第4話 さては惚れてたな?

現在の時刻は16時50分、階段付近から人が居なくなる時間が分からないので後数十分待てばいいのか分からないが、二人は待つ覚悟は出来ていた。


偽善田:(さっきみたいな事やっても戻れなかったらどうしよう…そうなったら、方法が見つかるまでは俺が善田を演じないといけなくなるんだろうな…

そんなのは無理だ、俺が善田を演じるだなんて不可能だ!

早く階段から人が居なくなってくれ…何十回も試さないと成功しないだとかっていうのもあるかもしれないし!)


非行:(善田を演じ切る。これのみが今の俺が成すべき事だ。友の裏切りなど知るか、俺のアカウントも招待したし後で家に帰ってから確認すれば済む。

それに…彼女と過ごすこの時間が心地良いしな、少しでも長く一緒にいたい)


お互い考えている事はバラバラ。同じ人格同士とは思えない程だ。



二人は階段付近に人が居なくなったタイミングでさっきと同じ事をしなければならないが、今階段から数人の声が聞こえてくる。階段辺りで会話が弾んでいるようで、もう少し待たねばならない状況だ。

だがそこで、一人の怒号が学校中に響く。


「非行!何処にいる!掃除をサボりやがったなぁ!」


それは非行の居眠りを罰する為に掃除を命じた教員、『怒剛どごう いかり』の声だった。


彼のその声により、非行は変なテンションから一気に引き戻される。


非行:(やっべ、そういえば掃除が終わったら先生に報告しないといけなかったんだ!

ど、どうしよう…ここで行かないとヤバイよな…後日もっと厳しい掃除させられるかもしれないし、この段階であの先生に目を付けられたら今後大変になる…)


偽善田:(やっべ、そういえば掃除が終わったら先生に報告しないといけなかったんだ!

でも今は身体が入れ替わった状態で、今行っても怒られるのは俺の身体にいる善田だ。正直代わりに怒られてくれるなら有難いけど、今そんな事で不仲になるのは気まずい。多分まだまだ二人で待たないといけないし…あ、そうだ!)


偽善田は良い方法を思いついたので、それを提案する。


「提案なんだけどさ、このままじゃ掃除をサボったって事で俺の身体になっている善田が怒られちゃうから、二人で先生の所に行かないか?

『善田が掃除中の非行に頼み事をし、それをやりに行ってた』って事にしてさ」


あくまで善田の頼みを断れなかったから仕方がなくそれをやりに行ったという事にする。

この非常時だからいくら優等生の善田でもこれぐらい嘘つくのは許してくれると考えての提案だ。


偽善田:(卑怯者だと思われるかもしれんが…この非常時だ、それぐらい見逃してくれ)


一方、純度100パーセントの非行は彼女のその対応に感銘を受けていた。


非行:(役を演じ、俺の厳しい状況も打開する一手…凄い、彼女は本当に凄い。

それに普段優等生な女の子が嘘を付くのを勧めてくるのって…なんかギャップがあって萌えるし、正直誰かをこんなに愛おしく思ったのは初めてだ)


非行の偽善田に対する好感度はとどまることを知らず上がり続ける。

だが残念ながら彼が惚れているのは自分自身だ。


「分かったわそうしましょう」


「そうか!良かった~多分これなら大して怒られずに済むぞ。

あっ、人前に出る時はお互い怪しまれない様に演技しような。だから善田も俺のフリをしてくれ。俺も…やれるだけ頑張るから」


非行:(善田の魂が入っている俺が俺の演技をする…つまり遠まわしに『人が居る所では演技をやめましょう』って言っているんだな。

ふぅ…流石の俺も人前でこれやるにはまだメンタルが弱すぎるから助かる)




二人は怒剛に事情を説明する為、職員室にまで来ていた。

クラスの影である非行と、今学校の注目を全て集めている善田。この二人が並んで歩いているのは他の者の目から見てた異様で、廊下で何人かとすれ違ったが、皆二人を見て驚いていた。


そして非行が職員室のドアをノックし、開ける。

すると真っ先に席に座っていた怒剛と目が合い、彼は怒りを露わにしながらこっちに向かってくる。


「非行!お前何処で何を…って善田も一緒じゃないか。ど、どうした善田」


異質な組み合わせの二人に驚きつつ、怒剛は偽善田に気が付くと怒りを顔から消し、普段の様子に戻る。

そして偽善田は作戦通りに話す。


「ご、ごめんさない。

じ、実は私が非行君に頼み事をしちゃって、そのせいで掃除を中断させちゃって…」


さっきの春川対面時と比べたらマシだが、それでも普段の善田では無いような自信なさげな喋り方だった。

だがそんな善田の様子を見て怒剛は、自分の頼み事のせいで非行が怒られてしまうのを申し訳なく思っているからこんな風になっているのだと解釈し、彼女の為に怒りを鎮める。


「あっ、そうだったのか。

それは仕方ないな、別に非行が自分からサボったって訳じゃないなら良いんだ。掃除道具は片付けておいたから、今日はもう帰って良いぞ。

だが非行、次授業中に居眠りしてたら1階から4階の階段掃除をさせるからな」


「分かりました。気を付けます」


こうして見事説教を避ける事に成功した。

そしてその後どうするのかを二人は廊下で小声で話す。先に提案を出したのは偽善田だ。


「4階は人があまり居ないから、このまま上に行ってアレやってみない?

階段で喋ってた奴らも怒剛がキレてたのを聞いて帰ったみたいだし」


「そうね、今のうちにやりましょ」

(今日はこれでもう終わりか。寂しいけどめちゃくちゃ楽しかったなぁ~

でもこれで終わりじゃないよな、これは俺と善田の仲良しライフの始まりに過ぎんよな!)


非行は寂しさを感じながらも、これからの学校生活が楽しくなりそうだと期待に胸を膨らませる。

一方、偽善田はこれからが本番だと気を引き締める。


偽善田:(さぁ頼む、これで直ってくれ!直ってくれなきゃ詰むぞ!)



そして二人は4階の階段へと向かい、さっきと同じようなシチュエーションを作る。

違いと言えば安全の為に頭にはタオルを巻いてクッション替わりにしている事だ。

チリトリも置いてあるし、さっき二人がいた階段の段数も合わせている。


「俺が上から落ちるから、そこで善田が下から受け止めようと下敷きになってくれ」


「分かったわ。で、でもそこから落ちるのは…怖くない?」


この階段は折り返す形のものなので7段だが、偽善田がいるのはその一番上。そこから落ちるとなると相当な勇気が必要だった。

だが偽善田にはその勇気は無く、さっきみたいに落ちる事は出来そうになかった。落ちようとしても足が震えて動けない


偽善田:(怖えぇぇぇぇぇぇ!無理無理無理!自分から落ちるのなんか無理だわ!)


非行:(止まってる…そりゃそうだよな、あんな上から落ちるなんて無理だよな。俺だって絶対無理だもん)


偽善田に無い勇気は当然非行にも無く、さっきの再現を行うのは難しかった。

二人は目を合わせると、声を出さずとも互いに「これ無理だよな」と思っているのが伝わった。


「んっと…どうする?俺ここから落ちるの無理なんだけど」


(まだ一人称『俺』って事は演技続行か…)

「どうしましょ、私も流石にそれは無理よ」


「だよな…え、じゃあ今日はお互いがお互いのフリをして一晩過ごさんといけないのか?」


「そうなるわね」


非行は当然問題など無いので焦りなど一切無い。自分のまま、ただ自分の家で過ごすだけだから。

ただ偽善田の方は焦っていた。知らない家でよく知らない人物のフリをするなんて出来る訳が無いからだ。


だが偽善田はそこで一つの願いにかけ、質問を口にする。


「一人暮らしだったりする?一人暮らしなら俺でもなんとかいけると思うのだが」


「えっと…」

(え…いや知らんよ、善田が一人暮らしかそうじゃないかなんて。もしかしてこれもさっきのパスワードみたいなテストか?

だとしたら二分の一の確率でクリアって事になるが…)


非行は黙ってそう思考していた。

ただ、偽善田はその沈黙によって何となく答えを察してしまう。


「そうか…やっぱり一人暮らしじゃないよな。俺じゃあ善田の家族にバレずに過ごすなんて無理だ」

(この悩み様、俺じゃ善田の家に行ってもバレるって思ってるな。そりゃそうだ、俺があの完璧美少女を演じるなんて不可能なんだから)


「そ、そうね。実家暮らしだから厳しいわ」

(おっ、勝手に話を進めてくれた。って事は今のはテストじゃなかったのか…でもこの後どうするんだ?

これじゃあ話の着地点が見つからないのだが、いつまでこれを続けるつもりなんだ?)


非行は偽善田のこの遊びの終わり処をどうするのか考えていたが、偽善田は彼とは必死さが違うので別の事を考えていた。


偽善田:(…今日二人で俺の家に泊るって案もある。両親は居ないけど弟がいるから、あいつさえ騙せれば良いし、俺が善田の家に泊るよりもよっぽど楽なはずだ)


「…なぁ、今日は二人で俺の家…非行家に泊らないか?」


「…へ」


非行にとってその提案は耳を疑うものだった。

この設定をやり通す為に善田が自分の家に泊ろうと言うのだから、衝撃以外のなにものでもない。


非行:(嘘!?ガチで!?ガチで泊るつもりなの!?

なんだよこの距離の詰め方、彼女や女友達とか出来た事無いけど明らかに距離の詰め方が早すぎるだろ!

で、でも…もしも俺がこれに乗ったら本当にそうなるのか?善田と一晩お泊り会を開けるのか?

同じ湯船に浸かり…同じ飯を食い…同じ布団で寝たりとか出来るのか?)


別に泊るからと言って同じ布団で寝たりなどしないが、気分が舞い上がっている非行は邪な考えを頭に浮かべ、ニヤケそうなのを我慢しながらその提案を受け入れる事にした。


「そうしましょ。私が頑張って貴方を演じるわ」


ここで偽善田がどう返してくるのかによってその理想は崩れてしまうので、非行は偽善田の返答を息を呑み待つ。

この時、非行の心拍数と鼓動の大きさは最高潮に達しており、自分の心音がはっきり聞こえるぐらいだった。


そして偽善田の返答は…


「よし、決まりだな。今日は家に弟一人しか居ないから、あいつに対してバレなければ良い。でも…家に泊るとなると何て説明すれば良いか…」


「決まりと」聞いた一瞬で非行は超絶歓喜した。

だが次の「家に弟しかいない」という、自分しか知らないはずの情報を偽善田が持っている事に、さっきまで頭を駆け回っていた歓喜の感情は動きを止めた。


非行:(ん…な、なんで善田がそれを知ってるんだ?

てかそれだけじゃない、そもそも俺のスマホのパスコードを知っていたのもおかしいよな。

俺について事前調査だとかしたのか?てかそれ以外無いよな。でも今日俺と善田がこれやる事になったのは偶然善田が階段から落ちたからであって……


ッ!?

あっ……もしかして今日起きたのは全て偶然じゃなく、善田に仕組まれた事だったのか!?

今日のこれは、善田が俺と仲良くなる為の綿密な計画の上でのものだったのか!?

…思えば昨日一緒に遊んだフレンドの『YUGA』さん、『善田 優雅ゆうが』と名前がそっくりだ。これも善田が俺を寝不足にして怒剛の授業中に居眠りさせる為にやっていたと考えられる。

そしてその計画通りに俺が罰を受ける事になったから、善田は放課後の周囲に誰もいない状況を見計らい、勇気を出して階段から落ちた。俺が受け止めてくれると信じ。

きっとそういう事だ…はじめから俺に好意が無い限りこんな事しないし、俺に家に泊るとかも言い出さない。

んだよ、こんな回りくどい事しなくても普通に話しかけてくれれば良かったのに…この悪女め!もう大好き!)


見当違いな思考をし、勝手に善田が自分の事を好いていると勘違いをした。

目の前にいる自分がそんな見当違いな結論に至っているのを偽善田は知る由も無い、そして善田当人がここには居ないので真相は誰にも分からない。

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