第10話 不機嫌の理由
カスティリア王国の港を出港してから1週間。モーゼスの船はクルメ二クス公国の港に停泊した。
モーゼスいわく、ここでは2日程留まり、その後は2週間かけて休まずガレリオ地方のオストニアを目指すという。
俺とアリスは船を降りてから、港町近くのビーチの木陰の下で、モーゼスから受け取った金貨を調べていた。
その金貨は、エリス教国家の間で使われているエリアが描かれた通貨とは違い、十字架の絵が描かれ、その十字架を囲むように”神は不可侵”と、よくわからない文字で書かれていた。よく分からないと言っても、俺には分かるんだけども…。
エリア教の教義にはそんな言葉は書かれていないし、こんな金貨も見た事がない。そもそも十字架っていうものがエリア教に用いられていないし。
しかしそんなものをエリア教の司祭が渡したなんて信じられない。
こういうまがい物の類をエリア教の信者たちは嫌うのに、それを司祭が渡す意味が分からない。
「なぁアリス、何回も聞くけど、この金貨に見覚えはないんだよな?」
俺は木陰で剣の手入れをしているアリスに尋ねた。もうすでに同じ質問を4回もしている。
「ない。」
アリスは少しむすっとした表情で答える。
もうかれこれ7日もこうだ。流石に悲しくなってくる。
「なぁ、船の件はもういいだろ…、だからそろそろちゃんと口利いてくれよ。」
俺がそう言っても、アリスは何も答えずに剣を磨いている。
俺は深いため息をついた。
そんな俺たちのところに、遠くからアニーとレベッカさんがやってきた。
「おーい、史郎とアリスちゃ~ん!」
「あれ、二人ともモーゼスさんと食糧の調達に行くんじゃなかったの?」
「あ~、それなんだけど、なんかご主人が昔の友人に会ったから今日は食糧の調達はなしでいいってなったんだよ。」
「ふ~ん…。」
「それでさ、どうせ今日一日やる事もないし、せっかくだからみんなで街を見て回ろうよ。」
「おー、面白そうだな。こんな遠くの国に来るのも初めてだし、珍しいものとかあるかも。」
「それじゃあ決まりだ!ねーねー、アリスちゃんも来るよね?」
アニーはそう言ってアリスに抱き着いた。
「な、なにをする、離れろ…!」
「わーい、アリスちゃんの髪の毛ふわふわでいい匂いする~!」
「あ、アニー、離せ…。」
「じゃあ離すから、一緒に行こうよ!」
アニーはそう言ってアリスを離す。
「わ、私は行かない!」
アリスはそっぽを向いて拒否した。
「え~、行こうよ行こうよ。」
アニーはそう言ってアリスにまた抱き着こうとする。アリスはそれを手で抑えつける。
「なんと言われても行かないっていったら行かない!」
「え~、行こうよ行こうよ~。」
アニーは拒否するアリスにしつこく聞く。その様子を見たレベッカさんがアニーを止めた。
「アニー、無理を言っちゃ駄目ですよ。」
「え~、せっかく船で遠くまできたのに~。ねぇいこうよアリスちゃん、ねぇねぇ~。」
「駄目です。王女殿下に無理を言っちゃいけません。」
「ちぇっ~…。」
レベッカさんに言われてアニーは諦めた。
「すみません殿下。ご無礼をお許しください。」
レベッカさんはアリスに頭を下げた。
「じゃあアニー、行きますよ。」
「え、史郎は?」
「駄目です。」
「え、なんで、史郎は行く…。」
アニーは何か言おうとして途中でレベッカさんに口を塞がれてどこかへ連れていかれた。
結局俺とアリスだけになってしまった。
せっかく4人で出かけて、少しはこの気まずい空気も解消できるかと思っていたのに。
そこから少し沈黙の時間が流れた。俺もアリスもお互い一言もしゃべらない。お互いに違う方向を見て、ただ隣で座っていた。
そしてその沈黙に耐えられず、俺が喋った。
「なぁ…、アリスよ。命を狙ってきた相手と一緒に過ごすのは納得できないかもしれない。だけど今はそういう事も言ってられないだろ…。俺たちの目的は遺物を見つけること。その目的のためだったらそれくらいは我慢しようぜ…。」
「違う!」
アリスが突然叫んだ。
「ど、どうした…?」
「私はモーゼスという男の船に乗る事に関してはカスティリアを出る前に既に割り切っている…。」
「え…じゃあどうして…。」
アリスはうずくまり、漆黒の涙がガソリンだったことに凹んでいたときよりももっと暗い表情で俺に言った。
「史郎…、お前は言ったはずだ。私の事を仲間だと…。なのに、船に乗った晩にモーゼスという男の前ではっきりと言った…、別に俺はあいつの仲間じゃない…、と…。」
「えぇ?そんなこと言って…。」
確かあの日、モーゼスさんからなんか言われて。
そうだ、確かあの日モーゼスさんにお前従者のくせにとか言われて、別に俺は従者ではないけどって言ったんだ。
「否定しないんだな…。」
「どぉっ…おい、違うって、ちょっと思い出してただけだよ。」
「初めてだった…、仲間なんて言われたのは…。だからすごく嬉しかったんだ…。それなのにお前は私の事を仲間じゃないとはっきり言った…。」
「まてって、それは誤解だって…。」
「それだけじゃない…。船に乗ってからほかの連中と楽しそうに話して…、私の事はほったらかしだ…。私のところに来るのは毎日3回食事を運んでくるときだけで、それ以外はずっとアニーや使レベッカという使用人と楽しそうに話して…。私はお前と気が合うと思っていたのに、私と今まではなしているときより楽しそうにしていたな…。所詮人付き合いが苦手な私なんかと話しをしても面白くはなかったんだな…。」
「えぇ~…。」
アリスはずーんと暗い表情でネガティブ発言をしまくっていた。
俺は勘違いしていた。
アリスがずっと船に乗ってから不機嫌だったのは、なにもモーゼスさんに世話になるのが嫌だったわけじゃなく、ちょっとした誤解が原因だったみたいだ。
俺はアリスの誤解を解くために、まず最初の夜にモーゼスに言われたことと、俺が本当に言った事を教えた。
俺の説明の甲斐あって、誤解も解け、アリスは元気になった。
「そうか、そうだったのか!」
アリスは誤解だと理解してから立ち直るのが早かった。ちょっと説明したらその話を素直に聞いて、もう笑顔になっている。
「それにしても悪かった。私が勝手に勘違いしてしまって…。」
アリスは俺に言った。
「いいよ、俺もてっきりお前がモーゼスさんの船に乗るが嫌だから凹んでるんだろうって勘違いしてたわけだし。お互いさまだ。」
「ありがとう。そう言ってくれるとなんだか嬉しい。」
浜辺でアリスがニッコリ笑っている姿を横から見て、俺は内心ドキッとしていた。
くっ、何を考えてんだ俺は。煩悩消えろ!俺は自分の頭をポンと叩いて、高ぶっていた感情を抑えた。
くそっ、別に喜ばせるような事なにも言ってないのに…。調子狂うなまったく…。
その後、俺とアリスは浜辺の木陰の下に座って少し話をした。
「私は叔父上の事もあって、9歳の時からほとんど城を出ていなかったから、友人や仲間と呼び信頼できる人物はおろか、話し相手もろくにいなかったんだ。だからお前が仲間になってくれて、いろいろ話ができて私は嬉しい。カスティリアにつく前の晩にお前が話してくれたスマホという異国の機械の話はとても面白かったし、ほかにも飛行機という鉄骨のドラゴンの話も夢があって面白いと思った。たった5日の間だったが、お前とたくさん話をして楽しかった。船に乗ってからもたくさん話したい事や聞きたい事があったのに、私が勝手に落ち込んだせいでその機会を失ってしまった…。だからその分、これから先たくさんお前と話がしたい!」
「お、おう。」
俺はドストレートなアリスにちょっと照れた。
「ま、俺だけじゃなくてよ。アニーとかレベッカさんとも話してみろよ。レベッカさんはちょっとバチバチした相手だからハードル高いかもだけど、アニーなら気軽に話せるだろ。」
「アニーか…さっきは酷い態度をとってしまった…。」
「あいつなら別に気にしてないから大丈夫だと思うぜ。むしろアリスが話しかけたらすごく喜ぶと思うぞ。」
「ほ、本当か?そうか、なら後で声をかけてみよう。」
「だ、だけど、俺に初めて宿屋で言ったみたいに、話がしたい、ってド直球に言うのはだめだ。もっと自然な話題を投げかけて会話に持ち込んでみろ。」
「なるほど…、自然な話題だな。よーし、きっとうまくやってみせるぞ…。」
アリスはそう言って立ち上がった。どうやら気合十分みたいだ。
「なぁ史郎。何度も言うが、本当にありがとう。私のために力を貸してくれて。これから先、もっとお前の力を借りる事になるかもしれないが、よろしく頼む。」
アリスは真剣な眼差しで俺を見つめてそう言った。俺はなんだか照れ臭かった。
前々から真っすぐで素直なやつだとは思っていたが、いろいろドストレートに言ってくるせいでこっちが恥ずかしくなる。
「な、なぁ、モヤモヤも解消されたし、俺たちもここら辺の街を散策しようぜ。」
「ああ、そうだな。」
アリスも少し元気になったところで、俺たちは、港街を散策する事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます