第3話 俺の知力の勝利

同じ人格のキャラが二人いるので、双方心の声だとか分かりにくい所はSSみたいに()の前に名前を書いてます。

___________________


空き教室で非行は偽善田の帰りを数分待っていた。


(遅いな…ここからじゃ昇降口に往復しても5分掛からないのに、そろそろ10分経過するぞ。さっきみたいにまた階段から落ちたりしてない限りこんなに時間掛らないだろ。

…待てよ、もしかして俺ハメられた?

さっきのあれも全部俺をからかう為の演技で、俺をからかっていたんじゃないか!?

だとしたら今、あの悪女善田は春川と一緒に俺の事を笑いながら馬鹿にしているに違い無い!

クッソあの野郎…俺以上に性格が捻くれたゴミじゃねぇか!)


と、そんな事を思い力強く席を立った所で、荷物を持った偽善田が帰ってきた。

帰ってきた彼女を見て非行の心は再び穏やかな状態に戻り、演技を続行して話を聞く。


「お、遅かったわね。何かあった?」


「ああ…出席番号が分からなくてどれが善田の靴か分からなくてな」


「ま、まぁ…他の人の出席番号が分からないのは無理ないわ」

(おお、俺が見てない所でも設定を忠実に再現してたから時間が掛かったのか…ってか善田の出席番号を知らないって本当の俺みたい。再現度ぱねぇ)


偽善田は教室のドアを閉めると、持ってきた鞄を非行の前の机に置く。


「さ、流石に俺が勝手に女子の鞄を漁る訳にはいかないから自分でスマホを取ってくれ」


「え、ええ…そうね。勝手に漁るのはダ、ダメだもんね…」

(え、設定の為にここまでするの!?

普通今日初めて出会った相手に自分の鞄を自由に触らせるなんて有り得ないだろ。

いや待てよ…もしかして彼女の中での俺の印象は『ごっこ遊びに付き合ってくれる優しい人』ってな感じで、ちょっと俺の事を良いかも…とか思ってんじゃないか!?

そういう事なら納得!とことん付き合いますぜ!)


非行は演技を続行する事にして、鞄のチャックを開ける。

鞄を開けた途端、中から桃の良い香りがほんのりと匂った。


(こっ…これはなんだ、何で鞄からこんないい匂いがするんだ?桃でも持って来てるのか?

いや、匂いの発生源は…このタオルだ、今日の体育で使ったであろうタオルの匂いだ。汗で臭くなったタオルを何らかの香料で消しているのか。流石完璧美少女、死角が無いな。

…っと、いかんいかん。それよりもスマホを探さないと)


非行は中がぐちゃぐちゃにならない程度の軽い触りで中の荷物を掻き分け、桃の匂いを堪能しながらもスマホを発見する事が出来た。


「あ、見つかりましたよ」


「よし、じゃあ連絡先を交換するから俺のスマホを渡してくれ」


「…へ?」


偽善田からすると何もおかしい事は無い。

彼女目線では、非行のスマホのパスコードを知っているのは自分だけだから、そっちを受け取るのは当然の事だ。


一方、非行はあくまでお互い演技でそう振る舞っているだけという認識なので、当然このスマホのパスコードを知っているのは自分のみだという考えになる。

なので偽善田に直ぐにスマホを手渡す事は出来なかった。


偽善田:(ん…なんでスマホを渡して来ないんだ?)


非行:(えっ…いや、流石に俺がこのスマホのロックを解除しないと連絡先を交換出来ないだろ。それに俺は善田のスマホのパスワードなんて知らんし、これじゃあ…

ッ!そうか…さては端っから俺と連絡先を交換するつもりなんて無かったんじゃないのか!?

いや、待て待て待て。さっきも善田を悪女だと決めつけて変な考えが浮かんだんだ、一旦その線は消して、真剣に言っているという前提で考えてみよう。

もしもこのまま善田の言う通りスマホ渡したらそこでストーリーは止まるけど、それが彼女の求めているものなのか?

俺がスマホを渡したらそこでストーリーが止まって演劇終了だとかにならないよな?

きっと何か今後の展開を考えているんだよな?

俺的にはそうであって欲しいなぁ~それなら俺もひたすら善田が自分の中に入ってきている前提で演じるだけで良いから楽だし)


「善田を演じるのが楽」、春川の前で善田を演じるのを苦労していた目の前にいる者が聞いたら怒るであろうセリフだ。


何はともあれ、非行は完全に善田の演技をしようと決意を固めて、偽善田の言う通りスマホを渡した。

それを受け取った偽善田はスマホのパスコード画面を開く。


非行:(さぁ…スマホは解除出来ないだろうが、どうストーリーを続ける?

正直俺も演じるの楽しくなってきたからこのまま終わりにしたくは無いし、多少強引でもストーリーを繋げてくれると助かるのだが…)


「よし、こっちはスマホを開いたぞ。次はそっちの番だ」


なんと偽善田は慣れた手つきで非行のスマホのロックを開けた。

そして非行はフリーズした。頭に浮かんでいたのは「お前一体どうやった」の一言だ。


非行:(なんでこの人俺のスマホのパスコード知ってんの??????

いや落ち着け、冷静になれ。俺のスマホのパスコードは『13579』とただ奇数を並べたものだから偶然開いたという可能性もある。それに教室だとかでスマホを使う時にパスコードを開くところを見られていたのかもしれない…)


普通に考えてそんな事あるわけないだろとなるはずだが、この遊びに巻き込まれたこと事態かなり有り得ない状況なので、感覚がバグっているのか非行は相手がパスコードを知っている理由についてはあまり深く考えなかった。

この有り得ない事について冷静になって考えるのは少し先の話の事である。


非行:(と、とりあえず彼女はこのストーリーを直進で進めるつもりみたいだ。それぞれ自分でパスワードを打って各々のスマホを開くと。魂が入れ替わってるってストーリーならそれが自然な流れだ。

…で、俺はどうする?俺は善田のパスワードなんか知らんけど。

もしかして善田みたいに予め相手のパスワードを調べてたり、数万分の一の確率を当てないと駄目って事?

じゃあは俺は下調べ不足として善田に呆れられ、この役を降ろされるの?

そんなの嫌だ!ここまで来たんだ!俺はこの役をやり通したい!

考えろ…何か…何か突破口はあるはずだ。俺がここでどう行動するかによって、彼女からの印象、この遊びの続行、この二つが懸ってくる。

ストーリーを崩さず、尚且つこの状況を突破できる糸口が……あっ…)


非行の頭に一つ名案が浮かんだ。そして彼はゆっくりとそれを口にする。


「……私のスマホは指紋認証や顔認証システムで開くわ。一度やってみて」


普段しょうもない事にしか使わない小さな脳みそから絞り出した答えはそれだった。非行はこの答えが合っているかは分からないが、これが最善手だと考え、後は祈るのみだった。


偽善田は非行のその言葉を信じてスマホを受け取り開こうとしてみる。

すると画面下部と人差し指で軽く触るだけで、指紋認証でスマホはすっと開いた。


「おお、指紋認証って結構楽だな。ちょっと今まで敬遠してたけど使いやすそうだし俺もやってみよ」


「ふふっ、そうでしょ」

(しゃぁぁぁぁ!俺の知力の勝利ぃぃぃ!)


非行は澄ました顔をしながら心の中で正解を引き当てた嬉しさに浸る。

このまま彼女とこの遊びを続行出来る嬉しさと、彼女と連絡先を交換できる嬉しさによって心の中では変なテンションになる。


非行:(だが落ち着け、今の俺は善田だ。プロの役者として役は演じ切らねばならない。自分の心を殺してでもな)


善田の姿になっている非行よりも純度100%の非行の方が善田を演じているという訳が分からない状況だが、当人らは至って真面目だ。

非行と偽善田はスマホをいじってお互い機器に入れているメッセンジャーアプリのフレンドになる。これでいつでも連絡を取れるようになった。


ただ非行が善田のスマホをいじっていると、とあるライングループが目に入った。


1年2組(37人)


非行:(ははーん、俺が全く知らない知らないクラスラインがあるな。何人か入ってない省かれている者もいるが、俺はその一人って事か。

でももうそんな事はどうでも良い。今の俺は善田とパートナーみたいなものだ。たかがクラスラインに招待してもらえてない事ごときで俺は怯みなど………おい待て、37人だと?

おかしいぞ、その数は絶対におかしい!)


ここで非行の頭に浮かんだのは、いつも教室で同じ時を過ごしている友3人の顔だった。非行含めた4人のイツメン。40人クラスの中での4人だ。

このイツメン4人をクラスの総人数から引いたら、40-4で当然36となる。


そう、イツメンを引いたら36人なのだ。グループメンバーの様に37人ではない。

つまりイツメンの中に確実に一人以上、このグループに入っているのに非行らを招待していない者がいるという事になる。


非行:(俺らを招待してない裏切り者が絶対に一人以上いるって事になるな…それは許せん、誰だ?メンバー確認を…

いや、待て!今は演技を通さねばならない、心まで善田に成りきるんだ!

今はそんな裏切り者の事を探るより、この場で沈黙が続くのを避けねばならない。階段から人が居なくなるまでな)


階段から人が居なくなるまでの時間稼ぎに何かしら会話をせねばならないが、内容が思い浮かばい。

なので非行は目を閉じて心まで善田になりきり、一息ついてから再び目を開ける。


非行:(よし、一つ思いついた。ここからは俺が君の演技力を見る番だ。せいぜい俺を演じてみてくれ。)


「あら…非行君ってこのクラスのグループに入っていなかったのね。37人も入ってるからてっきりもう入っているものかと思ってた。招待しておくね」


変なスイッチが入った非行は目の前にいる善田にそう言ってみる。

ここで落ち込んだり怒ったりしたら及第点、裏切り者の存在に気が付きそれを言及したらパーフェクト、と勝手に採点者視点で彼女の様子を見る。


それを聞いた偽善田は一瞬今までグループに入れられていなかった事に対して落ち込むも、今はそれどころじゃないという様子である。


「えっ…あったのかよグループ、まぁ、今送ってくれるなら良いや。それよりもこれからどうする?階段があくまでしばらく時間掛りそうだけど」


してやられた、と非行は思った。


非行:(そうだ…実際に身体が入れ替わった状態になってたら、こんなクラスラインなんてどうでも良いって反応になるのが普通だ。

むしろ、俺がわざわざクラスのグループに非行が入っていないと気が付く事の方が不自然だ。

やっぱりダメだ、自我を殺せ、このままじゃ善田に追随する事は叶わない!)


心まで善田になりきると再び決意を固める非行であった。

一方、偽善田は目の前にいる自分がそんな事考えているなどと知る由もなかった。


二人のすれ違いはまだ暫く続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る