第23話 ストライカーに並ぶ者
男子のサッカーが始まる。チーム分けはランダムで行われ、全一はデブの飯塚と同じチームとなり、残りの二人の目隠と玖説とは敵になった。
味方にはフィジカル最強と名高い爆音もおり、その爆音を裏から巧みに操る消音もいた。
消音が指揮をとり、全一のポジションはミッドフィルダーと決まった。
「…非行、お前の実力を見せてもらおうか」
「ふっ…」
なにやら期待されている様で、消音は試合開始前に一言だけそう言ってきた。
ただ、この男にサッカーで期待するのは無駄である。非行は運動音痴な方である上に(ミッドフィルダーってなんだ?)ってレベルでサッカーについて知らない。正直オフサイドとかのルールも分かっていないのだ。
(ミッドフィルダーってのが何なのか知らんが、前の方のポジションだし前線での陽動だとかストライカーのサポートをするものか。
ま、俺は善田の彼氏だし問題無い。こんな球技一つ上手く熟せない訳がない。それにゲームでも前線に出ながら随時補助呪文を掛けたりするのが得意な俺にうってつけのポジションだ。行ける)
全一が大丈夫だと思っている一方、もう一人の自分である偽善田は遠い目をしていた。
(悲惨な光景以外目に浮かばない…なんか女子達の期待が高くなってるから余計に酷いミスをした時の悲惨さがえげつない事になりそうだ…)
試合開始。
先ず最初にボールを持って飛び出すは爆音、その衛星役として傍にいるのが消音で、二人を止めるべく相手はそこに人数をかける。
流石に4人に来られたらボールの扱いが上手くてもどうにもならないので、爆音は消音の指示で全一へとボールをパス。
全一はボールが来る先で立ち止まってボールを確保する。動きながらボールを確保できないのは典型的なサッカー初心者の動きだ。
それを見て、消音は内心ホッとしていた。
(どうやらサッカーは出来ないみたいだな。全てを完璧に熟す善田の彼氏となると要求されるスペックはかなり高いが…こいつは恐らくそれに届いていない。
となると、「スペック無いくせに善田と付き合いやがって…」という勢力に早い内に撃沈させられるな。
良かった、これでまだ爆音にもチャンスがあるという訳だ)
そんな全一を抑えに来たのは玖説。サッカーの最中でもメガネは外さず、全一の前にへと立ち塞がる。
(全一、昨日まではまさかお前まで善田ちゃんを狙っていて俺の競合相手となるとは思わなかった。残念だが、敵と分かってしまった以上はここでお前にカッコイイ所を見せるわけにはいかないから、徹底的にマークさせてもらう。
昨日付き合ったばかりの所悪いが、情け無い姿を晒してどうか善田ちゃんと別れてくれ。俺のギャップモテモテ大作戦の為に!)
全一は玖説が目の前に立ち塞がるや否や、すぐに後方にいる仲間にパスを出す。
ドリブルで抜けたりしようとしない事、立ち止まってボールを受け取ったことから、クラスメイト一同は全一はあまりサッカーを出来ないのだと悟る。
男子一同には玖説の様に「昨日付き合ったばかりならまだどうにか二人を別れさせられる」という意識があり、敵味方問わずこれをチャンスだと考えた。
全一にパスを貰った男子は直ぐに全一にパスを返す。まさかボールが返ってくるとは思っていなかったので全一はほとんど反応できず、玖説にボールを取られてしまった。
ここで全一も彼らの考えが分かってきた。
(なるほど、俺に情け無いプレイをさせて善田に失望させて別れさせるって魂胆で、徹底的に俺を貶めるつもりか。
ふっ…自分の魅力を磨く事よりも、相手を貶めて下げる事に執着する様な奴には負けられんな。それに…良い様に遊ばれるのは大嫌いだ)
普段の自分に返ってくる様な事を言いながらも、全一はそのミスをカバーすべく走った。
そこから試合終了数分前まで両チーム拮抗しており、点数が決まらないまま試合が終わりそうな雰囲気が漂っていた。
全一は特に何も活躍出来てないどころか、毎回ボールを取られたりして情けない姿を晒してしまっていたので女子達の期待も下がり切り、男子らの策略の完全勝利かと思われた。
そんな光景を見ていて偽善田は憤る。
(うちのクラス汚い奴ばっかだな!
明らかに俺のみじめな姿を晒そうって魂胆じゃねぇか!こんな汚い奴が沢山いるクラスだったなんて…あ、こんなに汚い奴が沢山いるなら俺が本心出しても大丈夫だった説あるか?
いや、今はそんな事どうでも良い。俺は相手の良い様に使われるのは大嫌いだ、だから今めちゃくちゃクラスの男子共にざまあ展開をしたくなってきた。
良いぜ、とことんやってやるよ!惨敗してボロボロになったもう一人の俺をクラスのど真ん中で膝枕して慰めてやるよ!
その時に「ひたむきに頑張る君のそういう姿に惚れたんだよ」とか言ってやればもう一人の俺を貶めようとしたあいつら全員さぞかし悔しがるだろうな!
俺だってさっきヤンキーを追い払った
体育終了後の流れを頭に浮かべ、それをやる決意を決めた。
だがまだ試合は終わってはいない。最後に爆音がどうにか相手のフィールドでボールを貰うことが出来、ラストチャンスが回ってくる。
消音の指示でもうディフェンスだとかポジション関係なく前に上がり、どうにか点数を取ろうとする。
試合終了5秒前、ボールを保持していた爆音はどうにか突破しようと前に走り出すも、シュートコースは塞がれている。
だが、一筋のパスコースだけは見つけることが出来た。
それは相手のゴールへと走りだす全一のパスコースだ。
だから爆音は迷わず全一が走る先へとボールを出した。
一同はまさか爆音が全一にボールを出すと思っていなかったので一瞬驚くも、直ぐにその意図を察する。
(ここでシュートを外させて情け無い場面を作りトドメを刺すんだな!)
そんな汚い考えだ。
だが当の爆音本人は、ただ勝ち筋を求めて全一にボールを出しただけだった。情け無い姿を晒させるなど微塵も思ってなく、そんな思慮が回るほど頭も良くなかった。
全一はただ試合終了目前にして何をすれば良いのか分からなかったので適当にゴールに向かい走っていたのだが、まさか爆音が細いパスコースを通して自分にパスを出してくるなど思っても見なかった。
だがここでシュートを決めたら最高にカッコ良くて気持ち良いだろう。
女子達も見ている事だしその日の話題は自分の事で持ちきりになり、善田の彼氏に見合った能力の証明になるだろうと、全一はシュートが成功した時の事を考える。
(俺は善田の彼氏、俺は善田の彼氏俺は善田の彼氏俺は善田の彼氏俺は善田の彼氏、それに見合うほどカッコ良くて完璧な男だ!
こんな奴らには負けられん!くたばれ性悪共!)
そう念じながら全一は左足を軸にし、右足を勢い良く前に出してシュートを打った。名付けるとすれば、プラシーボ効果全頼りシュートだろう。
※プラシーボ効果…思い込みで良い効果を得られるというもの
だがプラシーボ効果は期待に応えてくれなかった。
蹴り上げた足と軸足の間をボールが抜けていく。蹴るタイミングを見誤ってスカッたのだ。
終わったと偽善田と全一は思った。
だがそのシュートをスカッた全一の先には、デブの飯塚がいた。
飯塚はもう勝てないと踏んで全一と共にヤケクソ気味に前に出ていたのだが、なんとその足に抜けてきたボールが当たり、体重120㎏の巨体を支える足から放たれたボールはキーパーの股を抜いてゴールの中へと入った。
「…へ?」
「「え?」」
全員が思わず声を出して驚いていた。
だが飯塚が点を入れたと一同が理解した頃には先生が既に笛を鳴らしており、試合は終了していた。
ボールを蹴った飯塚自身も驚いていたが、この中でたった一人純粋に勝利をめざしていた爆音は声を上げて喜んでいた。
目隠達はまさかのゴールに驚きながらも、飯塚と全一を見ていた。
二人はさっきまで偶然のゴールに驚いていたものの、自分らがゴールを決めたと理解するとしてやったりという顔になる。
その二人のにやけ顔を見て、目隠は悔しがりながらつぶやく。
「完全に運任せゴールじゃん!でもまぁ…全一にシュートされなかっただけマシか」
悔しがりながらも全一が決めなかった事にホッとしている目隠とは対照的に、玖説は額から汗を垂らして焦っていた。
「…あれは運じゃない、二人にハマられた。全一と飯塚が飛び出したのは同時、タイミングを示し合わせていたんだ」
「いや、二人も驚いた様な顔をしてるし絶対に運だろ。ま、仮に実力だったとしても全一がゴールを決めるって展開は防げただろ?それならまだ…」
「まだそっちの方が良かったかもしれん」
「え?」
「考えても見ろ。さっきのハンドボールを見て分かる通り、善田ちゃんは弾を受け取り点を決める動きをする…つまりストライカーなんだ。
じゃあそんなストライカーに合う者のタイプは…」
「ッ!」
玖説の言っている事を理解し、目隠は頭を抱える。
「そうか!そういう事か!
全一は自らシュートのサポートに回る事で、善田ちゃんに他者とは違う価値を示したのか!
完璧で絶対的なセンターポジションにいる彼女に対し、ストライカーとしてアピールするという事は、彼女の横に対等に並ぼうとしている事と同義。それはアイドルグループのセンターを二人にする様なものだ!
それではアンバランスになるのだが、全一は他の者とは違いサポート面での実力を示した。つまり「俺なら君を支える事が出来る」ってアピールになっているのか!」
「ああ…あいつだけ見ているものが違った。完敗だ。
今まで誰とも付き合った事が無いという善田ちゃん(春川からの情報)が全一を好きになった理由はこれかもな。善田ちゃんが彼氏に求めている要素を見極めたんだろう。
全員がストライカーとしてアピールをしようとしている中、一人サポート役としてアプローチをし、その差で善田ちゃんにとってはより一層全一が理想の男性に見えたんだろう。
クソ…他の者とは違う方面からアプローチしようとしていが俺が…まさかこんな事に気がつけないなんて…」
「うう…僕も自分の視野の狭さが憎らしい…」
二人のその話を聞いて、爆音と飯塚の二人以外は非行に(してやられた!)と思っていた。
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