第7話 元海賊

俺とアリスは午前中のうちに大聖堂の前でエリーと待ち合わせをして、王都の街はずれにあるモーゼスの屋敷に向かった。


そして、屋敷の近くまで来た俺たちは今、屋敷の目の前にいる。


立派な屋敷だ。周囲を塀で囲まれ、正面に大きな門があり、その中央に二階建ての白い屋敷がある。


裏の仕事を請け負っているような感じには全然見えない。本当にこの屋敷の主がアリスを襲わせたのだろうか。


「おーい、レベッカさーん!」


アニーが屋敷の塀の中に向かって叫ぶ。よく見ると、屋敷の庭に、メイド姿の一人の女性がいた。


その女性がこっちに来る。


しかし、自分たちの命を狙ったやつの屋敷に、堂々と正面から行くというの流石にまずい気がするが…。


「アニーちゃん、今日はシスターのお仕事はお休み?」


「ん?あー、休みって言うかさぼり?みたいな感じさー!」


「あら、またシスターエルザに怒られるわよ?」


「んー、まぁ行っても行かなくてもどうせ怒られるし!そんなことよりさ、モーゼスのご主人いる?」


「ええ、いらっしゃるわよ。もしかして今日は主人様に会いにここへ?」


「うん、そんな感じ。」


メイドは扉を開けて、俺たちは中に入った。


「ところで、こちらのおふた方は?」


メイドの女性に聞かれ、アニーは俺とアリスを紹介した。


「まぁ、カンブリアのアリス王女殿下でございましたか。私の名はレベッカ、こちらの屋敷の主、モーゼス様にお仕えするメイドでございます。」


メイドのレベッカは礼儀正しくアリスに挨拶をする。


「それでは、お三方、ご主人様のところへ案内しますのでどうぞこちらへ。」


どことなく上品で穏やかなレベッカというメイドに言われて、俺たちは広い庭を通り、屋敷の中に案内された。


そして、屋敷の2階ににある部屋の一つにやってくると、レベッカがその部屋の扉をノックする。


「ご主人様、お客様が…。」


レベッカが中に声をかけた時だった。扉が突然開き、中から一人の男が出てきた。見た感じ俺と同い年くらいの黒髪の青年だ。


「あら?ケヴィン様?」


「レベッカ…。」


青年は慌てた様子で部屋から飛び出してきたと思えば、俺とアリスを見るやいなや、驚いた様子で走ってどこかへ行ってしまった。


一体何だったのか。俺とアリスを見て驚いていたが。


「どうしたレベッカ、御客人を通してくれたまえ。」


中から声が聞こえてきた。渋い声だ。レベッカが一礼して中に入り、その後に続いて俺たちも中に入る。


書斎のような部屋に、立派な机と立派な椅子、そしてそこに座っている眼鏡をかけた50くらいの渋いおじさん。おそらくこのおじさんがモーゼスだ。


「こんにちはー!」


アニーがモーゼスに元気よく挨拶をする。


「アニー、今日は大聖堂に行っているはずじゃ…?」


モーゼスはゆっくりとした優しい口調でアニー尋ねる。


「え、えっと…今日はお休みしたのさー。体調不良ってやつ…!」


アニーは頭をかきながら誤魔化すように答えた。


「まぁいい。そんで、こちらのお二人さんは?」


モーゼスは俺とアリスの方へ目線を向けて尋ねる。そしてアニーは俺たちを紹介した。


「えっと、こっちは史郎っていう慈悲深いお方で、そっちがカンブリアのアリア王女。」


アニーは俺とアリスを紹介した。しかしなんだこのテキトー感は。


「ほう…、渦中のカンブリアの王女殿下が、なんで俺の屋敷に…?」


モーゼスはアリスの事を知っているような反応を見せた。


アニーもレベッカもそうだが、アリスの事を皆一様に知っているとは。それだけカンブリア王国という国は周辺諸国から注目されているのだろうか。


モーゼスの問に対し、アニーは昨日の一連の出来事を話した。


「なるほど…。それで依頼主が誰かを聞くためにやってきたってわけか…。」


モーゼスはアニーの話を聞いて頭を抱えてそう言った。


溜息をついた後に引き出しからパイプを取り出し、煙草を詰め始めるモーゼス。最後に火をつけてパイプの煙を深く吸い込み、口から吐く。


「ま、今更嘘つくつもりはねぇ…。確かに依頼を受けて、俺が倅にお前らの命を狙うように仕向けた。だがまさか、そいつがカンブリア王国の王女殿下だなんて、思いもしなかったけどな。」


モーゼスは意外と素直に白状した。


「この際殺しを行った事についてとやかく言うつもりはない…。その代わり、依頼した人物については詳しく聞かせてもらうつもりだ。」


アリスが強い口調でモーゼスにそう言った。


「ったく…、クライアントの情報を易々と教えられるわけねぇだろ…。」


「そうか…では仕方ない。」


アリスは腰の剣を抜き、剣先をモーゼスに向けた。モーゼスはパイプを吸いながら平然としている。


「もし教えられないというなら、私は貴殿を斬る。」


「なんでそうなるかね…。」


モーゼスはあきれた様子でアリスに言った。


「武器を収めくださいますか王女殿下?」


後ろから声がしたと思い振り返ると、そこには銃剣のついたマスケット銃をアリスに向けて構えているメイドのレベッカの姿があった。


さっきまで何も手にしていなかったのに、一体どこからそんなものを出したのか。


「私に銃口を向けるとはいい度胸だ。」


「お望みならここで一戦なさいますか?」


強気な態度で剣をモーゼスに向けるアリスに対し、レベッカは終始笑顔と優しい口調で話す。


アニーと俺はそんな様子を見て慌てふためいていた。正直いってどうすればいいか分からないというのが本音だ。


「あ、アリス…。ちょっと落ち着けよ!」


俺はアリスに声をかけるが、黙っていろと一蹴される。


「いいか、依頼した人物を吐け。そうすれば命だけは助けてやる。」


王女様なのに、まるで悪党のような発言をするアリス。


「アリス王女殿下、私は殿下が動くよりも早く殿下を撃てますよ?それでも剣を収めていただけませんか?」


「ほう…、私には避けられないとでも言いたいのか?面白い、試してみるか?」


アリスとレベッカはもうあと一言でも喋れば、この場で戦闘になるという段階まで来ていた。


「アニー、なんとか説得してくれよ…!」


「あ、アリス王女…?レベッカさん…???」


俺はアニーに助けを求めるが、俺と同じく横であたふたしていて、まるで頼りにならない。


そんな一触即発の状況を止めたのはモーゼスだった。


「ったくしゃーねーなぁ…。レベッカ、銃を下ろせ。」


モーゼスに言われ、レベッカは銃を下ろす。そして頭をかきながら机の引き出しを開けて何かを探しだした。


「え~、確かここにしまったはず…と、あったぞ。ほらよっ…。」


モーゼスは引き出しから何かを取り出し、それをアリスに投げた。


アリスは剣を持つのとは反対の手でそれを受け取った。俺とアニーはアリスに近寄り、アリスの手をのぞき込む。


アリスが受け取ったのは、十字架の描かれた金貨だった。


「これは?」


「俺が知るかよ…。依頼主からそいつを受け取ったんだよ。確か依頼主はエリア教の司祭だったな…。なんかよくわかんねーけど、神の遺物に手を出す者に神罰を…とかなんとか言ってやがったっけな。」


「その話嘘ではないな?」


「全部ほんとだよ…。おたくに嘘ついたらどうせ面倒な事になるだろうからな…。」


アリスは念押しの確認に、モーゼスはめんどくさそうに答えた。


「しかしお前ら、どんな事したらエリア教の司祭から殺し依頼されるんだよ…。」


モーゼスがあきれた表情で言う。


「なぁアリス、なんか心当たりあるか?」


「いや…、全くない。だが、叔父上出ない事はこれではっきりと分かった。」


「え、なんで?」


「叔父上は宗教に関心がないどころか、自分の周りに司祭や司教を近づけない程に信仰心がないお方だからな。その叔父上がエリア教の司祭を動かして殺しを依頼させるはずがない…。」


「となると、ますます誰の仕業か分からんぞ…。」


アリスにも心当たりがない。今のところこんな殺しを依頼するような人物がまったく思い当たらないが。


剣の手がかりも見つかり、船の手配をしてはやくガレリオ地方に行かなければいけないんだが。


「おい、用が済んだらかえってくれないか。これから船に乗る準備をしなきゃいけねぇんだよ…。」


「船?」


俺はモーゼスに聞いた。


「あ?一々詮索すんじゃねぇよ。」


「すんません…。」


「なんだお前、男なら聞けよ。」


「はい…???」


意味わからん。なんだこのおっさん。


「自慢じゃないが、俺は9つの海を恐怖に陥れ、海の死神と呼ばれる無敵の海賊船の船長だったんだ。」


「へぇ~…。」


「あれは15年前の事だ。俺は当時、ユーロレンシア皇帝の密命を受け、神聖クロヴィア帝国に対し、海賊活動を行っていたんだ。そんなある日、妙な噂を耳にする。ユーロレンシア海軍の船が次々とクロヴィアのとある海賊船に沈められていると。その名もレッドフォックス。黒い船体に深紅のマスト、そして合計80門の砲を備えた怪物だ。俺はそいつを3ヵ月間探し続け、そしてある日、その怪物を見つけた…。俺はあえて怪物に姿を晒し、こちらの存在を知らせた。すると俺の船に気がついた怪物は、80門も抱える巨艦とは思えないスピードで俺の船を追いかけてきた。だが、俺の船は海の死神。9つの海で1番早い船だ。当然やつは追いつかない。しかし俺はあえて、怪物が追いつくスピードで船を進めた。そして、嵐の夜になるまで俺は怪物をひたすらじらした。1週間が経ち、遂に時が満ちた。海は荒れ、夜で視界も悪い。俺はその機を逃さず、一気に急旋回し、怪物に突撃した。俺は怪物の周りをぐるぐると周りながら、砲撃を浴びせた。怪物はその巨体ゆえに小回りが利かず、俺の船に狙いを定める事ができない。俺は一方的に怪物に砲撃を浴びせ、嵐が止むまでひたすら怪物に砲弾を撃ち込んだ。そして長い夜が明け、気がつけば怪物は炎上し、海へ沈んでいった…。とまぁ、そんなかんじで、一応伝説的な船長なんだ俺は。ま、そのあと副官に裏切られて船を無くし、今じゃちっぽけな輸送船の船長に成り下がっちまったけどな…。」


「…。」


俺とアリスとアニーの3人は呆然としていた。話が長すぎる…。


「し、史郎…。ご主人に船ってワードは禁句だぞ…。ミーもご主人に雇われてから耳にタコができるくらい聞かされたのさ~…。」


アニーは俺の耳元で囁いた。そして、その横でレベッカが笑顔で拍手している。


「いつ聞いても素敵なお話ですわご主人様。」


「ま、別に大した事じゃねぇけどよ…。」


モーゼスはレベッカに褒められて嬉しそうだ。こんな事をもう何十回も繰り返されているアニーは気の毒だ…。


「とにかくそういうわけで、これから船の準備をしなきゃいけねぇ。なんたって、今回はガレリオ地方のオストニアまでの航海だからな。」


俺はその言葉に反応した。


「ガレリオ地方!?」


「な、なんだ急に…。」


俺とアリスの突然の反応に、モーゼスは驚いていた。


「あの、実は俺たちガレリオ地方に行く船を探していたところでして…。」


「あぁ?」


モーゼスは俺を睨みつける。


「いや~…乗せてもらえたらな~なんて…。」


「俺の船に乗りたいだぁ?生意気言うんじゃねぇ!」


「えぇ~…、じゃあいいですよ…別に…。」


「なんですぐ諦めんだよ。馬鹿かお前。」


「????」


このモーゼスというおっさんは一体何なんだ…。


モーゼスは席を立ちあがると、机に出ていた書類やらなんやらを鞄にしまい始め、そしてレベッカから帽子を受け取り、ジャケットを羽織った。


「ま、お前たち二人には迷惑かけちまったからな…。どうしても俺の船に乗りたいってんなら乗せてやるぞ。タダで。」


「タダ?まじかすか!?」


まさか船を見つけられるなんて。それにタダときた。こんなチャンスは他にない。


「誰が犯罪者の船になど…。」


アリスが余計な一言を言いそうになっていたので、俺はアリスが言い終わる前にアリスの口を塞いだ。


「今なんか言ったか?」


「い、いえ何でもないです!」


俺は何とか誤魔化した。


「そうか、じゃあダリル港で今夜出発だから、夕方までにはこいよ。あそれとアニー、お前も来い。」


「ミーも?」


「どうせお前、俺がいなかったら大聖堂に行かないで家でゴロゴロしてるだけだろ。」


「えー…、ミー水の上嫌いなんだけど…。」


「お前が嫌なのは甲板掃除だろ…。いいから来い、いいな?」


「はぁ~い…。」


モーゼスはそう言って部屋を出て行った。


「では、私もいろいろと準備がございますので失礼します。あとはアニー、王女殿下と史郎様をお願いね。」


レベッカもそう言い残し、どこか別の部屋に行ってしまった。


俺はレベッカもいなくなったのを確認して、アリスの口から手を離した。


「何をするんだ史郎!あいつらは私たちの命を狙った連中なんだぞ!?そんな連中の船になど私は乗らん!」


アリスの怒りがひしひしと伝わってくる。


「お前の気持ちも分かるけど、探してた船が見つかったんだ。今は我慢するしかないだろ。」


俺はアリスにそう言うが、まだ納得はできていなそうだった。


「アリスちゃん、ちょっと落ち着いてよ。ご主人は悪い人じゃないってミーが保障するから安心して!それに何かあったときは、ミーがアリスちゃんの味方になるから!」


「アニー…。すまん、私としたことが…、ついムキになってしまった。」


アニーに言われ、アリスは少し落ち着いた様子だった。





その後、俺たち3人は一度王都に戻り、夜になる前に旅の支度をした。

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