第21話 誰だよコイツ、本当に俺か?

授業が終わると、偽善田は他の者達に話しかけられる前に真っ先に全一の元に向かう。全一とイチャイチャする事で他の者達との会話を避ける作戦の開始だ。


「ねー今日はお昼ご飯一緒に食べない?階段裏とか体育館倉庫とかで」


「俺は善田ちゃんとなら何処でも良いよ」


爽やかな澄ました顔で自分をちゃん付けして呼ぶ全一。それを見て、偽善田は共感性羞恥心に苛まれ顔を赤くして少し下を向く。


「そ、そう?じゃあ今日は階段裏で食べようか」

(やめろその顔、自分がカッコつけてる場面を自分で見るのはあまりにきつ過ぎる。彼氏のフリをしろとは言ったが、それだけでここまで演じられるものなのか?

なんっで俺が俺自身の事が分からないんだ)


心の中で困惑しながらも偽善田はそう答える。

ただその光景は周囲の者から見たら、全一が善田に何か言い、それを聞いて善田が頬を赤らめた様にしか見えない。学校内で善田のそんな表情を見た事がある者などおらず、その善田の顔にクラスメイトの男子達は惹かれると共に、全一に対するヘイトを貯め込むのであった。



4時間目は体育。

男女別々の更衣室で着替えるので各々移動を開始する。

全一とイチャイチャする事で他の者達との会話を避ける作戦であったが、ここばかりは分れるしかないので春川と共に女子更衣室に移動する。


偽善田が更衣室に到着すると、そこにはさっきの時間で体育だった上級生や、同じクラスの女子達が着替えをしていた。

中身が男である偽善田にとっては夢の様な光景ではあるが、いざそういう状況へ立たされると怖気づいてしまい視線がつい泳いでしまう。

するとそんな偽善田に、既に着替え始めている春川が上着を脱ぎながら声を掛ける。


「どしたの優雅?早く着替えよ?」

(お嬢様、まさかこんな短時間でも非行と共に居られないのを気にしているのですか?)


「う、うん」


この時、偽善田は春川の方を振り返ると同時に、上裸の春川の身体が目に入る。


(…割といいな、春川の身体。高身長でスタイルが良く、多少ある筋肉がまたいい感じ。ボーイッシュな見た目の女の子も中々良いな…)


心の中でそう思いながらも、その汚れた思考が顔に出ない様に偽善田は着替え始める。

すると、今度は同じクラスの女子が話しかけてくる。出席番号が離れており接点がないので名前の知らない女子だ。

体育着には『明井あかい』と名前があるので、今後の為にも彼女の苗字は覚えておく。


「ねねね、善田ちゃんはどうしてあの…非道?って人と付き合おうと思ったの?」


「ひ、非行君ね。彼を好きになったのは話が合ったからなの」


「話が合う…もしかして全一君も善田さんみたいに頭が良くて、難しい話とかをしてるの?

…あ、いや、確か全一君って中間テストで30位以内に名前を張り出されてなかったからそれが違うか」


「…彼は雑学方面の話が得意なの」


「へ~!それでなにか面白い話をしてくれたんだ!

ちなみにどんな話をしてくれたの?」


「…水中型ガンダムは実はガンダムタイプの系列じゃないって話」


「へ~私は良く分かんないけど善田ちゃんってガンダム好きなんだ!」


明井は全く偽善田の言葉を疑ず、終始笑顔で話しかけてくる。そんな彼女に対する偽善田の印象は…


(何この子、めっちゃええ子…)


全一はチョロい男なので、この数回の会話だけで彼女は最高評価となっていた。




今日は体育館の空調の工事があるという事で、男女一緒にグラウンドで授業を行う。

だが校庭のスペースがそこまで無いので女子は前半の時間でハンドボールをし、男子は後半の時間でサッカーをする事となった。

通常ならどちらかが保険の授業に切り替わる所だが、どちらの先生も保険の教科書を忘れるというハプニングが起きたので今回だけこの様な形での授業となった。


偽善田もとい非行全一はハンドボールをした経験など中学の頃の体育でしかなく、基本ルールをギリギリ覚えているかいなかというレべル。

そして運動神経も良くなく、体育の授業での活躍は絶望的だった。だが周囲の者達は…


「一緒に頑張ろうね!」

「前みたいに出来るだけパスを渡すからシュートお願い!」


と、自分を頼りにするクラスメイトに囲まれて汗を額から垂らしていた。

だがいざ試合が始まると…


「すっ、凄い!善田ちゃんまた点入れた!」

「春川ちゃんと善田ちゃんのコンビやっぱり凄い!」


ハンドボール部相手に引けを取らない普段の善田通りの動きが出来た。


(なんだこの身体…めっちゃ動ける!

弾も見えるしキャッチも出来る、身体がイメージ通りに動くぞ!)


春川が良い感じにカバーしてくれているのもあるが、初めて自分でこれ程動け活躍し、身体を動かす楽しさを知った。




一方その頃、女子のハンドボールが終わるまで男子達はそのハンドボールの試合を眺めていた。

当然彼らが一番視線を追っているのは善田だ。動いている彼女も綺麗で絵になり、しかもその動きも部活無所属の者とは思えない程のもの。目で追わない訳がなかった。

「かわえ~」

「あの白くて細い腕であんなに凄いシュートを撃てるなんてな…」

「何処で写真を撮っても絵になるぜ」

「でもそんな善田さんに…」


そんな話をしていたクラスの男達が視線を移した先は、木陰に座っている全一達の方。現在4人のイツメンで集まって女子のハンドボールを見ながら話している所だった。

主に全一と善田との関係についてだ。


「なあ、本当に付き合ってるのか?お前が何か弱みを握って脅してるとかじゃ…」


「疑うのも分かるが、さっきの善田ちゃんの反応を見てもまだそれを言うのか?

俺が脅しても彼女が頬を赤らめることなんて無いだろ。」

(あれは見事な照れ演技だった、流石俺、即興演技においてはプロだな)


「じゃ、じゃあ善田さんとはどんな話をしたんだ?プライベートが謎に包まれているから、彼女の趣味は沢山憶測が飛び交っているんだ。

完璧すぎて基本的にポピュラーな趣味の話なら何でも出来ちゃって誰もよく分かってないらしいし超気になるんだ。頼む!教えてくれ!」


「それは彼女自身が皆に話す決断を出来たら話す、俺からすべき話じゃない。あっ、でも昨日からは俺と一緒にいる事が一番の趣味になったな」


「自慢しやがってこのクソッたれ!」

「お前普段物静かな感じだったから知らなかったけど、結構性格悪い感じ?」

「俺の120㎏プレスでも喰らいたいのか?死にたいならばいつでも言うがよい」


メガネ、目隠れ、デブ3人に全一は一斉に色々と言われる。

ただそんな3人で盛り上がっている所で、クラスのちょい悪二人がこちらに寄ってきている事に気が付く。

一年二組は他クラスよりもかなり落ち着いており、クラスにいる荒れてる生徒は今こちらに来ている『爆音ばくおん 高円こうえん』『消音しょうおん 小円しょうえん』の二人のみ。


爆音はガタイが大きく強面で声が大きい。よく先生に反発しているのでちょい問題児として扱われている。

そんな爆音と一緒にいる消音は物静かな感じではあるものの、喧嘩がかなり強いらしく裏で結構問題を起こしているという噂がある。

ちなみに苗字と名前からあだ名は『ショショ』だ。濁点が付いていたらとある人気漫画の主人公になるあだ名である。正直ダサいとほとんどの者が思っている。


爆音はこっちに歩いてきながら、周囲に全一に絡んでいるのをアピールする様に大きな声を出す。彼の髪型は、側面の反り込みにそれぞれ『L』『R』と文字になるように髪を残してある奇抜なデザイン。恐らくライトとレフトの頭文字で右左を示しているのだろうが、それが逆に剃られている。

ただ入学してからずっと同じ髪型だが、何故か誰もそれを教えようとしない。

一方、消音はいつも通り無言で爆音に追随しているだけであった。


「おい非行!ちっと面貸せやぁー!」

「…」


「やれやれ、言いたい事は大体分かるからここで構わないよ」


全一以外の3人は爆音の登場に少しだけ顔が強張って緊張していたが、全一は一人だけ澄ました顔してゆっくりと立ち上がる。


「ほぉ、随分と肝が太いな。んじゃあお前が善田ちゃんに何か脅しをかけているって噂が学校中に広まってるのは知っているな?」


「おいおい。善田ちゃんのあの反応が脅して作れるもんか。

ミスは誰にでもあるしそれを恥じる事は無いが…君達はもう少し異性との交流を重ねた方が良い。そうしたらきっと分かってくる様になるだろう」


心まで「善田の彼氏」になりきっている全一は、爆音に対して恐怖せず、ポンポンと思いついた言葉を発していく。

異性との交流なんて全一にもほとんど無いが、そのまま上から爆音に言葉をかける。


「それに善田の顔を見て見ろ、そこに答えがある」


「んあぁ?」


爆音が振り返って女子コートの方を見ると、偽善田がこちらを心配そうに見つめていた。

偽善田はさっきの爆音の大声で「非行!」と自分が呼ばれたのかと思い驚き、試合そっちのけで声のした方を見ていたのだ。そこで二人がなにやら揉めているのだと分かり、不安になりながら何故かヤンキーに立ち向かうもう一人の自分にハラハラしていた。


(どうしてお前そんな奴に対して真っ向から歯向かおうとしてんだよ!

俺だったら絶対にやらん!やっぱあいつの中身違う奴じゃねぇのか!?

とにかくそこは穏便に済ませろ、もしもお前が保健室送りになったらイチャイチャ作戦の為に俺まで保健室に行かなきゃならん。

流石にそれは……あれ、結構アリじゃね?彼女なら彼氏の為に毎時間保健室に通ってもおかしくないし、教室で二人でいるよりもよっぽど誰かに絡まれる心配も無い。

…よし、爆音にボコされても良いぞ)


傍から見れば心配そうに彼氏を見つめている善田の姿にしか見えないが、その心の中では真逆の事を考えていた。

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