第22話 妄想と現実の狭間
全一の言葉で爆音は振り返って善田の顔を見る
「善田ちゃんの顔がどうしたってんだ」
「試合中なのに足を止めてずっとこっちを見ている彼女の顔に今、笑顔が浮かんでいる様に見えるか?」
「…見えねえな」
「嫌いな奴がボコボコにされたら普通嬉しくなるだろ?なのに今から俺がボコられるっていうのに、彼女は一切喜んでない。
つまり俺は彼女から嫌われないって事だ」
「た、確かに喜んでいる様には見えないな…でも善田ちゃんは俺らとは違ってそんな事じゃ喜ばないってだけじゃ…」
ここで都合が悪い爆音の言葉を無視しそのまま全一は続ける。
「そして俺が嫌われてないとなると…答えはもう一つしかないだろ。俺と善田ちゃんは何一つ裏などなくお互いに好き同士だって」
「そ、そうか…?」
「そうだ」
「そ、そうなのか…俺頭悪いから勘違いしてたぜ」
全一の少し無理矢理な説得の甲斐あり、爆音は振り上げていたい拳を降ろす。ただ、そこでずっと黙っていた爆音の友人である消音が口を挟む。
「善田ちゃんが嫌いな奴がボコされても喜ばないタイプの人だったら…って反論にはどう答えんだ?」
「ハッ!そうだ!誤魔化さずにそれにしっかり答えろ!」
厄介な事を聞かれるも、全一はいたって冷静に自分の考えを述べる。
「…嫌いな人という概念は誰にでもある。それは善田ちゃんだって例外ではない。ただ、嫌いな人の定義には人それぞれ差がある。
例えば二人は嫌いな人と言われたらどんな人を思い浮かべる?」
「難しい事言う奴」
「爆音みたいな馬鹿を良い様に使う奴」
二人は全一の言う通り大人しく答える。
全一はそれを聞き、今度は自分について話始める。
「そうか。少なくとも俺の中での「嫌いな奴」の定義は、ボコられてたらスカッとする奴を嫌いな奴としている。二人にみたいにどんな人が嫌いかってタイプで決めると曖昧になりやすいから、頭の中でそいつがヤンキーにボコボコにされてる姿を思い浮かべるんだ。それで自分がどう思うかで嫌いな奴かどうか決めている」
「おい、それが何だって言うんだ。定義だとか難しい言葉使いやがって…」
「じゃ、ある人の嫌いな人の定義が俺の上位互換、死んでスカッとする奴だったらと考えてみろ。普通死んだらスカッとする奴なんて普通の生活じゃ出来ないだろ?って事はその人は嫌いな人の数は0人となる。
逆に自分に一言でも反論する人が嫌いな人の定義って奴は、多分数百人も嫌いな人がいるって事になる」
「ん、んん…一体何が言いたい?」
「つまり善田ちゃんに俺が嫌いかどうかって聞いても、彼女の嫌いな人の定義が分からないと公正な判断は出来ないって事だ。
「善田ちゃんが嫌いな奴がボコされても喜ばないタイプの人だったら」というのに答えられるのは彼女のみだが、それに対して彼女が答えるとなると、彼女の口から彼女自身の嫌いな人の定義について話させねばならない。じゃないとフェアじゃないからな。
…心優しい彼女にそんな事を喋らせるのは心が痛むだろ?だからそれは忘れた方が良い。そんな理論誰も幸せにならない」
「な、なるほど!よく分からないが何となく分かった様な気がする」
「騙されるな爆音、これただの論点ずらしだからな」
馬鹿な爆音は今ので納得したようだが、冷静な消音は今のでは納得せずに粘る。だが爆音は
「もうやめよう、俺の負けだ。善田ちゃんにそんな事言わせられねぇ」
「おい諦めるな馬鹿。まだ負けてねぇって」
爆音は潔く諦め、それと対照的に消音は爆音の頭を叩きながら立ち直れと鼓舞する。ただ、爆音の考えは変わらなかった。
「もう良い、行くぞショショ。
非行、お前は難しい話をする嫌な奴だが、善田ちゃんとの交際は応援しておいてやる。それに今や学校中にお前が善田ちゃんを脅しているという噂が流れているが、それに負けるなよ。この学校のヤンキーワル共は勿論、他校の奴らも既にお前にヘイトを向けているらしいから大変だろうが、常にその堂々とした態度でいられたらなんとかなるかもしれん。頑張れよ」
「…俺は爆音みたいな馬鹿を巧みに言いくるめるお前が大嫌いだ」
二人はそれだけ言うとグラウンドの方に戻って行った。全一は「やれやれ…」と呟きながら二人が最後に言った事を考える。
(はぁ~やれやれ、随分と敵を作っちまったな。でも大丈夫。だって俺は善田の彼氏。完璧美少女に釣り合う程の彼氏なんだから。そんな奴らごときには負けやしない。
全て完璧に終わらせて善田と一緒にベッドの上にゴールインするんだ。こんな所で終わりやしない)
あまりにも役に入り過ぎた全一はもう妄想と現実の境目が分からなくなっていた。もはや善田の中身は自分だとかいう話も忘れ、自分は善田の彼氏だという設定のみ頭に残っている。そして遂には自分の実力までも分からなくなり、自信過剰になっていた。
ちなみに今の説得を聞いていたイツメンの3人は、全一の狡さを感じ取り引いていたと同時に、あれだけ口が回るのならばもしかして凄い奴なのでは?という期待も微かに抱いていた。
女子コートの方までは全一の声が聞こえなかったが、彼女達から見ると全一が爆音と消音に臆せず挑み、説き伏せた様に見えた。
そしてちょうどここで試合が終わった、偽善田がずっと試合ではなく全一の方に集中していたので、負けはしなかったが点差はそこまで離れてない接戦の勝負になっていた。
(あいつヤンキーをなんて言って説き伏せたんだよ。馬鹿そうなヤンキー相手となると正論でねじ伏せたりしたら逆上しそうだし、マジでどうやったのか分からん。俺の事なのに)
誰も特に偽善田を責める事はなかった。
そして中には全一の物怖じせずに挑む態度を見て、少し全一の印象が上がってる者達もいた。
その筆頭にいたのは春川と明井だ。
「流石優雅の彼氏、あの馬鹿ヤンキーに物怖じしないって根性あるじゃん」
(非行…やはりお嬢様が惚れる事あって、私の知らない一面を持っていたのだな。中身は完全にゲスだと思っていたが…違うのか?)
「お~非行君って意外に勇気もあるんだね~」
「ありがとう…」
明井が非行を褒めたので、つい自分を褒められたと思い素で礼を言ってしまった。
「な、なんで善田ちゃんが自分の事の様にお礼を言うのか分からないけど…取り敢えず非行君惚れる理由も分かったよ~
なんとなく自信に溢れてる感じがあって、「俺は善田ちゃんに釣り合うほどの彼氏だ、こんな所じゃ負けん」って態度で示してるのが伝わってくるぐらい良い感じに堂々としてたね!」
「そ、そうだね…」
(いや、あいつはただ善田の身体とエチエチな事したくて必死なだけだけどな。
多分今も色々とやましい事とか考えているんだろう…)
明井は見事に全一の心情を当てていたが、当の偽善田はそんな訳がないと思っていた。
もはや本人よりも全一の心情を当てられている。
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