第6話 襲撃&猫シスター2nd
少し広めの一室を借りて、その部屋のベランダの前にあるテーブルで手帳を調べた。
長い髪を後ろで結んで、部屋着姿のアリスは俺の向かい側に座り、窓の外を眺めながら俺の話を聞いた。
一ページ目から半分くらいまでは、騎士オベイロンの行動予定が細かく記されている。書いてある日付から、この手帳はオベイロンが第一次殉教軍遠征に参加したときのものだと思われる。
手帳には、何月何日午前に~港出発予定だとか、~で集結したとか、あとは今日は特にこういう事があって~といった具合に、いろいろなことが書いてあった。
そして、第一次殉教軍遠征が失敗に終わり、全軍に撤退命令が出た7月8日の次のページに、例の敗れたページが来て、その後に急にオベイロン宛てのメモ書きが残されていた。一番下に、冒険者ロイと名前が書かれてる。
メモ書きには、こう書かれていた。
我が主オベイロン。このメモを読んでいるという事は、国に無事帰還されたことと思います。ですが、このメモを読む頃には私はケルデロスの山から身を投げてすでにこの世にはいないでしょう。
私は、あなた様から仰せつかった神エリア様の遺物を大教皇様のもとに輸送する任務を果たせませんでした。私は第4軍のリリオン様の船団と行動を共にし、大教皇領を目指しました。しかし、その帰りに異端の襲撃に合い、船団はほぼ壊滅。私の乗っていた船も沈められ、遺物も失ってしまいました。
私は、その責任を負い、死ぬつもりです。どうか、役立たずで身勝手な私をお許しください。
どうやら、冒険者ロイというやつは、騎士オベイロンの指示で剣を輸送していたが、それを無くしてしまい、責任を感じて自殺したってわけだ。
騎士オベイロンの最期は、帰還中の船内で病死だったが、なぜかオベイロンの剣は船から見つからず、そこから場所は不明とされていたが、どうやらオベイロンは、剣をこの冒険者ロイとやらに託していたようだ。
多分、聖王剣オベイロンが今日まで場所が分からなかったのは、このメモに書かれている約束が、騎士オベイロンと冒険者ロイとの間だけで交わされたものだったからだろう。
しかし、せっかく手がかりを見つけたと思ったら、遺物のは失くしたとしか書かれていないし、船という事は海とか川とかの水の上だし、遺物もそこで沈んだとすれば、もはや見つける事は困難かもしれない。
「だめだ、遺物がどこかで無くなったところまでしか分からん。」
俺は手帳を机に投げて、天井を見上げた。
「せめてどこで船が襲撃されたとかが分かればいいんだけど…。」
「いや、分かるかもしれない。」
アリスが顎に手を当ててそういった。
「第一次殉教軍遠征の第4軍のリリオンと言えば、この遠征での2番目の功労者だ。名前こそ後世にそこまで伝わっていないが、さっき書庫で読んだ本にそう書いてあった。確か、リリオンは遠征中負けなしと記されていた…、ただ一度を除いてな。」
「ただ一度を除いて…?」
「ああ。その戦いをリレー川の戦いというんだが、リリオンは、この戦いで第4軍の兵をほとんど失ったとされている。おそらくだが、冒険者ロイのメモにある船団の襲撃は、このリレー川の戦いを指しているんじゃないか?」
「なるほど…、じゃあリレー川ってところで剣が沈んでる可能性があるって事か…。で、リレー川ってどこよ…。」
「リレー川は、ガレリオ地方という、亜人種が多く暮らしている場所にある。エリア教国家の間では、異端の地と呼ばれる場所だ。」
「なるほど、それってこっからどのくらいのところにあるの?」
「ガレリオ地方、それもリレー川周辺となると、早くても3週間~4週間はかかる。」
「それって馬で?」
「いや、船でだ。陸路だと数か月はかかるかもしれない。」
「まじかよ…。」
船か。俺は船が苦手だ。というより、水が怖い。海洋恐怖症って聞いた事あるだろ?俺はまさにそれなんだ。深い海とか川、湖が怖い。なんなら現世にいたときは海外の旅行先のホテルにあるプールなんかも少し怖い。
泳げないわけではないが、水面からは見えないが、もしかしたらサメとか、でかい魚とかクジラに襲われるんじゃないかって想像してしまうのだ。
万が一船が沈没したらどうしようとか、そういう事も考える。
俺はこれから船に乗る事を想像したら、テンションが一気に下がってしまった。
「しかし、ガレリオ地方に行く船となると、かなり数が限られてくる上に高額だ。それに、リレー川に行くとなると亜人の国に入らなければならいから、誰か都合のいいガイドも手配しなければならないだろう。」
「まじか~…、かなり絶望的だな…。」
俺がそう言って椅子から立ち上がった時だった。
「静かに…!」
突然アリスが俺にそう言った。
俺はとりあえず言われた通り黙っているが、なぜかは事か分からない。
「誰かが階段を駆け上ってきている…。それも4~5人はいる…。」
アリスがそう言うが、俺には何も聞こえない。
「いいか、お前はそこのベッドの後ろにでも隠れていろ。」
俺はアリスに言われた通りベッドの後ろに隠れた。すると、俺にも廊下をどたどたと何人かが走る足音が聞こえてきた。
そして、足音が俺たちの部屋の前で消える。
アリスは、腰の剣をゆっくりと抜いて構えた。
そして次の瞬間、突然黒いローブをかぶり、手に剣を持った集団が部屋に突入してきたのだ。
黒いローブの男たちは部屋に入るなり、アリスに斬りかかった。
アリスは斬りかかってきたひとりめの男を華麗に斬る。そして、その後ろからさらに剣を振り下ろそうとしてきた男も斬った。
その後ろにさらに3人の男がいたが、立て続けに二人斬られて動揺したのか、かかってこない。
「どうした、私を殺しにきたんじゃないのか?」
アリスのがそう告げると、2人の男が声をあげながら同時にアリスに斬りかかってくる。しかし、アリスは華麗な身のこなしで相手の攻撃をかわし、そして一人、また一人と斬っていく。
最後の一人はその様子を見て怖気づいたのか、部屋から逃げ出した。
俺は男が逃げたのを見て安心した。
「ふぅ…、一体何だったんだあいつら…。」
俺はそう言ってベッドの影から出ようとした。まさにその時だ。
さっき逃げたはずのローブの男が仲間を連れて戻ってきたのだ。
「やれ!やれ!」
一人の男の掛け声で一斉にアリスに飛びかかる男たち。しかしアリスが強い。全員見事に斬っていく。
しかし、アリスの背後に回った一人の男がアリスに後ろから斬りかかろうとする。俺はその様子を見て、近くに飾ってあった壺を投げつけた。
壺は見事男の頭に命中し、男がよろめいている隙にアリスが振り返ってその男を斬った。
どこから湧いてきているのか、ローブの男たちは次々と部屋に入ってくる。もうすでに8人はアリスにやられているというのに。
しかし、流石に何人もやられてアリスを警戒したのか、男たちは斬りかかってこない。
その様子を見たアリスは、俺に手帳とベッドの横のバッグを持つように言った。
「持ったぞ!」
俺が全部持ったことを伝えると、アリスは剣を鞘に戻し、そのまま俺の方に走ってきて、俺の腕を掴んでそのままベランダの窓を突き破った。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
部屋は4階。俺は悲鳴を上げた。
死ぬのか、それとも骨折か、とにかく重傷以上確定のこの状況。
しかし、地面にぶつかる直前に、アリスが俺を抱きかかえて着地したのだ。
アリスは俺を降ろすと、こっちだと言って走り出した。ベランダから俺たちの方を見ている黒いローブの男の一人が、「逃げたぞ!追え!」と下に向かって叫んでいた。
すると、宿屋の向かいの建物の影から、5人の黒いローブの男たちが俺たちを追いかけてきた。
一体どんだけいるんだこいつらは。もしかして、こいつらもエゼキエルの手下なのか。
とにかく必死に逃げた。アリスは一本の路地に入っていくが、まさかの前からもローブの男たち。そして振り返ると、さっき追いかけてきたやつら。
絶体絶命。いくらアリスでも、これはヤバイかもしれない。
「アリス、なんかすごい魔法とか技とか使えないのか!?」
「無理だ!こんなところで使えば、街に被害が!」
俺がアリスに余計な事を聞いていたら、黒いローブの男たちがアリスに斬りかかってきた。アリスは応戦するが、最悪な事に、俺の方にもローブの男たちが斬りかかってきたのだ。
俺は終わったと思った。まさにその時だ。俺の目の前でローブの男たちが勝手に倒れた。
そして俺の目の前には、大聖堂にいたあの猫シスターの姿があった。
「お、お前は…。」
「お昼ぶりだね慈悲深いお方!」
「どうしてここに…?」
「いや~、さっき買い物してたら慈悲深いお方が変な連中に追われてるのが見えたから、助けなきゃと思ってやってきたのさー!」
猫シスターはそう言って両手に持った二つの短剣で黒いローブの男たちを倒していく。
俺はアリスと猫シスターが戦う後ろから、道に落ちている小石を黒いローブの男たちに投げつけて援護した。
「一旦退け!退くんだ!」
男の一人がそう言うと、俺たちを取り囲んでいた男たちが逃げていく。
何とか危機を脱した。あたりには黒いローブの男たちの死体が転がっている。
アリスは黒いローブの男の死体を確認する。
「叔父上の手の者なのか…、しかしここはカスティリアだぞ…。」
「こいつらモーゼスの部下たちだよ。」
猫シスターが黒いローブの男の死体を見てそういった。
「モーゼス?」
アリスが猫シスターに聞く。
「この国の裏のドンって呼ばれてる人!表向きはカスティリアの商業ギルドの長だけど、裏では殺しとか人身売買とか、犯罪やってるって話だ!」
「だけど、どうしてそんな連中が俺たちのところに?」
「それはミーにもわかんない…。誰か恨みを持ってる人に殺人を依頼されたとかなんじゃないか?」
猫シスターはニコニコしながらそう言った。笑顔で言えるような事なんだろうか…。
「では、叔父上がモーゼスという男に依頼したというのか…。だが、私たちがこの国に来た事を叔父上は知らないはず…。」
「尾行されてたとか?」
「それはなさそうだ。仮に尾行されていたとしたら私が気づく。それに、仮に尾行していたとして、目的はなんだ?私たちの行動を探るためなら今襲撃するのはおかしいし、もし機をうかがっていたとしたらこんな場所ではなく、国内にいたときに襲われているはずだ。」
アリスの言う通りだ。仮に尾行されていたとしたら、このタイミングでアリスを襲う意味が分からん。もっと別の機会があったはずだ。
「もしかしてアリスの叔父上はまったくこの襲撃には関与してないとか?」
「では、この襲撃は別の誰かの企てという事か?」
「あくまでも可能性の話ではあるけど…。」
「しかし、叔父上以外に私を狙う者など考えられないが…。」
アリスに心当たりはないようだ。
「なーなー、どうせならモーゼス本人に直接聞いたらいんじゃないか?」
猫シスターがそう言った。
「直接聞くって、そんなことできんのか?」
俺が猫シスターに聞く。
「まぁな。ミーはモーゼスに雇われてる用心棒だからな!」
「え?モーゼスの用心棒?てことはこいつらお前の仲間って事?」
「んー…、仲間じゃないけど、ボスはミーと同じだ!」
「えっと…、てことはそのボスの手下を殺しちゃってるけどお前は大丈夫なわけ…?」
「…。」
俺が猫シスターにまずい事してるんじゃないかと教えると、少し沈黙した後、大声で叫びながら頭を抱えて地面にうずくまってしまった。
「ぬおおおおおおおおお!!私としたことがあああああああ!!」
猫シスターは昼間の大聖堂の時と同じ声で叫び始めた。
「ところで史郎、彼女は一体何者なんだ?どうやらお前の知り合いらしいが…。」
「ああ、こいつか…、こいつは…。」
俺が猫シスターの事をアリスに言おうとすると、猫シスターが突然立ち上がってアリスの手を握って話始めた。
「ミーはアニー!よろしく!」
「あ、ああ…よろしくアニー。」
「そういえば慈悲深いお方にも名前教えてなかったな!よろしくな!」
猫シスターのアニーは笑顔でそう言った。
「ところで二人はなんていうの?」
俺とアリスはアニーに自分たちの名前を教えた。すると、アリスの肩書を聞いたアニーが驚いた様子で言った。
「まさかお隣の王女様とお知り合いになれるなんて…、ミーはなんて幸せなやつなんだぁぁぁぁ!!」
アニーは叫んだ。
「そんな、大げさだ…。」
「おぉー、アリス王女は謙虚で素敵だぁなぁ~…。隙ありっ…!」
アニーはアリス足にしがみつき、頬をすりすりしていた。
「なっ…、何をしているんだ、離してくれ。」
「えへへへ~…。」
足にしがみついて離れないアニーに、アリスは困惑していた。
「ていうかアニーよ、直接聞きに行くって言うけど、流石に殺しのターゲットが直接ってのはまずいんじゃないか?」
「あー、大丈夫大丈夫。ご主人はいい人だから。」
俺が聞くとアニーはアリスの足から離れてニコニコしながらそう言った。
さっき裏のドンで殺しとか人身売買とかとんでもない事してるって自分で説明したのに、今更いい人だから大丈夫っていうのもおかしな話だが…。
「けどやっぱりちょっと不安だから、直接ってのはやめた方が…。」
「いや史郎、私は直接そのモーゼスという男に会って話を聞きたい。」
「ま、まじでいってんのかアリス?それはいくらなんでも危険じゃ…。」
俺がそう言うと、アニーがひょこっと俺とアリスの間に顔をだして言った。
「大丈夫だって、ミーがいるから。」
アニーはそう言ってるが。なぜだろう。こいつの言う大丈夫という言葉はまったく信用できない。
「どっちにしろ今日は遅いし、明日大聖堂の前で待ち合わせにしよ!そしたらミーが屋敷まで案内するから!」
「分かった。頼んだぞアニー。」
アリスはどうしてもいくつもりのようだ。
その後俺とアリスはアニーと別れ、宿屋に戻った。
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