんをかわしていく。
「こら、アニー!」
「ふっふっふー!ミーのすばしっこさを侮るなよ~…。」
そこからアニーとレベッカさんの鬼ごっこが始まった。
隣にいるアリスは一体どういう気持ちでこの光景を見ているのだろうか。俺は恐るおそる隣のアリスの方をちらりと見た。
赤面はしているが、しっかり我慢している。流石王女だ。目的の為ならたとえ自分の下着で遊ばれようとも動じることはない。
そんな鬼ごっこも、長くは続かず、ある瞬間に突然終わりを迎えた。
アニーはベッドからさらに近くにあった椅子に飛び移り、そしてそこから再び違うベッドに飛び移った。
アニーは綺麗に着地したが、着地点をレベッカさんに読まれていたのか、見事に捕まってしまう。
そして、ベッドの上でレベッカさんがアニーが被っているパンツを取ろうと手を伸ばすが、アニーが暴れるせいで、うまく脱がせられないようだ。
だが、レベッカさんがぐっと手を伸ばし、アニーの頭のアリスの下着に手を掛けた時。
ビリビリビリ。という何かが破れる音がしたのと同時に、二人が静かになった。
「ああ、そんな…。」
レベッカさんは絶望していた。もうその絶望具合と言ったら、まるで誰かが死んだんじゃないかと思わせるぐらいのものだった。
よく見ると、レベッカさんの手には、無残にも破かれてしまったアリスの下着があった。
おいおい、こんなことってあんまりだぜ。これじゃああのアリスのパンツは一週間かけて異国の地まで来て、使命を果たせずに無為に死を遂げただけという事になってしまうじゃないか。
俺はアリスの下着に同情した。
「王女殿下になんとお詫びをすれば…。」
レベッカさんはベッドの上で両手両ひざをついて絶望しっぱなしだった。
「み、ミーはし~らないっと…。」
アリスの下着が破れる事になったすべての元凶たるアニーは、口笛を吹いてすっとぼけていた。
「私は…、どうすれば…。」
それに対してレベッカさんは酷い落ち込みようだ。
変な空気が流れる中、俺の隣でアリスもレベッカさんのように落ち込んでいた。
まぁ、多分破れた事自体に落ち込んでいるというか、どっちかっていうとこの一連の状況すべてに落胆しているのだろう。
俺はアリスの肩をぽんっと叩いて、励ました。
そんなアリスの下着で最悪の雰囲気に部屋が包まれるなか、誰かが部屋をノックした。
アニーとレベッカさんの間に緊張が走る。
「ま、まさかアリスちゃんが…。」
二人はドアの方を見つめる。
「おーい、俺だけど。誰かいるかー?」
声の主はモーゼスさんだった。それで安心したのか、二人はほっと胸をなでおろしていた。
「はーい、只今。」
レベッカさんがドアのところまで駆け寄っていき、扉を開ける。
「おう、お前ら二人とも戻ってたのか。あれ、王女様はいないのか?」
「はい、まだお戻りになられていません。」
本当はもういるんだけど…。
「そうか…。ちょっと今、話せるか?」
「はい?別に構いませんが…。」
モーゼスはそう言って、部屋に入ってきた。なにやら神妙な面持ちで。
そんなモーゼスの表情と、言葉の間にあった奇妙な間が不気味で、その不気味さがあっという間にさっきまでの面白おかしい雰囲気をどこかへ消し飛ばした。
俺は心の中で、頼むからちょっとした世間話であってくれと祈ったが、もしかするとそう祈っている時点で、自分の中で疑いの色が限りなく黒に近づいていたのかもしれない。
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