第5話 猫シスターと手帳

カンブリア王国の王都キャンブリアからカスティリア王国までは5日かかった。


カスティリア王国とカンブリア王国は、アリスの祖父、エゼルレッド1世の時代には、両国とも戦争状態だったという。しかし、アリスの父のエゼルレッド2世がカスティリア王国と講和し、今では国境も開かれているという。


俺とアリスはカスティリア王国の王都、ラマアトにやってきた。


街は確かにデカいが、やはりキャンブリアと比べると人もそこまで多くないし、落ち着いている。まぁこれはこれでなかなか魅力的な街だと思うが。


ただ、キャンブリアと違い、亜人種の奴隷がいる。


亜人種とは、簡単に言うとエルフとか、獣人とか、ドワーフとかオークだ。


そんで、人間は基本的に亜人種と敵対している。エリア教の教義で亜人種は異端と扱われているからだ。


ただ、エリア教は、亜人種は異端だから全部殺せってかんじではなく、全部奴隷にしろっていうスタンスだ。よくわからんが、それが異端に対する救済ということらしい。


そんで、このラマアトには亜人種の奴隷がちらほらといる。


奴隷の亜人種たちは、店で商売をしたり、道で談笑したりと、普通に生活しているように見えるが、全員銀色の首輪をつけられている。


俺のイメージしていた奴隷とは180度違い、普通に人間の生活に溶け込んでいるし、街の人間も普通に亜人種と仕事をしたり話をしたりする様子がうかがえる。


いやしかし、逆になんでカンブリアに亜人種がいないのか不思議だ。俺は半年間カンブリアで過ごしたが、亜人種なんぞ一人も見なかったな~。


そんなことを考えているうちに、俺とアリスはラマアトにある教会にやってきた。しかし、なんだこのデカさは。


目の前にそびえたつのは、とにかくでかい建物。俺はてっきりこれが城だと思っていたが、どうやら違うようだ。


俺はアリスについていき、その建物の中に入っていく。


建物の中には、白で統一された同じ服を着ている人が大勢いる。


「いいか史郎、ここがカスティリア王国のラマアト大聖堂だ。エリス教最大の教会と言われている。ここには礼拝施設のほかに、エリア教に関する資料が多く保存されている書庫がある。」


「ほう…。となると例の絵は、ここの蔵書の一ページだったという事もあり得るな…。おっし、じゃあ早速書庫とやらでいろいろ探してみるか。」



俺とアリスはラマアト大聖堂の書庫に向かい、とにかく手がかりになりそうな情報を探した。

しかし、流石に1500年の歴史を持つエリア教だ。蔵書数が半端ない。


思い返せば、カンブリアの魔道大図書館も、やけにエリア教の本の数が多かったな。


俺は遺物関連の特に聖王剣に関して記されている本、そして騎士オベイロンについて書かれている本を探して読むことにした。


遺物の起源や、遺物がその後どうなったかと言った事や、オベイロンが殉教軍遠征の後どうなったかなど、いろいろなことが書かれている。


俺は途中で気になった言葉などがあった場合に、その言葉関連の本も持って来て、それも読んだりしていた。


だが、いくつ読んでも、聖王剣オベイロンの在り処についてのはっきりとした手がかりはない。アリスが持っていた絵が切り取られたような痕跡のある本もない。


いや、そもそもアリスの持っていた紙が本の一ページという確証すらないのだ、だからここにある本をいくら探しても、もしかしたら無駄という事もあり得る。


そう考えたら、俺は本を読むのを辞めていた。


やはりリンゴ酒の匂いが気になる。アリスの言っていた通り、リンゴ酒が教会でしか使われないとすれば、間違いなくここに違いない。協会は王都ではここだけだと言っていたし、あの紙が別の街から飛んできたという事も考えにくい。


そうだとすると、やはりこの教会が匂う。しかし、リンゴ酒の匂いがべったりとつくほどになるというのはどういう事なのか。リンゴ酒は祭壇にあるゴブレットにあるようだが…。一度確かめてみるか。


俺は本を戻し、祭壇のある礼拝堂へと向かった。


礼拝堂に入ると、いくつもの長椅子が何列にも並び、その一番奥に祭壇がある。そしてその祭壇の後ろには鎧を着て、右手に剣を持ち、左手に盾を持った羽の生えたエリアの絵が描かれている。


礼拝堂のには何人かのシスターがいて、床を掃いたり窓を拭いたりと一生懸命掃除している。


祭壇の前まで行くと、確かに三つのゴブレットに酒が入っている。俺は鼻を近づけてその匂いを嗅ごうとした。


「一体何をなされているのですか?」


俺は声に気がついて慌てて嗅ぐのを辞めた。


声の主は結構お年を召されたシスターだった。


「あ、いや~、その…、実は私、エリア教の熱心な信者の一人でして…。」


「まぁ、そうでございますか…。」


俺は咄嗟に嘘をついた。エリア教のシスターだ、下手な事を言うと何をされるか分からない。俺は一度エリア教の狂信者に殺されかけているから分かる。エリア教の信者を怒らせてはならない。ましてや祭壇に供えられた酒の匂いを嗅ぐなど、許されるはずがない。


「熱心なのはよろしいですが、祭壇の供え物にはくれぐれも手を出されませぬように。これは神に祈りを捧げる場を神聖なるものにするための品々ですので!」


「分かってますよ~、ええ、もちろんわかってます…。」


「では、くれぐれも先ほどような愚かな真似はしないように!」


シスターはくわっと俺を睨みつけてどこかへ行ってしまった。


まだ慈悲深いシスターでよかった。もしもっと過激な人だったら、俺は即刻吊し上げられて、今頃公開処刑されていたかもしれない。


恐ろしやエリア教。


しかし、祭壇に近づくなと言われてしまったらそれまでだ。


いや待て、どうせならさっきのシスターに何か聞いてみるというのもいいかもしれない。結構年行ってる人だったし、もしかしたら結構いろいろ知っているかもしれない。


俺はさっきのシスターを探した。しかし見当たらない。


どこいったんだあのおばあちゃん。


この際おばあちゃんシスターもいなくなったし、こっそり祭壇を調べようか…。いや、やめておいた方がいいな。この一瞬であのおばあちゃんシスターがいなくなるのは逆に怪しい。きっとどこかで俺の事を…。


俺はその時うしろから視線を感じた。俺はくるりと振り返る。


確かに誰かが俺を見ていた気がする。しかし後ろには誰もいない。ただ長椅子が何列にも並んでいるだけ…。ん…?なんだあれは?


前から4列目ぐらいの長椅子のところに、なにかうねうねとしたものが見える。それはまるで、動物の尻尾のようだ。


俺は怪しいと思い、4列目の長椅子のところまで行き、椅子と椅子の間を覗いた。


するとそこには、猫がいた。猫というか、獣人の女シスターだ。


「おい、そこで何してる…。」


「ぬおおおおおお!!」


俺がそいつに声をかけると、猫シスターがにゃーではなくて、ぬおおおおと声を上げた。


「ば、ばれてたかー…。」


猫シスターはへらへら笑ってそう言った。


しかしなぜだろう。なにかこの猫シスター、怪しい。とてつもなく何かを知ってそうな気がする。大体、なんで俺に見つかった第一声が、ばれてたかー、なんだ。


驚き方も尋常じゃなかったし。もしかして俺のファン?いや、俺にファンなどいない。というかなぜファンだと思ったんだ俺は…。


とにかく、こいつはなんか怪しいぞ…。


俺は猫シスターをじっと見つめる。


「な、なんなんだお前、ミーをずっと見つめて!!べ、別にミーは何もしてないぞ…!!」


明らかに様子がおかしい。多分こいつは黒だ。そうだ、ちょっと鎌をかけてやろう。


「もう逃げられないぞ。調べはついてるんだ。」


「な、なんだそれ!どういう意味だー…!?」


「いいか、今ならまだ間に合う。全部言えば許してやる。」


「ほ、ほんとか…?今お前に全部白状したら本当に許してくれるんだな…?」


なんてちょろいやつだ。刑事ドラマの取り調べのセリフそのまま言っただけなんですけど。


「もちろん、神に誓おう。」


「…わ、分かった…。ここだとほかのシスターに聞かれるかもしれないから、ちょっとこっち来てくれ!」


俺は猫シスターに連れられ、礼拝堂の奥にある空いている部屋にやってきた。


「さっき言った言葉嘘じゃないよな?本当だよな…?」


猫シスターは心配そうな顔で俺にそう尋ねた。俺はこいつが何を言うのか知らんが、とりあえず頷いた。


「うぅ…、実は…。」


猫シスターはすべてを吐いた。



猫シスターの話によると、どうやら数日前、祭壇の前を掃除していた時に、誤って祭壇のゴブレットを一つ倒してしまったらしい。


倒したゴブレット中身はリンゴ酒で、地面にこぼれたリンゴ酒を拭こうとしたときに、たまたま祭壇の下にある手帳を見つけたという。猫シスターはそれが大切なものだと思い、その手帳も濡れていたので乾かそうとしたらしいのだが、運悪く一ページ引きちぎってしまったようだ。


猫シスターはばれたらまずいと思い、ゴブレットにはリンゴ酒の代わりに店で買ったブドウ酒を入れ、ちぎれたページは大聖堂の外で捨てたというのだ。


多分こいつは、俺が祭壇の周りでうろうろしていたので、自分のミスがばれたと思ってコソコソ隠れたりしたんだろう。


「わざとじゃないんだよー…!あの日は一人で掃除してて、ちょっと気が抜けたときに…。お願いだよー…、ミーを異端審問会に出さないでぇー…!!」


猫シスターは床で正座して俺に懇願している。


まぁ、猫シスターがこうなる気持ちも俺は分かる。エリア教の大聖堂で祭壇のゴブレットを倒したなんて事がばれたら、こっぴどい罰を受けさせらるに違いない。


さらに、獣人の奴隷となれば、通常よりもっとひどい事をされる事もあり得る。想像しただけで恐ろしい。


まぁとりあえずこの猫シスターのおかげで手がかりが見つかった。早速その手帳とやらを見に行こう。


「安心してくれ、ちくったりしないから。」


「おおおおおありがたいぞぉぉぉ!!なんて慈悲深い方なんだぁぁぁぁ!!」


猫シスターは俺の足にしがみついて号泣し始めた。


「ちょ、動けないんだが…。」


「おおお、すまない慈悲深いお方…!」


猫シスターは俺の足から離れた。



俺は再び祭壇に戻った。あたりを確認して、誰も見ていない隙に祭壇の下を覗いた。するとそこには猫シスターの言っていた手帳があった。


俺はその手帳を取り、こっそりとポーチにしまった。


書庫に戻り、本を読んでいたアリスに声をかけた。


「おい、手がかりが見つかったぞ。」


「本当か?」


俺はアリスに手帳を見せ、その場で開いて一緒に見た。


手帳には予定やらなにやらが書かれていて、ページをペラペラとめくっていくと、一ページだけ切り取られた跡があるところがあった。さらに、手帳の最後のページには、騎士オベイロンと名前まで書いてある。


どうやらビンゴみたいだ。


時間も結構遅くなってしまったので、俺とアリスは王都で宿を借りて、そこで手帳を調べる事にした。

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