第20話 招待忘れて大失態

腕を組んで共に教室に入ってきた二人に一同の視線は集まる。

男女が腕を組む、それが示すのはもう一つのみだったが、それを信じられない一人のクラスメイトが声を掛ける。


「その…善田さん?…そ、そんな事してたら恋人同士だと思われちゃうよ?」


「わ、私達付き合ってるから…ね」


善田は恥ずかしそうに、目を背けながらそう言った。

偽善田はただ皆の前で女の子口調で話すのが恥ずかしくて顔が赤くなっていたのだが、その恥ずかしそうな表情と言葉は見事にマッチし、一同はその善田の言葉を信じるしかなかった。

そして今善田に声をかけた者は、放心状態となってそれ以降動く事はなかった。

そんな固まる彼を余所に、他の者が春川に詰め寄る。


「おい春川!善田を守るというお前の役割はどうなったんだ!普段あれだけ善田ちゃんに男が近づかない様にしてたのに!」


「…優雅が好きになった人なんだから止めないよ。優雅が幸せならそれで良いもん」


「なっ…!じゃ、じゃあどうして善田ちゃんはあれに惚れたのか教えろ!

顔で好きになったとかじゃない限り、あの関係になるまでに二人はある程度話す必要がある。お前がそれを止めなかったとは思えん!」


「ええと…それは優雅から説明してもらった方が良いかな」


優雅はもう善田が全一がくっつくのを止めない。

ただどうやって二人が知り合ったかなどの話合わせは出来ていないので、春川はその話を善田に任せる事にした。自分もその話に乗るつもりで。


現在、善田は皆の前で女の子口調したり、注目されるのが恥ずかしくて冷静ではなかった。


(ハズい…もう一人の俺と二人っきりの時は恥ずかし気もなくあんな事言えたりしたのに、こんな大衆に晒された状態じゃ頭が…)


「実は俺ってクラスのグループlineに入ってなくてね。

善田ちゃんが昨日それに気が付いて、階段掃除をしてた俺の所に来てくれたんだよ。それで少し話したら気が合って付き合う事になったんだ」


偽善田は頭が回らず直ぐに返答する事が出来なかった。

そしてそんな偽善田に代わり答えたのは全一だった。

それはクラスの多くの者にとって初めて聞く全一の声だった。今の彼の声はハキハキとしたものであり、背筋を伸ばし堂々とした態度だった。

そんな全一の態度に普段全一と共にいるイツメン3人は驚く。だが一番驚いているのは偽善田、もう一人の全一自身だった


(こいつ本当に中身俺なの?

俺は皆に注目されるのが恥ずかしくてまともに喋れないっていうのに、なんでコイツはこの状況でもこんなに堂々としてんだ。俺の知ってる俺じゃねえぞ)


自分自身にすら分からない程、全一は昨日の演技ごっこで謎に進化していた。


(今の俺は善田の彼氏…完璧美少女の彼氏だ。ならば昨日善田のフリをしたみたいにそれを演じてみせる。

俺はこれまで数多くのアニメキャラを見て来た。要はアニメの主人公

みたいな奴を演じれば良いんだろう。

それなら問題無い、次々に言動のイメージが頭に湧いて来るからな)

「さ、善田ちゃん。朝のHRが始まるし早く座ろう」


そう言って全一と善田と分かれると、周囲を囲むクラスメイトには目もくれずに自分の席へと着席した。





朝のHRが終わり休み時間となると、イツメン3人は全一に直ぐに話しかける。

その様子はクラスの他の者達もチラチラと見ていた。


「全一、お前善田さんと付き合ってるってマジか…?な、なんかドッキリみたいなもんじゃ…」


「全部本当だ。善田ちゃんも言ってただろ」


「ど、どうしてお前が善田さんと…」


「さっきも言ったろ?

クラスlineのグループに招待されてなかったから彼女が話しかけてくれたんだ。

クラスlineの存在を知らされてなかったのは悲しかったが、そのお陰で善田ちゃんとも付き合えたし、今はもう気にしてないから気に病まないでくれ。鏡、常」


このイツメン4人で、クラスlineに入っていたのに全一にそれを教えていなかった者がいる。それは『玖説 鏡』と『目隠 常』だ。

もう一人の『飯塚 勝』も全一と同じくクラスグループの存在を知らずにグループに入っていなかったので、全一は裏切り者の二人に対してのみ「気にしてないから気に病まないでくれ」と言いながら視線をやる。


善田はその様子を見て(あっ、今少し二人に対しての怒りが見えたな)と思い、自分らしい嫌味ったらしい負の一面を見れて少しだけホッとしていた。


二人はその嫌味を聞き、酷く後悔していた。


(クソっ!やっちまった!

クラスlineなんてもう既に全員入ってるものだと思っててコイツの招待を忘れていた!)

(ああああああ、まさかこんなミス一つで善田さんと取られるなんて思わなかった!)


二人は黙り込むが、心の中で喚く。

そしてクラスlineグループにも招待されず、善田にも話しかけられなかった飯塚は一番落ち込み肩を落としていた。




1時間目は現代分の授業だったが、普段は静かに授業を受けている1年2組も今日はちらほら善田の話をしてる者がおり、コソコソと私語が耳に入る。

それにこっそりつスマホを使って連絡している者、古典的だがメモ紙を投げ渡して話す者もいた。


偽善田はそれを見て横目で(うわ~やっぱり皆俺達の関係について話してる…)と思いながらも善田の教科書とノートを読む。

特に暗記科目でもないのに教科書の文にはマーカーが引かれており、その色に対応してノートも色分けして詳細に書かれていた。

今やっているのは戦争孤児になった人が当時の事を物語状に書き記したもので、人物のセリフが出る度にそこから推測されるその人物の心情の考察が書かれていた。


それだけならまだ良かったが、なんとその丁寧な記述が教科書の全てのページに施されていた。ちなみにまだこの教科書を受け取ってから一月しか経過していない。

だからこんな事到底出来る訳がなく、偽善田は善田のこの教科書に気味の悪さを感じる。


(なんだこれ…めっちゃ丁寧に書いてありすぎて逆に気持ち悪いぞ。

お陰で俺は先生の質問にも答えられるけど…流石に5月の段階で教科書の全ての所にこれしてるのは引くって…てかあんな過密スケジュールの人間にこんな事出来るとは思えないのだが)


試しに他の科目の教科書を開いてみるも、ここまで過剰に色々と記載されたいたのはこの現代文の教科書だけだった。

だがそんな確認作業を授業中に行っていたので、板書していた先生に声をかけられる。


「善田さんどうかしたのかな?そんなに色んな科目の教科書を広げて」


「あっ、実は今日出すプリントを忘れてしまって…どこか他の教科書に挟まってないかと思い確認していました」


「あ~家でしっかり予習復習をしてきてるもんね。間違って他の教科書やワークに挟んじゃってても仕方ないよ。多少は減点するけども、今日無かったら出すのは後日で良いよ」


「あ、ありがとうございます」


素早く出せた言い訳のお陰で難は逃れたものの、偽善田の中からこの現代文の教科書の異質さは消えなかった。



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