第11話 旅人

クルメ二クス公国はカンブリアやカスティリアからは千キロ以上離れた場所にあり、ガレリオ地方に行く中継地点として港街が栄えているらしい。


先に行ったアニーとレベッカの姿はなかったが、俺とアリスは雑貨屋や装備屋でちょっとした小物を買ったり、異国の珍品を売っている怪しい露店を覗いてみたり、この辺りでうまいと評判のタイフーンイノシシの肉を食べたりした。


日暮れ頃までに俺とアリスは一通り街を回り、それから近くのベンチで休んでいた。


「この辺りだと海龍(うみりゅう)の鱗が安く手に入るんだな~…。あれががあったらシャオボンの洞窟にある死者ノ髑髏を取りに行けるんだけどなぁ…。」


「死者ノ髑髏?」


不死者ノ髑髏。1700年前に死んだ狂王デスターの頭蓋骨だ。


狂王デスターはいかれた王と呼ばれ、自身の頭蓋骨に釘を何本も刺しては、自分は不死身だと言って自慢していたらしい。そんな王を嫌っていた狂王の弟は、何度も刺客を送り付けて狂王を殺そうとした。しかし、なぜか狂王は毒を盛られても、ナイフでお腹を刺されても、階段から突き落とされても死ななかった。そんな狂王を不気味に思った弟は、遂に自ら手勢率いて狂王を捕らえ、首を切断してしまったのだ。

これで狂王を殺したと思っていた弟だったが、信じられない事に、胴体と離れた狂王の目が動いたのだ。その後、弟の手によって首はシャオボンの洞窟に封印されたが、その後数百年は狂王の叫び声が洞窟の奥から聞こえてきたと言われている。


不死者ノ髑髏は、俺が2か月前に取りに行こうとして断念したものだ。


洞窟に住むモンスターの探知能力が高すぎて、洞窟の入口付近から全く先に進めずに諦めた。しかし、海龍の鱗で全身を覆いつくせば、モンスターの目を欺けるはずだ。


多分、洞窟にいるモンスターには蛇のように赤外線を感知する力があるんだろう。それに対して海龍の鱗はアルミホイルのような材質になっている。だから全身を覆いつくせば俺の身体から発生する赤外線を遮断してくれて、モンスターの目を欺けるはず。ちなみに確証はまったくない。


だから海龍の鱗さえあれば不死者ノ髑髏を取りに行ける。いけるんだが…。


「なら、買ったらどうだ?」


アリスが俺に尋ねる。


「いや、安いと言っても俺の片方の腕を覆いつくすだけで500金貨はするからな…。全身ともなれば下手すると5000金貨にもなるかもしれん…。」


「それだけ支払ってでも手に入れる価値があるとすれば買うべきだと私は思う。」


「…。」


不死者ノ髑髏は歴史的に価値があるし、いまだに呪いの力があると噂もされている代物だ。しかし博物館とかそれに類するような施設がどこかにない限り、俺のお宝コレクションの一つとして魔道大図書館にある、通称”ガラクタ部屋”行きは免れない。


ガラクタ部屋については今度きっと話す時がくるはずだ…。


とにかく、5000金貨支払ってでも手に入れる価値があるかと言われるとノーだ。だが、出来る事なら一度でいいから生で拝みたい。


なにしろ、不死身と言われた狂王の髑髏だ。もしかしたらまだ狂王が生きてたりして…。


まぁ、俺もアリスみたいに強ければ、鱗なんて使わなくても簡単にモンスター倒して奥に進めるんだけどな…。


この世はなんて不平等なんだ…。異世界なんだからもっとゲームみたいにモンスター倒したらレベルアップしてスキル覚えるとかできるようにしてくれよ…。


俺が覚えた3種類のくそくだらない魔法(実用性は多少ある)なんか、覚えるために1週間寝ずに本を読んで覚えたんだぞ。


それなのに魔道大図書館の司書に聞いてみたら、その3種類の魔法は5歳児標準レベルの超基本中の基本だと笑われた。つまり俺は18歳なのに魔法に関しては5歳児レベル。


要するにゴミカスなわけだ…。


「君たち、興味深い話をしているね。」


「ん…?」


誰かの声が聞こえた。アリスではない。


ベンチの前に立つ一人の男。声の主はどうやらそいつのようだ。


「不死者ノ髑髏。トリスタン王国アドリア朝の狂王デスターの頭蓋骨。デスターが狂王と呼ばれた所以は、彼が頭部に釘を打ち込んでいたからではなく、彼が戦場において狂ったように敵を嬲り殺していたから…。」


そいつは特徴的な羽付きの帽子をかぶり、俺たちに語りかけるように狂王についての説明をしてきた。


なんだこいつ…。めっちゃ物知りやん。


「何者だ?」


アリスがその男に尋ねる。


「僕かい、僕はスローン。気の向くままに旅をするただの旅人さ。たまたまこの街に寄り道をしていたら、偶然君たちが面白そうな話をしているのが聞こえてね。つい声をかけてしまったよ。」


その男は爽やかにそう告げた。


いきなり話しかけてきてなんだこいつ…。と、普通ならそうなるくらい怪しげな男だが、俺は今そんな事は微塵も思っちゃいない。むしろ、こいつに興味津々なくらいだ。


「あの、スローンさん?」


「さんはいらないよ、僕はただの旅人だからね。」


「じゃぁスローン…。お前、不死者ノ髑髏なんてよく知ってたな。あれは結構マニアックな一品だぞ。」


「トリスタン王国に関する文献は貴重で数が少ない上に、当時あの一体はエリア教語圏に属していなかったからね。言葉を理解するのに苦労したよ。」


「もしかして洞窟にも行ったのか?」


「ああ、けど入口までだよ。中へは入っていない。僕は単なる旅人だからね。冒険者のように戦えるわけじゃないから、モンスターがいるようなダンジョンの類は苦手でね。」


俺はスローンから自分と同じ匂いを感じ取っていた。


その後、スローンと俺は様々な秘宝や財宝に関する話をした。


スローンは、俺が知っている知識はすべて知っていた。それどころか、俺よりも知識が専門的で、深いところまで追求され洗練されていた。


それだけ知識がありながら、特にひけらかすように話すわけでもなく、あくまでも俺が触れた秘宝や財宝についてだけ、ところどころ補足するように丁寧に話してくれる。


他にも、俺がまだ見た事もない、名前しか聞いた事がないような秘宝の事もたくさん知っていた。


おそらくスローンは、ここで話していないだけでもっとたくさんの事を知っているに違いない…。


「お前スゲぇな…。なんでも知ってるじゃねぇかよ。」


「ありがとう。誉め言葉として受け取っておくよ。」


凄いやつに会った。こんな物知りで、話が分かるやつは異世界に来てから初めてだ。どこにいるやつも、エリア教に関するもの以外には関心を寄せないが、このスローンは違う。万人受けするかどうかよりも、しっかりとその宝の持つ歴史的価値を理解している。


頼むからスローンみたいなやつが増えてくれと願った。そうすれば俺の魔道大図書館にあるガラクタ部屋が日の目を浴びる事もあるんだが。ていうか、俺のガラクタ部屋をスローンに見せてやりたい。きっとその部屋にある宝の価値を理解してくれるはずだ。


「僕はね、知識こそがこの世界で最も重要な財産だと考えている。だから、いつかこの世界にあるすべてを知りたいと思ってるんだ。馬鹿げた話かもしれない、だけれどそれが僕が旅をする理由でもあるからね。」


スローンは旅の理由をそう語った。


馬鹿げている。全てを知る事なんてできない。そう頭の中では分かっているのに。なぜかこのスローンという男はそれをやり遂げてしまいそうに見えた。


俺はそんな、馬鹿げた話をしている旅人の夢に共感した。


俺がそんな感じにスローンに関心していると、隣にいたアリスが俺の事をトントンと叩いた。


やばい、俺としたことが、アリスをほったらかしにして、つい時間を忘れてスローンと話こんでしまった。


俺がアリスに謝ろうとしたとき、アリスは俺の耳元で、囁いた。


「この男に例の金貨の事を尋ねてみてはどうだ?」


俺はアリスの言葉を聞いてはっとしたようにポーチから例の金貨を取り出し、スローンに金貨を見せ、知っているかどうか尋ねた。


スローンは金貨を一瞬見て、そして俺に渡した。その間5秒もないくらい。


「これは、守りし者たちの聖金貨だね。」


スローンは当たり前のように教えてくれたが、俺とアリスは聞いたこともない言葉に、きょとんとしていた。


「守りし者、神エリアを崇拝しながら、エリア教とは異なる独自の思想を持ち活動している結社の事だ。そしてこの聖銀貨というのは、自身が結社の一員であることを証明するためのものだ。」


俺はそれを聞いて一瞬混乱した。


「ちょっと待て…いろいろ聞きたい事があるんだが…、まず最初に…。エリア教と異なる独自の思想ってのは一体なんだ?」


「独自の思想とはいっても、基本的にはエリア教と何ら違いはない。違いがあるのは一つだけ。遺物に対する考え方だ。エリア教では神エリアの遺体と4つの遺物は神聖なるものであり、人間の手によって保護されなければならないと考えている。一方で、守りし者たちは、神エリアの遺体と4つの遺物は絶対的に不可侵で、人間の手に渡るような事があってはならないと考えているんだ。」


「遺物に対する考え方の違いか…。そう言えば、銀貨にも神は不可侵って文字が刻まれたな。」


「ああ、聖金貨に刻まれたあの文字はまさに彼らの理念そのものさ。」


「もしかして、遺物を探したりしたら命を狙われるとかってあり得る話だったりするのか?」


「あり得る話かもしれない。彼らの神エリアの遺体と遺物に対しての考え方は常軌を逸しているからね。遺体と遺物のためなら自らの親や子も殺す事すら躊躇わないというニュアンスの一文が、彼ら守りし者の経典にあるくらいだ。」


「そうなのか…。そ、それじゃあもう一つ質問だ…。聖金貨は自身が結社の一員である事を証明するためのものだって言ったろ、あれを結社の人間以外が持っている事ってあり得るのか?」


「そうだね…、それはあり得ない…、と言いたいところだけど、目の前にいる君たちがその聖金貨を持っているからね。まぁ仮に君たちが結社の人間だったとすればそうも言えるかもしれないど、結社の人間もそう簡単に周りの人間に見せるような事はしないだろうから、君たちは白だ。となると、やっぱりその聖金貨を持っているのは一概に結社の人間に限られると断言する事はできないかな。」


俺はスローンにそれを聞いて、少し安心した。安心したというより、無理やりスローンの言葉を言い訳にして、心を落ち着かせただけだ。


俺は、スローンの言葉を聞いてもなお、モーゼスさんたちを疑う事を辞めれなかった。モーゼスさんは依頼主がいると俺たちに説明はしたが、実際のところそんな証拠はどこにもない。渡されたのはこの聖銀貨だけ。


そうなると、ある可能性が浮かび上がる。本当は依頼主等いなくて、俺たちを殺そうとして部下を動かしたのモーゼス自身だと。


いやいやいや…。あんな海賊の自慢話するようなおっさんがこんな秘密結社の一員なわけないだろ。


ないはずだきっと。そうだ…。


レベッカさんもアニーも…。


否定しようとしても、心のどこかで疑ってしまう。最悪だ。


「おっと、そろそろ僕は行かないと…。まだ話したい事がたくさんあったけど、今日はこれでさよならだ。」


そう言ってスローンは道の反対側に止まった馬車に向かって走っていった。そして去り際に俺に言った。


「史郎、またいつかきっと君に会うはずだ。その時はお互い新しい発見を共有できるようになっている事を願うよ。」


笑顔で手を振るスローンに、俺は明るく手を振り返す事ができなかった。


心のどこかに疑念が湧き、それどころではなかったのだ。

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